同居生活
夢を見た。空から落ちる夢を。そして母がいなくなる夢を。
「魔法の原理はそんな感じよ、わかった?」
目をさますと、彼女がいた。彼女は、ダイニングキッチンでノートパソコンをいじっていた。名前は早乙女カンナというらしい。いまは私服だが、おなじ青葉学園の生徒らしかった。
歳もおなじで、身長もだいたいおなじ。まあイリヤのほうが若干、おおきいかもしれない。猫のような清楚系の顔立ちで、ストレートの赤い髪もしっかりと整えられている。高校一年生だからか、その胸のふくらみはまだ成長段階だろう。スレンダーな身体だが、胸はちいさい。
それで、そんなカンナが魔法についていろいろと教えてくれたわけである。魔法は人のイメージ力で出来ているということ、魔力はその個人の才能で上下されるということ。
「わかったけど」
「けど?」
「たたかう理由がわからない、っていうか……」
「理由?」
そう、カンナは魔法の説明をしてきたのだが、そのすべてはイリヤがたたかうための説明だったのだ。それがイリヤにはよくわからなかった。
カンナは言った。
「理由は、才能よ」
「ぼくに、才能があるって言いたいの……?」
「そうよ」
「ぼくは、ただのオタクだよ」
イリヤはハハハと笑った。
「オタクでもなんでも、才能があるんだから、あるのよ。そして、たたかう才能は滅多にあらわれない。あたしはエリートだから、あたしを越えることはできないでしょうけど。才能があるやつは、たたかわなくちゃいけないのよ、これは宿命ってやつね」
「まだ、魔力についてもよくわからないっていうのに、いきなりそんなはなしを聞かされても無理があるよ。きみのようには、たたかえないと思う……」
「けれど、まあ、否定から入らない部分は評価してあげるわ」カンナはなぜか上から目線でものを言った。「魔力そのものを否定されたら、どーしようもないものね」
「そこは、やっぱり、ぼくも幽霊が見えるから。信じられるんだ、と思う」
「なるほど」
「ただね、魔力が使えるかもしれないというのは、すなおにうれしいよ。でも、たたかうたたかわないというはなし以前のことだけどさ……」
カンナはだまってなにかをかんがえこむ。
それからこう言った。
「ま、とりあえず、あたしはここでお世話になるから、しばらくあたしとふたりで練習ねっ!」
イリヤはなんとも言えない気持ちになった。やはりゲームばかりしている生活のなかで、同級生の女子生徒とひとつ屋根のしたでいっしょに暮らすのは恥ずかしい。
しかし、突然、だれかが同居をはじめるようなはなしとなるのに抵抗はなかった。ナギコはそういう性格の母親なので、イリヤはおどろきはしないのだ。
カンナには感謝していた。
気絶した自分をここまで運んできてくれた。
カンナが自宅へ帰りたくない理由は、聞かなかった。カンナにも、いろいろと事情があるのだろうとイリヤはかんがえた。
学校への登校時間となっても、カンナは自宅まで制服を取りに帰らなかった。
「行ってくるよ」
「ええ」
カンナはテーブルで足を組んでノートパソコンをながめていた。
イリヤが扉を出ようとすると、
「あ、イリヤ」
「なに?」
ドアノブから手を離す。
「あすの土曜日、出かけるわよ。オタク友達と遊ぶ予定、入れたりしないのよ」
「出かける?」
「あたしの生活用品を買いそろえに行くのよ」
「あ、そっか……」
それを手伝う義理はなかったが、まあべつにいっしょに行ってあげない理由もない。
それに、自分はそこまでひどいやつでもない。
付き合ってあげよう。
「わかった」
「いってらっしゃい」
そう見送られ、イリヤはちょっと恥ずかしくなった。
「あ、うん……。行ってくる」
ツイッターやフェイスブックというものは、またたく間に情報を拡散するものだ。いまやインターネットは人類の情報取得の大部分を占めているのではないだろうか。
通学路の並木道を歩いていたときのことだった。
