死神
高校三年生の夏だった。
ぷうあんは人を殺した。
ぷうあんは、動画配信者だった。
毎日、学校から帰ってくると、ニコニコ生放送をおこなっていた。ぷうあんはそこで人気がほしかった。だが人気をつかむためには、奇抜なことを考えなければならなかった。高校一年生のころ、ぷうあんは奇抜なことを思いつく。魔法使いになることである。
ネットでは連日、魔法使いの話題があがった。と言っても、その話題のおおくはネットの隅のほうにあがるものばかりで、表にはほとんど出てこない。
魔法使いという存在そのものを反対する勢力がいたりしていて、魔法使い肯定派はネットのなかでさえも立場がよろしくない。海外ではそんなこともないようだが。
巷では、政府の陰謀で魔法使いの情報が隠されているとかなんとか言う話もあるが、ぷうあんは政府はむしろ日本魔法捜査本部などの組織の存在を明るみにしていることなどから、陰謀などで隠しているだろうというふうには思えなかった。
やはり、魔法使いに反対している勢力・宗教などが存在していて、そいつらがネットでもうるさく言っているだけなのだろうな、とぷうあんは考えている。
そういう存在は、どこにでもあらわれるものだ。べつになにも不思議なことではない。
そんな否定派のやつらのことなど構うことなく、ぷうあんは日々、魔法使いになるための努力をしていた。
蝋燭の火を念力で動かそうとしたり、川辺を全速力で走り、思いっきり飛びあがってみようとしてみたり。だが、どの方法も上手くはいかなかった。
世間の目は、気になった。あまり学校に行かなかったぷうあんにとっては、なおさらである。世間から、あいつは魔法使いなんかになろうとしているというふうに思われるのが怖かった。だが、ぷうあんはやめられなかった。魔法使いになることが夢でもあったからだ。
そしてそれはとある初夏に起こったのだった。ぷうあんは、その夜もいつもどおりニコニコで動画生配信をおこなっていた。カメラの前でしゃべりながら、蝋燭を念力で動かそうとしていたときだった(スマートフォンでカメラ撮影し、パソコン画面でコメントを確認していた)。パソコン画面のコメント欄に妙なコメントが打ちこまれた。ちなみに魔法使いによる動画配信はすくなくない。だが、どれも偽物である。それゆえにぷうあんがいちばんはじめの魔法使い動画配信者となろうと努力していたのだった。
『なんか外を通ってったぞ おれも見たw カルト関係か?』
「マジで?」
ぷうあんはコメントに聞きかえした。
『マジマジ 暗くておれ、わからんかったわあw やべえ集団だろ、いまのw』
ぷうあんは開いていた夜の窓の外から首を出した。
「ああ!」
たしかにいた。黒い服に黒いフードをかぶった、奇妙な三人組が。
「なんだ、あいつら……!」
その人たちに声が聞こえないようにちいさな声で言った。
それからぷうあんはコメント欄を眺めなおした。みんなの反応が気になった。
『www ああ、そいつら宇宙人だわ とうとう未知との遭遇かw ぷうあん、行けw 追いかけろおおおおおおおおおおおおおおおw』
「追いかけるわ、おれ!」
ぷうあんは半ば、笑いながらそう宣言して、蝋燭を消し、スマホを持って外へ駆けだした。
そいつらは近所の広瀬川の階段を降りていった。石造りの河川敷で足をとめ、三人で向かい合い、ぶつぶつと言いあいをはじめた。そのあまりに奇妙な光景に、ぷうあんはぞっとした。だが、スマホでの撮影をやめるつもりはなかった。暗い物陰に隠れながら、ぷうあんはスマホに向かって小声でしゃべり続ける。リスナーたちのコメントは見られないが、自分の声はスマホの電波と電池が続くかぎりリスナーへと届くのだ。
「あいつら、なんかしゃべってるぞ……。ずっとあそこにいるし、怪しすぎるんだけど……」
その数分後のことだった。
突然、空からまばゆい光が降り注ぎ、ぷうあんは目を覆った。
「なんだ……!?」
光が弱まり、ぷうあんはついにそれを目撃する。
宇宙船だ。
全身の黒い、宇宙船が、空から降りてきたのだ。
黒い三人組は、その宇宙船からおろされた階段をのぼっていく。
ぷうあんは、言葉をうしなった。宇宙船が飛び立つまで、なにも言えなかった。ただ唖然とその光景をながめていることしかできなかった。
