うそ
アメリカ合衆国、ニューヨーク市、マンハッタン島。その島にある、都市公園の写真を見つめる。おおくの人たちがし爆のうえでくつろいでいる写真だ。公園のまわりでは、マンハッタンの摩天楼が望む。摩天楼のなかの、ひとつのビルに、イリヤは注目する。
「よし、行こう」
シャルナはこくりとうなずいた。
イリヤはシャルナとテレポートした。
はじめ、テレポートするとき、みずからの目で確認しなければできなかった。周囲数十メートルしか、移動できなかったのだ。だが、カンナと魔法の練習を重ねるにつれ、どこへでも行けるような気がしていった。その「気持ち」が、たいせつらしい。そういったどこへでも行けるんじゃないかという気持ちを持つことで、自分自身の自信へつながったのだ。そういう自信があると、テレポートの意識は一気に拡大した。しかしおそらくもともとそのくらいのことはできたのだろう、という気がした。そういうふうに過去の自分に近づくのは気分の悪いことではなかった。
摩天楼の高いビルの屋上へテレポートしてきて、セントラルパークを見下ろす。マンハッタンは昼だった。だが、ビルの屋上は、非常に冷たい風が吹いた。イリヤは、急いで公園内の空白へテレポートした。
芝生エリアの木陰に、やってきた。ふたりは何事もなかったかのように広大な芝生エリアへと入っていく。冬の季節ゆえ、アイススケートリンクが盛りあがっている。「映画で良く見かける光景」とシャルナは言う。
「寒くない?」
「だいじょうぶ」
「なら、このあたりから捜索しよう」
「わかった」
空いていたベンチに腰かけ、シャルナにあたりの捜索を第一魔法でおこなってもらう。
あまり時間をかけて捜索することはできなかった。しかし、シャルナに無理させるわけにもいかなかった。
いまは、ほんとうにどうしようもない状況だった。サラサの件がある以上、ほんとうはいますぐにでも、日本へ帰国したかった。
カンナを、ひとりで日本に置いてきてしまったのも悔やまれた。連れてくれば良かったのかもしれない。
だが、イリヤの第一魔法にも、ていどというものが存在するのだ。
三人でのテレポートは少々、きびしい。
ふたりの手を両手でつなぎあわせ、テレポートするイメージを作り出すのは、至難の業なのである。
まあ、しかし、サラサが約束を破るとも思わなかった。きっと、サラサは自分のことを待ち続けるだろう。そういった重たい部分が、サラサの特徴でもあるのだ。
サラサはそういった性格なので、カンナに牙を剥くことはまずないだろう。それについては、イリヤはシャルナとともに安心しているのだ。
あとは、日本魔法捜査本部の人たちがどのようにサラサを対処するか、だった。彼らにすべてまかせていいものだろうか。イリヤはそれがとても不安だった。
果たして、彼女をとめることはできるのだろうか。だからこそ、一刻も早い過去の自分というものがひつようだった。
なんとしても、見つけ出さなければならなかった。写真の車イスの子のことを。自分の家族かもしれないという気がするだけだが、それがイリヤのなかで唯一の希望に思えてしかたなかった。
母がそばにいれば、話を聞けるのに。
それは、叶わない。
「見つからない」
「移動しようか」
「うん」
ふたりで、観光地の写真を取り出し、さまざまな場所へテレポートした。自由の女神。メトロポリタン美術館。グラウンド・ゼロ。ブルックリン橋。ブロードウェイに、タイムズスクエア。そうしてさまざまな場所をめぐるうちに、最終的に捜索しやすい方法というものを見いだした。
地下鉄である。
地下鉄なら、いろんなところにかんたんに移動することが可能だ。
ふたりで、ブロードウェイ線の地下鉄電車に乗りこんだ。駅で購入した地下鉄マップをながめながら、銀色の電車で移動をはじめた。
ニューヨーク地下鉄は、ニューヨーカーが、もっとも利用する交通手段だったらしい。合計四百八十六駅もあって、二十四路線も通っているらしいのだ。
メトロカードを購入すれば、安い料金で乗り降りできるが、それは買わないことにした。どうせ地下鉄はいましか乗らないからだ。
マンハッタンを離れると、地下鉄は外へ出る。そのあたりから、シャルナの第一魔法の魔力は強まった。
だが、いっこうに写真の人物は見つけ出せなかったようだ。シャルナの体力も限界に近づいていたので、ニューヨークを二回ほど往復したころに、イリヤは電車を降りる決断をくだした。
外は、夕方となっていた。摩天楼に沈む夕陽をながめながら、ふたりは途方に暮れた。
「泊まれるところを探そうか」
「わかった……」
ザ・マンハッタン・アット・タイムズスクエア・ホテルに泊まることを決めた。ホテルから一ブロックすすんだところに、数々の劇場があつまっており、そのホテルの部屋からならば、たくさんの人の気配を感じられるかもしれないと判断したからだ。
