話しあい

 学校内ではいま、死神の話題で持ちきりだった。生徒たちのあいだで動画を見せあったりしながら、それについてどう思うかとか、そんな話が時々、聞こえる。

 なにやら黒い仮面をかぶった死神風の男が、通り魔殺人事件を起こしているらしかった。その事件のすべてが、この仙台で起きているという。

 生徒たちは怖がっていた。だが、イリヤはあまり怖がらなかった。それは、もしかするとまわりから隔離させられてしまっていたからかもしれないし、あるいは自分はもともと殺人事件を怖がらない人間だからなのかもしれない。どちらにせよ、イリヤは細かい事件には見向きもしないだろうな、とは思っていた。なぜかはわからない。だが、そう思うからそうなのだ。

 日本魔法捜査本部の人間がやってきたのは昼休みのころである。イリヤが食堂へ向かおうとしていると、その女性は話しかけてきた。木田佳乃、とその女性は名乗った。

「死神通り魔事件を調べながら、きみにいちど会ってみたくて、やってきました」

 木田佳乃は眼鏡をかけた、スレンダーな女性だった。黒髪をひとつに結んでいる。

「そうなんですか」

「奈良崎隊長と面識があるようで」

「はい、そうですね……」

 あまりいい思い出ではないけど……。

「あ、その。イリヤくんをうたがっているわけではないですからね」

「え、あ、はい」

 突然、なにを言い出すかと思ってイリヤは戸惑った。

「死神通り魔事件の犯人は当然、べつに存在していると思っています。わたしの第一魔法は『黒猫』と言って、たくさんの猫を作り出して、街を捜索したりできます」

 木田佳乃はみずからの第一魔法をイリヤに伝え、イリヤの警戒を解こうとした。

「へえー」

「攻撃タイプの第一魔法ではないので、隊長やカンナさんとは、ぜんぜん火力が違いますが……」

 それから彼女は本題に入った。くいと眼鏡をあげ、真剣な目でイリヤを見つめてくる。

「とにかく、わたしとしてはイリヤくんは無関係の人間だと思っています」

「はい」

「そして今回、会いに来た理由は死神通り魔事件の件について、おうかがいしかったからではありません」

「そうなんですか」

「はい。じつは、イリヤくんの家族構成について質問したくてまいりました」

「家族構成ですか?」

「はい、そうです。奈良崎隊長がいろいろと調べていて、気づいたことがあるんですけど。イリヤくん、いもうとさんはいませんか?」

「いもうとですか……? いないと思いますけど」

「そうですか……」

「母はなにも言ってなかったし。……けど、まあ。ぼくも記憶がないから、なんとも言えないですけど。もしかしたら母が隠している子供がいてもなにも不思議ではないし……」

「そうですね……。あ、もしかして昼食ですか?」

「そうです」

 木田佳乃は腕時計を確認した。

「時間は?」

「まだありますよ」

「あ、まだ食べてなかったですか!?」

「はい」

「食べましょう、昼食!」

 木田佳乃は焦った表情でそう言った。

 木田佳乃は部外者も食堂を利用していいですか、と聞いてくる。イリヤはたしかいいはずですよ、と答える。

「なら、昼食をいっしょに取りながら、ゆっくり、わたしと話しませんか」

「いいですよ。ですが……」

 イリヤは言いづらかったけれど思い切ってそのことを言った。

「ぼくといっしょにいると、まわりから嫌な目で見られるかもしれませんよ……?」

「なるほど、わたしはかまいません。霊感のせいですね?」

「そうです」

 やはり相手が霊能力者だとわかってもらえるようだ。イリヤは木田佳乃とすこし共感を持てたような気がしてうれしかった。

 そのあと、イリヤは木田佳乃と他愛もない話で盛りあがり、昼食を取った。それは、とてもたのしいひと時だった。カンナと昼食を取ったりなんかすれば、怒られそうで怖いけれど。木田佳乃との昼食では、そんなことはなかった。

 木田佳乃の質問のおおくは、イリヤの第一魔法に向けられた。彼女は瞬間移動魔法がいったいどんなものなのか気になっていたらしかった。

 練習はしていますか、と質問され、いまはカンナとふたりで毎日のように魔法の練習をしています、と答えた。

「カンナさんが練習相手ですか、それはこころづよい」

「カンナは、どうして木田さんたちと知り合いなんですか?」

 イリヤは彼女に質問した。木田佳乃はイリヤにとって必要な話も含め、まとめて説明してくれた。

「カンナさん、どこかの治安団体に属していますよね」

「そうみたいですね」

「そういう治安団体はけっこうあって、世界政府も黙認している部分があります」

「そうなんですか」

 それはおどろきだった。

「われわれの立場もまあ、言ってしまえばそんな感じなんですよ。やはり、魔法使いとして戦わなければならないときというものは、かならずやってきます。これはもう、宿命のようなものです。そのために、さまざまな組織が作られていったということですね。治安団体も日本魔法捜査本部も、歴史がとても長いです。あ、話も長くなりましたね」

