その頃シリーズ② 冬彦の尻にひかれっばなしの若桜

ところ変わって、日本、各務家宗家屋敷。


広大な庭の桜は花弁を散らしつくし、葉桜へ移ろおうとしていました。


冬彦は庭が見える縁側まで座布団をひっぱっていき、その上で寝そべり漫画を読んでいました。


「冬彦さま、あまり若葉を苛めてほしくないのですが」


若桜は決定が不服らしく、お茶を出すついでに主に声をかけました。


「うーん、そうかな。俺、一度やってみたかったんだよ、女が男子校へ紛れ込むの」


そう、冬彦の読んでいる漫画は復刻版の「花ざかりのきみ○」。


ちょうど最近ドラマ化したものです。


若桜は主の言葉に軽い頭痛を感じていると、長い廊下から控えめな足音が聞こえてきました。


障子が開き、妹の立夏が入ってきました。


「お兄様、十巻貸してくださいませ」


「あ、そこに置いてあるから勝手に取っていって」


はい、と涼やかな声で返事をし、立夏は本を取ってすぐに出て行きました。


立夏の足音が遠ざかるのを確認してから、冬彦は口を開きました。


「それにちょうどいいでしょ?若葉が永日の本当の気持ちがわかるのも、永日がほんとうの若葉に気づいてあげられるのも」


だから、とすこし声を荒げる若桜。


「だから趣味と関係改善、……それと各務家の事情をいっぺんにしないで下さい」


皺を増やした若桜に対して、冬彦は立ち上がり指先で若桜の額の皺を伸ばしました。


そして、にこりと艶のある微笑みを浮かべて、言ってのけました。


「一石二鳥は、戦略の基本だよ」


もうこれ以上言うのも無駄に思えて、若桜は口を閉ざしました。


四歳のころから仕えている主は病弱ゆえか、とても策略がお上手な方でした。


そんな主に反論を唱えれば、自分がどんな目に合うかよく知っていましたし、また惚れた弱みをずいぶんと持ち合わせていましたから。


とてもお賢い若桜は口を閉じてしまいましたとさ。

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