第2話 男来たりて
少女は、花開くように空間を作った操縦席へと滑り込んだ。正面の装甲装置が閉まった。
首を、胸元を、腕を、足を、赤色のカバーが覆い尽くす。カバーの表面が輝き、波打つ。頭部を覆うカバーから伝播する波が全身へと伝わっていき、さらには操縦席内部で反響していた。操縦席内部が光の波に飲まれ、透き通っていく。大通りを占拠するオア・レリック五機がこちらに砲を向けている場面が正面に見えた。
オア・レリック『ヘキサグラム』の鋭角な頭部で六つの赤い眼球が目を開いた。足元から無数の魔法陣が開き、空間に式を並べ立てる。右肩にマウントされていた大盾がヘキサグラムの手に握られた。
「撃て! 撃ちまくれ!」
五機のオア・レリックの光粒子式のリボルバーカノンが一斉に火を噴いた。白磁の輝き、緑の光、光芒が一斉にヘキサグラムの盾を舐め上げる。爆発。黒煙に灰色の機体が沈んでいた。
五機の攻撃が止まる。リボルバーカノンを掲げたまま動かないもの。弾を装填するべく、シリンダーをスライドさせるものもいた。
現代の戦闘といえば銃や砲である。間違っても盾などという時代錯誤なものを持ち出すことはありえないのだ。そして、光粒子砲は盾で防げるような代物でもないはずだった。
黒煙のさなかに赤い眼光が輝いた。体をすっぽり覆う面積を誇る盾の隅から鋭利な頭部が覗いていた。
「……充填完了。所詮下っ端に過ぎないのだろうけど――――」
ヘキサグラムが握る盾の側面から、膨大な熱量を宿した蒸気が噴出した。盾が変形する。二つにひび割れると、中央持ち手を柄とした長大な剣へと姿を変えていた。灰色の機体が波打つようにして色彩を変えていく。艶やかな赤色の巨人が降り立った。
ヘキサグラムが握る剣の柄の青い鉱石から閃光が切っ先へと垂直にそそり立った。古ぼけた灰色の剣身が、目にも鮮やかな黄金と銀色と青で装飾された宝物へと変貌していた。
「寄って、斬る」
剣が一振りの閃光の柱と化した。
刹那、ヘキサグラムが突進した。空中に展開した緑色の円環を数本突き破り、正眼に構えた剣を倒し、地面に火花を生む。
一陣の風となったヘキサグラムへ、人型のオア・レリック―――もっとも広く普及しているグラナイト型が射撃を実行。ただし全弾撃ちつくしているのが三機いたためか、二機だけが発砲できた。
そして蹄鉄の傭兵団の下っ端は、埒外の自体を目撃する。光粒子砲の弾道をあろうことか剣身で後方へと受け流し、踊るように身を進めるヘキサグラムがいたからだ。
「一つ!」
一機。下段から袈裟懸けに振り抜かれた斬撃が胴体を引き裂いていた。強固であるはずのオア・レリックが、冗談か何かのように二つに分断されていた。後退しようとする二機目が、リボルバーカノンを
ヘキサグラムが身を屈め、リボルバーカノンを銃身ごと機体を切り捨てた。
残り三機。
「ヤロウ! 俺らが前に出る。装填しろ!」
「いくぞこんちくしょうが!」
二機が威勢よく前に出る。腰のマチェットを抜くと切りかかってきた。動きは早い。しかし、連携どころかただ突っ込むだけの攻撃を少女が見逃すわけは無かった。
ヘキサグラムが大地に鋭い脚部を突き立てるや、マチェットを引き寄せていた柄で弾き返す。二機目のマチェットを肩からぶつかることでくじくと、装填が完了して反撃に出ようとしていた三機目のオア・レリックとの盾とした。
発砲。光粒子砲が二機目をあろうことか射抜いてしまう。味方を射殺してしまった三機目の動きが止まった。
「最後」
少女が淡々と告げた。倒れ掛かろうとしていた一機を切り捨てると、動揺を隠せない三機目に切りかかった。剣を大上段に構える。咄嗟にマチェットを抜き反撃に出た男は、剣があらぬ方角に跳ね上がらせるようにすることに成功していた。
「死ねぇっ!」
がら空きになった胸元目掛けマチェットが迫り、
「どうかな?」
空中で弾かれる。ヘキサグラムの袖口から伸びる隠し剣がマチェットの軌道を捻じ曲げていたのだ。ヘキサグラムが剣を宙で取り落とす。マチェットを受けた右手ではない、左手からも剣が伸張し、グラナイトの胸元にねじ込まれる。
静寂。胸元すなわち操縦席を潰されたグラナイトが、ふらりと倒れた。酒場で、物陰で、人々が見守る中で、ヘキサグラムの赤色装甲が色合いを急速に失っていく。まるで紅葉していた葉が寿命を向かえ枯れていくように。灰色に染まり、空中に弾け飛んだ。頭部が飛び、手足が抜け、元通りの形態に組みあがっていく。宝石に手足が生えているような若干間の抜けた形状へと。
