葬式

 早急に、魔法医師は駆けつけた。

 だが、コーヘイは治ることはなかった。

 すでに死んでいる人間がよみがえることは、ぜったいにありえないことだったのだ。

 その後、コーヘイは検視にかけられた。死因は、たった一発の腹部へのパンチだった。

 奈良崎大地たちが、戦慄をおぼえたことは言うまでもなかった。たとえ自己強化魔力によって強化したこぶしで肉体をなぐったとしても、その肉体を貫通するということはまずありえないことだったのだ。

 どれだけ強力な【自己魔力】であれば、そのような芸当を成し遂げられるのか。まさに「怪力」と形容するほかなかった。

 奈良崎大地たちチームメイトの悲しみは言うまでもないものだった。

 翌日、コーヘイの葬式は、しめやかにひらかれた。コーヘイに、家族や親戚はいなかった。コーヘイにとっての家族は、奈良崎大地たちだけだった。

 奈良崎大地たちは、コーヘイの遺言を聞かされていた。自分たちはいつ死ぬかわからない存在なので、事前に遺言を残しているものなのだ。

 彼が火葬されるとき、奈良崎大地は、左手の小指の骨を斎場者から受け取った。それがコーヘイからの遺言だった。奈良崎大地は、彼の骨を木屑の詰めこまれた黒いちいさな箱におさめ、スーツの内ポケットへたいせつにしまいこんだ。

 奈良崎大地は式部草紙たちと別れ、葬儀場の外へ出た。奈良崎大地は怒りに震えていた。あの白髪の男と、そしてあらたな魔法使い・佐々木サラサという女子学生のふたりを、このまま許しておくわけにはいかない。

 風が、吹く。このままこの悲しみと怒りのふたつの感情が風にながされていったらいいのにな、と思った。感情で仕事はしてはいけないが、これからの仕事は感情抜きではおこなえないだろう。そのとき、電話が鳴った。奈良崎大地は眉間にしわを寄せたまま、電話に出た。

「はい、奈良崎です」

『わたしだ』

 警察庁長官からの電話だった。だが、奈良崎大地は緊張しなかった。

『今回の件、気の毒だったな。われわれとしても、峰崎をうしなうのは、とてもつらい。が、それ以上にきみたちのチームは、つらかったろう』

「お気遣い、まことにありがとうございます」

『ああ。こちらでは、あたらしいチームメンバーの加入は考えていない。もしもひつようとなった場合は、そちらから連絡を入れてくれてかまわない』

「わかりました」

『すこし変わった話があってな、それはのちに話す』

「はい」

 変わった話とはなんだろう。

 奈良崎大地は首をかしげた。

『それから、大地。おまえは、けっして前線へ立つことはないんだぞ』

 警視庁長官はまるで警告するように言った。奈良崎大地はそのひと言に、不快感をおぼえた。

『おまえがいなくなったら、戦力の半数をうしなうようなものだ。そのうえ、おまえの第一魔法は、けっして他人に向けるものではない。それは、たとえ霊体を相手にすることになったとしても、だ』

 奈良崎大地はそれにたいして強く否定した。しかし奈良崎大地は気づいていなかったのだ。それがその方の気遣いだったということを。

「いいえ、警視庁長官。今回の事件、これからますますひどくなります。おおくの霊体が、仙台の街にあつまってきているという情報が入っています。わたしも、前線で戦います」

『駄目だ。いざとなれば、武装部隊を出動させる……!』

「いいえ、この事件、すでに目に見えない部分でのみで、食い止めることは不可能です。われわれの存在も、すぐに世間の注目をあつめることでしょう。それは、もう回避できないのです」

 警視庁長官はううむと唸った。奈良崎大地はこうつづけた。

「メディア等々、おおきく取りあげることでしょう。しかし、わたしはそれでもかまいません。仲間たちを守るために、そして市民を守るために、わたしは戦います」

『……そうか』

「申し訳ありません、とうさん……」

 父は言った。『いいや、これも時代のながれだろう。われわれは、その時代のながれにうまく順応していくしかないのだよ。わたしは、覚悟を決めた。おまえも覚悟を決めろ、大地』

「はい」

『死ぬんじゃないぞ』

 父は悲しげにそう言った。

 それから、電話を切った。

 スマートフォンを、ズボンのポケットにしまいこみ、左胸をぎゅっとにぎりしめた。

 コーヘイの霊体は、この世にあらわれなかった。

 コーヘイは、どうやら天国へ旅立ったようである。

 良かったな。

 未練は残さなかったのだな。

 コーヘイのぶんまで、全力で戦うと誓おう。

 約束だ。

 待っていろ、コーヘイ。

 おれが、この事件をおわらせる……。


 定禅寺イリヤは、ニューヨークへ旅立った。彼は英語が話せないので通訳がひつようだったが、それを手配する時間はなかった。佐々木サラサの件がある以上、すぐに帰国しなければならないと彼は言った。奈良崎大地もそう思ってはいたが、奈良崎大地は定禅寺イリヤにたよるつもりは微塵もない。佐々木サラサの件はこちらで対処する、と奈良崎大地は定禅寺イリヤへ伝えた。しかしそれでも彼はすぐにもどってきます、と強く言った。彼の怒りを、奈良崎大地はそのときはじめて目の当たりにしたような気がした。

 定禅寺イリヤにはしばらく生活できるだけの資金と荷物を持たせたが、果たしてどうなるかはわからない。ほんとうに写真の人物と出会えるのかも、あやしいところである。

 だが、奈良崎大地には、彼をニューヨークへ行かせる以外の選択肢がなかった。彼には、未知の部分がある。それについては、奈良崎大地は自分ではおそらく理解できないのだろうな、とかんがえていた。もう、彼のことは、彼にすべて、まかせるしかない。

「ついに行ったわね」

 そのとき、ふと女性の声が聞こえてきて、奈良崎大地ははっと視線をあげた。駐車場の入り口に、ひとりの女性が立っていた。

(あの人物は、たしか……)

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