 と、木田佳乃は二十代なかばの笑顔を作った。イリヤには彼女がおとなに見えた。

「そういうわけで、治安団体の組織の情報はわれわれのもとに入ってくるんです。歴史が長いですから、われわれもさまざまな組織とつながりがあったりします。助けあうこともあれば、睨みあうこともあります。で、奈良崎隊長がある日、カンナさんを見つけてきたわけです。はじめはおそらく、スカウトするつもりだったんじゃないでしょうか。この街に放っておくとまずいやつがいる、と言って、奈良崎隊長がカンナさんと接触をこころみたのがわれわれとカンナさんとの交流のはじまりでした」

「なるほど」

「けっきょく、彼女は仲間にはなりませんでした。そこには、なにか理由があるようですね。わたしには、わかりませんけど」

 昼食をおえ、木田佳乃とわかれた。彼女は、最後にこう、イリヤへ伝えてきた。

「死神通り魔事件をカンナさんが追っているかどうかはわかりませんが、今回はあまり首を突っこまないほうがいいと思います。黒猫たちの動きが、いつもとちがうんですよ。どうちがうかは、うまく説明できませんが……」


「なに言ってんのよ、やるに決まってんじゃない」

 自宅へ帰ると、カンナはそう言った。

 しかも、カンナは見知らぬ少女といっしょだった。

 銀髪の少女は、カンナの同僚らしかった。シャルナ、と言うらしい。

 突然、現れた少女も、この家で暮らすというからおどろきだ。

 カンナ、きみはいったいだれの許可を得て、そんなことを思い立ったのかい?

 と、たずねてみたくなる事案である。まったく……。

 ……とにもかくにも、重要なのはそこではない。カンナが死神通り魔事件の犯人を追うと言い出したことのほうが断然、重要である。

 シャルナが居候するのはまあ、良しとしよう。ここは、そういう家なのだ、構いやせんよ、ははは。

 そもそも、この家のあるじであるナギコは、家へまったく帰ってこない……。ほんと、テキトーだな、この家は!

 と、イリヤはおこりたくなるが、そのいかりはどこへも向けられないのだった。自分のなかで、押し殺しておくしかないのだった。悲しい。

「あんた、馬鹿なの?」

「だって木田さんがあぶないって言うから!」

「魔法練習してんじゃないのよ、このあたしと。もっと自信持ちなさいよ!」

「自信もなにも、警察に言われたらやめざるを得ないでしょう!」

「金がかかってんのよ、生活がかかってんのよ、わかってないのはあんたのほうよ!」

 生活のために犯人を追う、と言われたらイリヤは納得せざるを得ない。

 だが、なんとかそんなカンナを説得しようとイリヤはがんばった。いのちの危険があるかもしれないのだから、やはり今回はノータッチといこうよ。お金なら、ぼくもいっしょに稼ぐよ。ほかの方法で。

 しかし、カンナがそういった内容で納得するはずもなかった。カンナは戦いたかったのだ。理由はさだかではないが、カンナにとって戦いとは切っても切れない宿命のようなものだったのだ。

 話しあいは、三〇分にもおよんだ。だが、それだけ長く話していたというのに、シャルナという子は、いっさい口を開かなかった。どうやら無口な子のようで、滅多なことではしゃべらないという。任務となれば、しゃべるから安心しなさい、とカンナは教えてくれた。イリヤとしては物静かな子とのほうが同居もしやすそうでいいな、と思った。同居する前提で考えているから不思議だ、自分でも。