宇宙船はゆっくりと空へのぼっていき、突然、ぴゅんっ、と高速で上昇したかと思うと、どこかへ姿を消した。ぷうあんは、その場にしりもちをついた。
「ま、マジかよ……」
その日をさかいに、ぷうあんは数々の宇宙人と宇宙船の動画撮影に成功した。ぷうあんは一躍有名人となった。海外でも「日本の動画配信者が宇宙人を撮影!!」と話題になった。だが、ぷうあんは本当は気がついていた。本当はすべて自分が仕組んだものだということを。
「おれは魔法使いになったんだ」
だけど、それを悪い方向へ使ってしまった。
無意識だったのだ。
しかたがなかったのだ。
だが、取りかえしのつかないことをした。
もう、引きかえすことはできなかった。
うそをうそで重ね、さらにそのうえにうそを重ねていく。
ぷうあんは世界中で有名になり、動画はユーチューブで金を稼げるまでになった。
数十億円の金が舞いこんできて、これからの生活はすでに安定そのものだった。
だが、ユーチューブでの広告収入というものはあとから入ってくる。契約したばかりだと半年ほどの時間がかかるらしいのだ。そのため、すぐに自分のもとに、金は入ってこなかった。けれど、それも時間の問題だった。
だが、そんなある日のことである。『やじ』という男性のユーチューバーが、ぷうあんの偽装工作を特集しはじめた。やじはなぜか、ぷうあんがあらわれるところに突如、あらわれ、そしてぷうあんの動画撮影内容を撮影していく。つぎの日もつぎの日も、やじはあらわれた。けれども、ぷうあんの『完全擬態魔法』が見破られることはけっしてなかった。だから、ぷうあんは安心してやじを無視していた。
やじの動画はちょっとした話題となっていった。ぷうあんをうたがうものたちもあらわれはじめた。
そのころのぷうあんはすでに傲慢な人間へと変わり果ててしまっていた。以前の自分ならば、けっしてそんなことは考えたりしなかっただろう。
やじという男を殺してしまおうなんて。
しかし、バレたりしない。
それに、魔法使いであり、億万長者の自分を晒し上げようとしてくる人間が許せなかった。
だから、殺すことにした。
両親の寝静まった真夜中に、ぷうあんは一体の死神を召還した。闇のなかからあらわれたそいつは、狂気に満ちた骸骨のような顔をしていて、黒いローブを羽織り、そしておおきな鎌を持っていた。ぷうあんのイメージにぴったりな死神の完成である。この完全擬態魔法でつくった魔物は、主人の命令をよく聞いた。
「あいつを始末しろ」
死神が姿を消した。
ぷうあんはパソコンをつけ、やじのユーチューブチャンネルを開いた。やじはちょうど、生放送をおこなっていたようだ。痩せた男の顔が画面のなかでしゃべりはじめる。やじは、ぷうあんのことをディスるような内容を口にしていた。
死神が、画面の奥に姿をあらわした。大鎌を振りかぶり、やじの頭部をはねた。画面に、血が飛び散った。やじの頭部が、床をころがった。
「ふふふ」
ぷうあんは笑いがとまらなかった。
「ははははは」
一週間ほど、ぷうあんは動画撮影ができなかった。世間では宇宙人の話題で盛りあがっていたりしていて、その動画を撮影しようとする配信者もたくさん仙台にあつまってきていたりしているようだった。
学校でも身が入らず、友達ともうまくいかなくなった。しかし、やじの話題を耳にすることはなかった。やじはそれほど人気があったわけではなかったのだ。
学校の帰り道で、ぷうあんはその男と出会った。その男はみずからを「ミラージュ」と名乗った。
「悪くないが、精神力は弱いな」
ぷうあんは登下校時、帽子をかぶるようにしていた。学校でも有名人となっていたが、学校ではさほど騒がれることはない。しかし、街中では騒がれる。はじめはキャーキャー言われたりするのがたのしかったが、やじを殺してから、ぷうあんは身を隠すようになった。だから、男が自分の正体に気がついたと思いこみ、ぷうあんは怯えて逃げ出した。住宅街の曲がり道を曲がったときだった。突然、こぶしが飛んできてぷうあんの鼻先を直撃した。
「ぶう……っ」
ぷうあんは鼻を抑えた。
「いてえぞ、こら!」
落ちた帽子をひろった。
そこに立っていたのはさっき話しかけてきた男だった。逃げたはずなのに、先回りしていたみたいなのだ。
