記念写真

「自爆したようだ」

 病室で、奈良崎大地が言った。

 イリヤはハロウィンの夜、彼とふたりきりで話した。


 事件の後、奈良崎大地は、大学病院に緊急搬送されたという。日本魔法捜査本部の魔法使いたちは、日本政府によって宝物のようにあつかわれていた。そのため、魔法医師は迅速に派遣された。奈良崎大地はほかの魔法使いのだれよりもたいせつにされているようで、まわりの関係者たちの焦り様は半端なものではなかった。

 魔法医師の治療により、奈良崎大地はなんとか一命を取りとめた。魔法医師の治療の方法は、くわしく話してもらえなかったが、どうやら魔力による操作で手術をおこなうらしい。イリヤには、なんとなくそれが想像できた。

 だが、当然、死んだ人間をよみがえらせることはできなかった。日本政府関係者たちは奈良崎大地が生きていて本当に良かったと胸を撫で下ろしていた。

「ありがとう、感謝する。おまえたちふたりがやってくれたらしいな」

「いえ、ぼくはただにげただけです」

「生きていただけでも良いと思え」

 奈良崎大地はそう言って、

「見せたいものがある。おそらくイリヤには嫌な思いをさせるだろう。だが、見てもらわなければならないものだ。こうなってしまった以上はおまえも戦わなければならないかもしれないからだ」

 と台の上からかばんを掴んだ。

「これだ」

 奈良崎大地は一枚の写真を取り出した。それは透明のビニール袋に入っていた。

 その写真には黒のスーツを着た人たちや、作業着を着た人たちがうつっていたりしていた。少年か少女かわからない車イスの子もうつっていて、どうやらどこかの工場が完成したことによる記念の写真のように思われた。そしてイリヤはその人物たちを見つけて絶句した。その集合メンバーの端のほうにミラージュがうつりこんでいて、中央にはみずからの母親の姿がうつりこんでいたのである。母親とミラージュがおなじ写真のなかにいる。いったいどういうことなのだ。

「おかあさん……?」

「どうやら、貴様の母親は暁と深い関わりがあったようだ。いま、さらに調査をすすめている」

「暁、と……?」

 その写真をぱっと見ただけではそれが暁たちのメンバーかどうかなんてわからないことだった。しかし奈良崎大地がそう説明したことでイリヤはすっかり暁のメンバーたちなのだと信じこんでいた。

 しばらくのあいだ、イリヤはなにも言えなかった。まさか、自分の母親が巨大犯罪組織と関わりがあったなんて想像もしていなかったことだった。その上、母親はミラージュとかなり近いところにいたかもしれないのである。いままでずっとふたりきりで静かに暮らしてきたというのに。イリヤはなんだか母親に裏切られた気分だった。

「行方不明の理由が、あのミラージュという男と関わっていたからかどうかはわからない。だが、まあ、昨日の様子をうかがってみるに、ふたりの関係性はかぎりなく、ないように思える。定禅寺ナギコはいま、どこかへ逃亡している可能性がある」

「だったら、このままのほうがいいですね……」

「ミラージュの標的を、おまえひとりにしぼらせるということか?」

「そうです」

 奈良崎大地はため息をつき、

「つまり、貴様が暁を壊滅させたという事実がいま、判明したということになるのだぞ。それでもなお、貴様はひとりで戦うというのか? 記憶をうしなっているというのに」

「平気です。ぼくはひとりで戦います」

 奈良崎大地は鋭い目つきでイリヤを見てくる。イリヤはそれにたいして怯えることなく強い意志で見かえした。

 イリヤは母親が無事だったかもしれないことを知り、ある決断をくだしたのだ。

 母親は、暁と関わっていたかもしれないけれど、とにかくいまはそれだけを考えればいい。

 ミラージュと戦う理由は、ミラージュが自分をねらっているからだ。

 自分ひとりだけが、ミラージュと戦えばいいのだ。

 カンナやシャルナは、戦うひつようはないのだ。

 自分ひとりだけが、血を見ればいいのだ。

「わかった」

 と彼は言った。

「だが、監視させてもらう。いいな?」

 イリヤははい、と答えた。


 大学病院の帰り道、メイド服のシャルナが待っていた。

「わかった」

 と、彼女は唐突にそう言った。

「ぼくも、わかったよ」

「ちがう」

「ぼくの身におきていることじゃない……?」

「そう。いま、イリヤにとってもっともたいせつなこと」

 彼女の背後は真っ赤な夕焼けで染まっていた。車の走り去る音が聞こえてくる。まるで昭和の街並みの一画のような背景のなかで、彼女はこう言った。

「【センス・オブ・ユニティ】。それがイリヤの第一魔法名」

「センス・オブ・ユニティ……?」

「イリヤの魔法は、空間移動じゃない。その空間移動を武器にすることだった。けっして相手を傷つけることなく、相手と対等に戦うための方法をイリヤはなんとか見つけ出そうとしていたの。そしてそれはすでに見つかっていた。二本の剣がわたしには見えた」

「それなら、ぼくにも――」

「その剣で、敵の武器を無力化することができる。剣である意味は、相手への威嚇が必要だったからかもしれない。なぜなら、本来はその素手でも武器や魔法を消し飛ばすことができるはずだから。だけど、剣のような物体によって消し飛ばすことができれば、その手を傷つけることもないということにイリヤは気がついた」