「まあ、でも、たしかに、人のいのちがかかっているとなったら、戦える人が戦わないと駄目かもって思うけど……」

 アカネがつぶやいた。アカネも話しあいに参加してくれていた。アカネはイリヤとカンナの仲介役のような感じだったけれど。

「イリヤは記憶喪失?」

 シャルナがはじめて口を開いた。イリヤはおどろいた。

「そうよ」

 カンナが説明してくれた。

「こいつ、記憶をうしなってるみたいよ」

「『暁』を壊滅させたのは、たぶんイリヤ」

 カンナがだまった。そのカンナの表情はいままでに見たことがないほどに険しいものだった。まるでカンナの警戒の魔力がひしひしと伝ってくるかのようである。

「あかつき?」

 と、イリヤは緊張することなくなんだろうそれというふうに聞きかえした。そして、シャルナと話すのも、さほど緊張しなかった。シャルナが抑揚のない声で説明した。

「巨大犯罪者組織。三万の武装兵士と一〇人の魔法使いを再起不能に追いこんだのは、イリヤかもしれない」

「マジなの、それ」

 カンナは声を低くして聞く。

「ほんとう」

 シャルナはカンナに淡泊にかえした。

 カンナが爪を噛んだ。

「すると、辻褄があうのよね……」

 いったいなんの辻褄だろう。

 聞きたかったが、だまっていた。

「夕食の準備をはじめるわ」

 突然、カンナが、椅子から立ちあがってキッチンへ向かった。

「事件は?」

 イリヤが聞くと、カンナは振りかえり、

「解決するわよ、あたしたちで」

 と、答えた。

 イリヤは、カンナとの話しあいをあきらめた。カンナにとって、事件を追うことがいちばんたいせつなことなのだ。それゆえ自分はこれ以上、なにも言えない。

 カンナはその夜、カレーライスをつくってくれた。シンプルだが、その深みのある味わいが、イリヤの気持ちを落ち着かせた。ただのカレーなのに、なぜか妙になつかしいものを感じた。

「おいしい」

 シャルナがカレーの感想をのべた。

「あたりまえよ」

 カンナはみずからのカレーライスをがつがつ食べた。

「ねえ、シャルナ」

「なに」

「ってことか、今回の事件に暁が関わっている可能性もあるってことよね」

「そう」

「ちょっと待って」

 イリヤは疑問をおぼえて問うた。

「なんでそうなるの? ぼくにはなんのつながりがあるかわからないんだけど」

「暁ってのは」

 カンナが答えてくれた。

「自分の手をよごさないで、他人を傷つけるのよ。そういう犯罪組織だったのよ、あそこは。いまはもう、ないんだけど」

「それはひどいね……」

「そもそも、魔法使いが殺人事件をおこすこと自体、めずらしいことなのよ。自我が強いから。ましてや、今回は生きている魔法使いの犯行っぽいし。もしも死んでいる魔法使いの犯行なら、理解できるんだけど。だから、暁のしわざってことも考えられるわけ」

「なるほど……」

「死神が人を殺すという点を考えると、完全擬態魔法の可能性がある」

「完全擬態魔法?」

 シャルナはカンナにうなずいた。

「犯人はすでに覚醒者かもしれない。そうすれば、理解できる」

「まさか、犯人はすでに死んでいて、完全擬態魔法で、まるで生きているように見せているってこと?」

「そう」

「それって、意味あるのかしら……」

「そういう性なのかもしれない」

「なるほど。生前の性ってわけね」

「そう」

「ま、たしかに死んでないと話にならないのよね。大量殺人しているわけだし。たとえば、もしも、シャルナの推測がはずれていて、いまも犯人は生きているのだとしたら、そいつは相当なサイコパスだってことになるわね。自我をうしなうことなく大量殺人が犯せるなんて、ふつう、まったく考えられない話だもの」

 シャルナはこくりとうなずいた。

「生きているか死んでいるか判断できないかもしれないってのは、やっかいね」

 当然、カンナは殺人は犯さない。犯人が生きている人間だとすれば、カンナは手加減しなければならない。しかし、もしも犯人が死んでいるのだとすれば、カンナは手加減なしでぶっ潰すという。どちらもリスクの高い話だ。どちらが良いかと問われれば、イリヤには答えることができない。

「とりあえず、三日後ね。三日後のハロウィンに、なにかおおきな動きがあるって奈良崎が言ってたし。そのときを、待ってみましょ」

 シャルナはカンナにうなずいた。

 イリヤはだまってふたりの話を聞いていた。

 いまは食べなければならない、と思った。

 もしも犯人をくいとめなければならないのだとしたら、自分も全力でとめに入らなければならないだろう。

 イリヤは、魔法を知らなかったときの自分では考えられないような思考回路が生まれていることに気がつきはじめていた。

 こんなこと、以前の自分なら、ぜったいに思ったりしなかったはずだ。

 だけど、いまは、戦う気持ちが強くなっていた。

 しかし、戦いを避けられるのなら、みんなで避けたかった。

 だれにも傷ついてほしくなかった。

 カンナにもシャルナやアカネにも。あの木田佳乃にも。もちろん奈良崎大地にも。

(やるしかないのなら……)

 集中が高まった。

(ぼくが戦おう。ぼくはこの、みんなとの日常を守りたい……)

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