おにいちゃん!
アメリカ、ロサンゼルス。
二〇一五年に建設された、真新しいホテル『バイシクル・アンド・カジノ』。
そこに、約一か月ほど滞在している。
それゆえ、もうそろそろ、それをおこなっても平気のはずだ。
ホテルの従業員たちとも、だいぶ顔見知りとなったから……。
という気持ちで、黒髪セミロングヘアーの少女は、カジノへ入った。
アメリカのカジノは、子どもたちが入ることもできる。カジノ内に、子どもたちのあそび場が設けられているほどだ。そのため、入り口の従業員たちの監視もゆるい。
現金を、コインに換えるのもかんたんだ。コイン交換は、自動販売機、あるいは受け付けの二種がある。自動販売機をえらべば、子どもでもなんなくコインを交換できる。
それから、少女はルーレットの席へ着く。
だが、このテーブルゲームエリア内は監視の目がきびしい。
しかし、賭けははじまった。とりあえず、ルーレットのディーラーがベルを鳴らした直後だったので、少女は注意されることなく、百ドルコインを一枚、『RED 9』に置けた。ここまでは順調だ。このまま行けば、大金が手に入る――。
少女はいま、金がなかった。金がなければ、生活できない。帰る家はない。だから、ホテルを転々としている。でも、安いホテルに泊まるつもりもない。だから、大金がひつようなのだ。
こんっ。
ディーラーが、ルーレットのノブをまわした。ちいさなボールを、ルーレットの回転しはじめた、その逆方向にはじきとばした。まだ、まわりの目は、こちらに向けられていない。
少女は、魔法使いだった。
【未来予知】の。
それゆえ、ボールが『RED9』に落ちることはすでに判明していたのである。
(あとすこし、あとすこし……!!)
ちなみに、ボールが回転しているあいだ、プレイヤーたちはチップを移動させることが可能である。
「ノー・モア・ベッド」
りん、りん。
と、二回のベルをディーラーが鳴らす。
そうなると、もう賭けの場所は変えられない。
ボールが、ポケットに落ちた。
ディーラーが、ルーレットのノブをつかんで、そっと回転をとめる。
「RED 9」
ディーラーが宣言した。
「良し!」
少女はガッツポーズを取った。
テーブルが凍りついた。
みなが、『RED9』に賭けられた百ドルチップを見つめた。
賭けたチップが一か所の場合は、倍率が三十六倍だ。百ドルコインは、三十六倍となるのだ。
テーブル内が、ざわめきだした。みなが、少女へ視線を向けてくる。
「ちょーだい!」
少女は、日本語で、ディーラーにそう言った。両手を伸ばして、コインを要求した。ディーラーは、おどおどした様子で、三十六倍のチップを押し寄こしてくれた。
少女は、その三十六枚のコインを持ってすぐに逃げ出そうとした。
だが、
とんとん。
背後から、だれかが肩をたたいてくる。
「ぎくっ」
おそるおそるうしろを振りかえると、黒人の従業員が怖い顔をして立っていた。
少女は、なに食わぬ顔で逃げ出そうとするが、そのおおきな片手に腕を捕まった。
「パスポート」
「そーりー、そーりー!」
チップは、すべて没収された。もとの金だけが、手元へ返ってきた。
少女は、黒人従業員と仲良くカジノをあとにした。
まあ、追い出されたのだけど。
「そーりー……」
少女は、肩をおとしながらホテルの方向へと帰りだした。
ホテルの最上階の部屋へもどり、一階で購入していたカフェラテをストローで飲みながら、ソファにどすんっと座ってテレビをつける。ホームドラマが、やっていた。だが、英語でわからない。
少女は、ストローをくわえながらぼんやり考える。
ひとりでいるのも、飽きてきたな。
なんかはじめようかな。
もちろん、いちばん良いのは、おにいちゃんと暮らすことだけど。
きっと、おにいちゃん。怒っているかもだし……。
ぜんぶ、あたしのせいだ。
あたしが、暁なんかはじめちゃったのが原因だ。
あのころは、まだ十ニ歳だったし、まわりのことは良く見えていなかった。
だから、おにいちゃんに嫌われるとは思ってもいなかったの。
そんなことを、かんがえていたときである。
突然、風が吹きこんだ。窓でも開きっぱなしだったのかなと確かめてみるものの、どの窓もしっかりと閉められている。部屋のなかに吹きこんだ風はどんどん強くなる。
「な、なに、これ!?」
少女はソファのうえで怖くなりあたりをせわしなく見回す。なんかの魔法かもしれないと警戒したのである。
渦巻く風の中心が、きらきらと光り出した。
その内部に、ふたりの人間があらわれた。
これは、
テレポート魔法だ。
おそらく強い風と太陽の光が同時にテレポートされたのだろう。部屋のなかの光よりも、太陽の光のほうが強く感じたのだ。それゆえに風の中心が光って見えた。
(まさか……)
もしやそうなんじゃないのと思っていたが、それはまさに少女の思ったその通りだったのだ。
「おにいちゃん……」
手を結んだふたりの男女が、少女のまえにあらわれた。
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