おなじ制服を着た生徒たちがちらちらと振りかえってきているような気がした。ふたりはスマートフォンをながめていた。ネットのなにかを眺めているのかもしれあに。信号が赤となり、イリヤは危機感を憶え、スマートフォンをポケットから取り出した。学校の生徒たちのツイッターがあった。それを開き、イリヤは絶句した。ひどい文章の羅列が目に飛びこんだ。それはすべて自分に対するものだった。
『あいつ、痛子と付き合いはじめたらしいぜ』
『あいつもおなじ妄想野郎だったんだな!!!!』
『おれ、友達、やめるわ……』
その友人のツイートにはリツイートもあった。
『やめたほうがいいぞ、友達うしなうぞ』
イリヤは、なみだをながした。悔しかった。いままで友達だと思っていた生徒たちが、まるで自分を裏切ったような気がした。
それでも、イリヤはその日、学校へ向かった。もしかしたら自分の勘違いかもしれないし、まわりの勘違いかもしれないと思ったからだ。
だけど、すべて勘違いではなかった。
教室へ入ると、全員の生徒たちが自分から視線を逸らしたのがわかった。ああ、ぼくはひとりぼっちになってしまった。そう思った。
絶望的だった。いままでそれなりにたのしかった学校生活は一瞬で、崩壊した。
イリヤはなみだをこらえながらその日、無言で学校を早退した。
「早かったわね」
彼女はダイニングキッチンでまだノートパソコンを眺めていた。
「とうとう、この日がやってきただけだから」
イリヤは彼女にほほえみかえした。
彼女がイリヤに対して罪悪感を憶えたような表情を見せていたからだ。
それはあまり嬉しくなかった。
彼女には笑っていてほしかった。
あまり知らない人だけど。
自分とおなじ魔法使いだからこそ、笑っていてほしい。
「あたしのせいにしないわけ……?」
「しないよ、するわけないじゃないか。だって、ぼくがうそをついていたんだから」
「なーんで、みんな、霊が見えるってだけで、遠ざかろうとするのかしらねえ。ネットではみんな、霊能力がほしいって言ってるのに」
たしかにネットのではそういったはなしが見られた。霊能力者にさえなれれば、きっと自分でも魔法使いになれる、と思っている人たちがたくさんいたのだ。
だから、もしかすると青葉学園内でもそういった意見が出てくるかもしれない。でも、学校というのは閉鎖的な空間なのだ。大勢の意見のほうが、勝ることのほうがおおいのだ。大勢が霊能力者に反対ならば、全員がその意見に賛成となるのだ。そして、早乙女カンナはいじめられたのだろう。
「ま、あんたがあたしを責めなかったことだけは評価してあげるわ」
「ありがとう?」
なんだか立場が逆転しているような気がしてならない。まるでカンナのほうがイリヤのせいで悲しむところだったというかのようだ。
まあ、いいけど……。
「こうなったら、魔法使いとしてやっていくしかないわねっ」
「う、うれしそうだね……。まあ、でも、だれかのためにたたかえるのなら、それはそれでいいのかもしれないって思うよ。だけど、まだ自信がないんだ」
「いい感じじゃない」
「ぼくは、無知だから。きっとなにもできない……」
「練習あるのみよ。練習して練習して、また練習するの。それしかないわ」
「ぼくにおしえてくれるかな、その魔法について」
イリヤは正直な気持ちで、改めて彼女にそう願い出た。彼女はイリヤの目を見つめかえしてきて、言った。
「いいわよ、おしえてあげても」
その彼女のすこし恥ずかしそうにした表情が、イリヤはいまでも忘れられない。
「これから毎日、料理はあたしが担当するわ」
「え、ほんとに!?」
「いつもあんたが作ってたんでしょ?」
「そうなんだよね。おかあさん、料理できないから……」
「あたし、料理うまいから。毎日、たのしみにしておきなさい」
「やった、すごくうれしいよ!! カンナ、ありがとう!!」
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