「あんたかよ……! なんなんだよ、さっきから! 話しかけてくるんじゃねえよ!」
男は白く長い髪をしていた。顔はヨーロッパとかそっち系だ。白人なのだろう。だが、さっき耳にした日本語はうまかったような気がする。
そして男は拳銃を取り出した。
「ひえ……!?」
ぷうあんは声を裏返しておどろいた。
どうやら男は警察ではないようだが、ぷうあんはそれ以上に男に対して危ないものを感じた。暗殺者かなにかだろうか。CAIとかそっち系のなにかだろうか。自分の魔法が、なんらかの秘密組織にバレてしまったのだろうか。だから、暗殺を……。
「りんご飴というものを見たことがある。この国の伝統菓子なのだろう? あれとおなじだ、魔法は」
「ど、どういう意味かわかんねえよ……」
ぷうあんは拳銃を向けられていたので、怖くて両手で見ないように目を覆ってしまう。
「自然的な物体の上に、溶かした砂糖をあらたにぬって味つけする。われわれは、そのぬる側の人間だ」
「だ、だからなんだってんだよ、その拳銃みたいのとどう関係してるんだよ……!」
ぷうあんは一応、なるべく男に対して刺激的な言葉を発さないように心がける。銃で撃たれたりでもしたら、たまったものではない。たとえそれがエア・ガンだとしても。
「いったん殺そうか」
男がつぶやく。
(は、はあ!? こ、殺すって、おれを殺すってことだよな……!?)
ぷうあんはとっさに死神を呼び出した。死神は、ぷうあんの思いのままに動く兵士だ。
「完全擬態魔法か」
ぷうあんは、男の言葉におどろいた。この死神のような魔法はそういった名称がちゃんとついていたのだろうか。ぷうあんは偶然、おなじ名称を頭のなかに描いていたのだ。それゆえに、おどろいたのだ。
男が、銃をジャケットの内側のホルスターにしまった。それから男はこう言った。
「殺せ」
男は、なんと死神に命令を出したのだ。ぷうあんは理解できなかったが、死神はしっかりと理解していたらしい。死神は、ぷうあんに振りかえり、大鎌を構えた。
「弱者は強者の命令を聞かなければならない」
「お、おい。おい、待て。死神……! 殺すのはおれじゃあな――――い、むこうのおとこだ――——っ!! ごふ」
霊体となったぷうあんは、みずからの首のない死体と死神と男を見た。魔法使いであるぷうあんには、死んだのだという自覚がすぐに芽生えた。悲しくはなかった。人を殺してしまった自分を、自分はずっと怨む続けてきたからだ。死んで良かったのだ。こんな男。
だが、おかしな点に気がついた。自分は死んだのに、その自分の完全擬態魔法である死神は死なない。
死神が突然、どろどろに溶けだした。みずからの肉体に流れこむと、転がっていた首がくっつき、一体化し、立ちあがる。
死神と自分の肉体がひとつになってよみがえったのだ。そうだというのに、ぷうあんの意識はまだ、外側に存在していた。
その外側から、ひとつになったソイツをながめていた。ソイツの顔を覗きこむと、黒い仮面のようなものをかぶっていた。禍々しい魔力も放っている。こんなのは元の自分ではない。べつのなにかだ。
「貴様は覚醒したのだ。それが貴様のもとからの意思だったのだ。わたしはそれに助言したに過ぎない。わたしの第一魔法ではない」
いつの間にか、ぷうあんのたましいは肉体に還っていた。ぷうあんは、黒い仮面にあいたその穴の隙間から、男の顔をながめていた。
「願わくば、わたしの殺したい人間を殺してほしい。わたしは貴様を信頼したのだぞ。信頼しなければ、そんなたのみごとは口にしないだろう?」
不思議だった。ぷうあんはかんぜんに男の手下に成り果ててしまっていた。男の言葉がうまかったからなのか、あるいは弱者と強者の関係であるからなのか。とにかく理由はわからないが、ぷうあんは男の言うことを聞かざるを得なかった。
魔力だって、以前より格段に成長しているのだ。しかし、ぷうあんは男に抵抗できなかった。
「わかった」
「ありがとう」
「とんでもない」
男が不敵に笑った。だけど、ぷうあんはそれが快感でしかたなかった。
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