 とにかく、と彼女は続けた。

「もっともたいせつなことはイリヤのその空間との一体化意識。それが可能となれば、超高速攻撃が可能となる。ミラージュは、それを警戒していた」

「でも、あの人を倒すには、もっとちからがひつようかもしれない」

「もっと?」

「そう、もっとおおきな……」

「イリヤがそう言うのなら、そうなのかもしれない……」

「とにかくね、むこうもしばらく動かないだろうし。いまは、ゆっくりやすむことにするよ。すこし、疲れちゃったんだ。ぼくも……」

 イリヤは疲れた気分で微笑んだ。

「わかった」

 シャルナは納得したようだった。シャルナは踵をかえしてひとりですたすた歩きはじめた。イリヤは夕焼けのなか、そんな彼女を無言で追いかけた。


 家へ帰ると、カンナとアカネのふたりがダイニングキッチンにいた。なぜか、カンナが怒っていた。アカネはそんなカンナと気まずそうに待っていたようだ。

「た、ただいま……」

「あんたたち、最近、こそこそふたりで話しているわね」

 どうやらカンナの怒りの原因はそこにあったらしい。

「ああ、それは……」

 それはカンナには説明できないものだった。自分の魔法を思い出すために話しあっていたことは、カンナには黙っていたほうがいいことだった。

 なぜなら、イリヤはふたりとはいっしょには戦えないだろうな、と思いはじめているからだ。

 これは、自分ひとりの問題だ。

 そう、奈良崎大地とも話してきたのだ。

 カンナとシャルナを巻きこむわけにはいかない。関係ない、ふたりなのだから。

「あたしに言えないことでも話しているわけ……?」

 カンナは妙に恥ずかしそうに聞いてくる。イリヤは罪悪感をおぼえたが、そのカンナの表情をうかがってみてあれなにかおかしいな、と思った。

「言ってもいいけど、あまり言わないほうがいいというか……」

「よ、夜のことについて話していたわけ……!?」

 カンナは声を上ずらせて聞いてくる。

 イリヤは顔を引きつらせながら心のなかで「へ?」と思った。

「なんだって……?」

「だから、夜のことで話してたんでしょ、どうせ……!」

「夜のことって……?」

 イリヤは怪訝な気持ちになった。カンナの言っている言葉の意味がさっぱりわからなかった。

「も、もう、なんども言わせるんじゃないわよ……!!」

 なんでカンナがそんな必死になっているのかもわからない。

「なに言ってるの、カンナ?」

 イリヤが首をかしげて聞くと、それをシャルナが説明してくれた。

「ハーレム計画」

「ハーレム計画?」

「そう、わたしたちはイリヤの遺伝子を子供に宿すために送られたエージェント。だから、カンナはわたしが先にイリヤとセックスしたのか、って聞いてる」

「えええええええ!?」

 イリヤは大混乱に陥った。

(ど、ど、ど、どういうことだ。ふたりがぼくの子供を作るために送られたエージェント……!? じゃ、じゃあカンナはずっとそのためにぼくのそばにいたっていうことなの……!?)

 そう言われてみれば、たしかにカンナにはちょっとおかしな行動が見られたかもしれない。なんだか時々、よそよそしくなるのもそのせいだったのかもしれない。

「わたしは、時間をかけて理解しあったほうがいいと思ってた。だから、まだ話してない。そのことを」

「え、あ、あんた、まだ話してなかったわけ……!?」

 カンナはひどくおどろいた。顔が真っ赤だった。湯気が立つほどに。

「べ、べ、べつに恥ずかしいことを聞いたわけじゃないんだから……!!」

「ぼくはすっごく恥ずかしいんだけど……」

 しかし、だからといってふたりとセックスできるかと聞かれれば、イリヤは無理だと答えるだろう。イリヤはヘタレなので、ふたりの手すらも積極的に握りにいけないのである。

「ハーレム計画があったから、ふたりは居候しようとしてたんだ……!」

 アカネも顔を朱に染めながらそう言った。

「良かったね、おにいちゃん。ふたりの彼女ができて!」

「よ、良くないよ。それにまだ、ふたりはただの仲間であり……」

「わたしがメイド服を着ていたのは、イリヤの趣味にあわせるため」

「た、たしかにぼくはメイドコスプレが好きで――って、そうだったのお!?」

 シャルナはこくりとうなずいた。

 だから、そういう理由があって突然、シャルナはメイド服を着用したのか。イリヤはうれしかったがまったく複雑な気持ちだった。それを喜びとして受け入れていいのかどうかわからない。

「あ、あたしとエッチしたいって言うなら、してあげるわよ。そ、そんなこと、かんたんにできるんだから……っっ!!」

 カンナはすでにやけになっていた。もうどうにでもなれとでもいうかのようである。

「ぼくは、ふたりと友達になりたかったんだけど……」

 そうイリヤが本音をこぼすと、

「わたしは友達でもいい」

 とシャルナが言ってくれた。

「と、友達……!?」

 半ベソかきながらカンナが聞きかえしてきた。

「うん……」

 イリヤはそんなカンナにそう答えた。

「友達だったらいつでもなってあげるわよ、というかもう、友達じゃない……!!」

 カンナのその言葉が果たして本音だったかどうかはいまとなってもわからないことだった。だが、イリヤはそのカンナのひと言がとてもうれしかったことをいまでも鮮明におぼえている。

 それは、復讐者にねらわれる日々のなかでの唯一の希望だった。やっぱりぼくはふたりといっしょにいたいんだな。だからこそぼくはミラージュを食い止めなくちゃいけない。イリヤは、心の底からそう強く思った。

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