なみだの
ここ三日間で、仙台の状況は一変した。おそらくミラージュがなんらかの方法で第二魔法を発現したのだろう。強い幻覚が、街全体をつつみこんだのだ。その影響で、街の一画は現実世界とかんぜんに隔離された。世界中ではいま、仙台の街の異変をおおきく報道している。だが、カンナはそんなことどうでもよかった。カンナにとっての事件は、たったひとつだけだった。あのふたりがいないことだ。
ふたりが、ニューヨークへ旅立ったことはわかっていた。それはカンナには隠し通せないことだったのだ。なぜ、あのふたりは自分にそのことをだまっていたのだろう。それが、すごくゆるせない。ムカつく。イライラする。
街が幻覚につつまれているし、下手に外には出られない。だけど、カンナのなかで、それも限界に近づいていた。
外では、霊体武士が徘徊していて危険だったが、そんなこともうどうでもよくなっていた。
「どこ行くの!?」
カンナが丸腰で玄関口へ向かっていくと、あわてた様子のアカネがうしろから駆けつけた。立ちはだかろうとする着物の少女を、カンナはかっと見開いた目で睨みつけた。
「どいて」
「どかないから!」
アカネはカンナの睨みつけに委縮したが、けっして引き下がらなかった。目をぎゅっとつむり、みじかい両腕をおおきく左右に開いた。
「どきなさいよ!」
「だめえ!」
「あたしがひとりで戦ってくるわよ、あいつらどうせ帰ってこないもの……!!」
「帰ってくるよ、きっと! それに、ケーサツがたたかってくれるからだいじょうぶだよお……!!」
「あんた、わかってないわね。一般人に見えない相手を、だれにもバレずに処理してきたけど、あいつらだってもう限界なのよ!? 先日のコーヘイは、即死だったんだから……!」
「そく、し……?」
「そうよ。もう、あたしたちじゃ、歯が立たないような相手なのよ……」
アカネは両腕をゆっくりとおろした。
カンナはなみだをながした。
アカネはそれを見て、なにも言えなくなる。
たぶん、アカネは、ずっと強い人間だと思いこんでいたカンナが並の人間よりも弱くなっていておどろいたにちがいない。それはカンナも気がついていた。だけど、がまんできなかった。なみだは、あふれて出てくるのだ。とめようとしても、とめようとしても、どうしても出てきてしまうのだ。
「あたしたち、どうなっちゃうのよ……」
「カンナ……」
「奈良崎は死ぬ気なのよ。いまの状況を変えさせるために……」
「そんな」
「ほんとうよ。先日、あいつ、あたしに電話してきたの。おれがやるから、おまえは家にいろって言ってたわ」
「みんな、死んじゃうの……?」
カンナはなにも言えなかった。そうなるかもしれないと思ったからだ。
「見ないフリなんて、できるはずないのよ……!」
カンナは、家を飛び出した。アカネは、そんなカンナをとめたりできなかったようだ。でも、それでいいと思った。あんたまで消える必要はないわよ、と思ったからだ。
外の景色は、いたって普通のものだった。なにひとつ現実世界との変わりはない。ただ、変わっているものがあるとすれば、それはある範囲から外へはいっさい出られないということだけだった。
(……なにやってんのよ。早くもどってきなさいよ……!!)
なみだは、とまっていなかった。
カンナのこころのなかはいま、ミラージュと佐々木サラサという女子学生への絶望でいっぱいだった。
希望があるとするならば、
それは、
たとえ負けてもいい、
だけどあいつといっしょにいたい、
そう願う、
その気持ちだけだった。
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