しかし、そこへやってきてシャルナがこう言った。
「十八歳未満はチェックインできない」
「え、そうなの!?」
イリヤはホテルに関しての知識に乏しかったのだ。
「木田佳乃に電話をかける。取りあってもらえるかも」
「そうだね、そうしよう……」
シャルナが、スマートフォンで(日本魔法捜査本部から支給された端末機械である)電話をかけた。約十分後、イリヤたちはチェックインを取りあってもらった。木田佳乃には感謝してもしきれない。というか奈良崎大地はそういったことには頭は回っていなかったんだな、とイリヤはちょっぴり呆れた。他人のせいにしてはいけないことだけど。
部屋は、柔らかいクリーム色を基調としていて、それからダブルベッドだった。テレビやWIFIが設備されていたことよりも、イリヤはそのダブルなベッドが気になってしかたがなかった。
「ここが、いちばん安い部屋」
だがシャルナが受け付けでチェックインしてくれたので、イリヤはダブルベッドの部屋に文句は言えなかったのだった。
「なら、しょうがないね……」
「こっちでは、これが普通」
「そうなの?」
シャルナはうなずく。
ふたりでおおきなリュックサックを置き、いったん部屋を出て、鍵をちゃんとかけたかどうかたしかめて、それからしっかりと鍵を持ってきたかどうかもたしかめて、イリヤたちホテル内のレストランへ向かった。
夕食を取ったあと、小腹がすいたときのための食料と飲料を購入し、寄り道せずに部屋へもどった。
「心配性」
「だって、ここアメリカだよ?」
扉を閉めた。オートロックの音が鳴る。
「だいじょうぶ。鍵をなくしても、テレポートでもどってこられる。それに、木田好のおかげでいつでも受け付けが対応してくれる」
「そうは言ってもさ……」
シャルナはけっこう大人な性格のようである。イリヤは小心者すぎて、そんなシャルナがとてもおおきく映った。
それから、ふたりで交互にシャワーをあびた。イリヤはそうでもなかったが、シャルナのほうは冬だというのにかなり汗をかいていた。
シャワーをおえると、ふたりでベッドに腰かけ、テレビをながめはじめた。捜索時間以外は、休養を取ることにしていた。あたりまえだが、体力は無限ではない。
そうして英語でよくわからないバラエティ番組をながめていると突然、シャルナが倒れかかってきた。どうやら、とても疲れていたようだ。イリヤの肩に頭を置き、目を閉じて眠たそうにしている。
「だいじょうぶ……?」
「平気」
「眠っててもいいよ」
「すこしこのままでいたい」
「あ、うん……」
なんかよくわからないけど、そうしたいならそうしてあげよう……。
シャルナは疲れているから、その身体を気遣ってあげないとな。
とイリヤは考えた。
「この街には、いないのかも」
とシャルナは言った。あまり感情を言葉に乗せない少女だが、そのときの言葉には若干の悲しみが乗っていた。
イリヤもすこし悲しかった。
「そうかもしれないね。どこか、べつの街に行ってしまったってこともかんがえられるよ」
「ごめん」
「いいよ、だいじょうぶ。見つけられなかったら、すぐに帰国しよう」
「わかった」
「やっぱり、日本からニューヨークまではシャルナでも遠かったんだよ。もういちど、いちから調べなおしてみるのもいいかもしれないね。じつはニューヨークじゃなかったのかも」
「そうかも」
「うん、それがいいと思う。でも、あしただね。今日はもう、疲れたでしょう?」
「うん」
しばらく、沈黙があった。そうしているあいだ、シャルナはずっと自分の肩に頭を乗せている状態だった。イリヤは、その緊張のせいでぴくりとも動けなかった。
「あす、ロサンゼルスに行く」
「わかった」
え。
なんで、ロサンゼルスなんだろう。
とイリヤは疑問に思った。
とうぜんだが、イリヤには彼女のうそなんて見抜けるはずもなかったのだった。
「夕闇の鐘は、イリヤの母親がつくった組織」
「え」
「すべてはイリヤがあたらな次元へと成長するための陰謀」
「なにを言ってるの……?」
「イリヤは、ひとりでしか戦うことができなかった。しかし、それではあたらな方法で戦闘をおこなう技術が身につかない。そのために、夕闇の鐘はつくられた。けれど、もうひつようなくなる」
「ぼくのかあさんが、なんだって……?」
イリヤは、シャルナの肩をつかんで強い口調で質問した。
「シャルナ!」
シャルナは、言った。
「暁との決着はまだ、ついていない。そのためには、特務機関の設立が不可欠だった。そして、そこで活躍できる兵士も」
「わ、わけがわかんないよ……」
イリヤは混乱した。
頭をかかえる。
どういうことだよ。
かあさんがなんだって言うんだ。
特務機関ってなんだよ。
暁との決着って。
兵士って……。
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