空中に飛び出したのは何も機体各所のパーツだけではなかった。操り手である少女も同様だった。家数件分の高さから飛び出したかと思えば、着地した。遅れて不気味な輝きを宿した剣が少女のすぐ前に突き刺さった。
人々が唖然とする中で、少女は剣を引き抜いた。いつの間にやら背中に装着していた鞘に収める。
「この騒ぎはなんだ?」
空に向かって光粒子散弾砲が撃ち放たれる。轟音に皆の視線がそれた。逆間接型の機体がやってきていた。いずれも星のマークを肩に描いていた。すなわち彼らは本土から派遣されてきた保安官達であった。
逆間接型が一斉に少女に散弾銃を向ける。少女は大人しく手を挙げた。
「もう一度聞くがお前さん出身は?」
少女は身ぐるみ剥がされ尋問を受けていた。傭兵団は好き勝手にやっていたとはいえ、一応保安官にお縄になるようなことはしていない。ところが少女は全員を片っ端始末してしまったのだ。目撃者の証言から正当防衛に近い形とはいえ、やったことにはかわりない。
椅子に座り手錠首輪両足の縄と抜かりの無い拘束を受けている。歳にして十代後半くらいだろうか。燃えるような赤い髪の毛を肩の辺りで切り揃え、サファイアの如き青い瞳を瞬かせている。快活そうな外見はしかし、研ぎ澄まされた眼光が帳消しにしてしまっていた。何より目を付くのは頭部左右上部から突き出た羊の角のような鉱石と、額から生える宝石であろう。
「言う必要があるのか?」
逆に少女が聞き返す。先ほどからこの調子である。口調が男のそれであることも苛立ちを誘う。
尋問を担当していた男は、拳銃を携えしかし好奇心を隠せない目つきで少女を見つめている守衛の男をちらり一瞥すると、自身が腰掛ける机の上に乗った書類を突いて見せた。
「規則で聞くことになってるんだがね。このご時勢だ。縛り首にされないだけマシと思うべきだ。出身は言わない。殺しに関しちゃ言うことはないがね。だが挑発しておいて殺したってのは甘く見ても本国送りは免れんぞ」
「………」
本国送り。愛想がよいの正反対の態度を取っていた少女の口がへの字に曲がる。あの男を殺す。そのために新大陸に渡ってきたのに元の国に戻されては、目的を達成できない。悪いことに愛用の散弾銃と剣が没収されている。暴れように暴れられなかった。
男がちらりと書類に目をやる。名前。写真。不明という項目ばかり並んでいる。
「エツね。ファミリーネームは?」
「忘れた」
「嘘をつくな。こちとら数十年アホ共の調書を取ってきたんだ。嘘付いてる奴の文句で辞書が作れるほどだ」
エツ。それが少女の名前らしい。
部屋の扉が叩かれた。守衛の男が扉を薄く開くと、別の男が言付けの紙切れを渡した。尋問していた男が紙を受け取ると、頭を掻き胡散臭そうな目でエツを見遣る。
「お前さんの知り合いとやらが保釈金を払うそうだ。そいつで帳消し。無かったことにってな」
「ああ、頼んでいたからな」
しれっとした顔で受け答えて見せる。さも当然といわんばかりに自分の手錠を男に掲げて、早く拘束を取れといわんばかりだった。
「嘘だな。まあいい。とにかく二度とこの村にくるなよ小娘」
エツはこくりと素直に頷いた。きっと用事があれば戻ってくるつもりなのだろうことは明らかだったが、もはやとめることは出来なかった。
「ふぅ。どうでもいいことで足止めを食らったな」
エツは首輪が食い込んでいた部位を手で擦っていた。充血している。手首も皮膚が擦れてしまっていた。手加減というものを知らないのだろうかと肩を梳かしつつ、警察署を出た。没収されていた装備品を鞄から取り出す。猟銃を改良したものらしき銃を腰にぶら下げて、古風なエンブレムの掘られた大剣もといオア・レリックの起動キーを背負う。四つ足型になっているヘキサグラムに改めて鞍を付けていると、背後から声をかけられた。
「エツさんですね。始めまして」
「始めまして。保釈金の件は礼を言うが、生憎払えるような金銭の持ち合わせは無い」
エツは堂々と胸を張って言ってのける。内容はつまるところ素寒貧であり、払えるような金が無いということだ。
振り返ってみると、スーツに白い山高帽子を被った恐ろしいまで長身痩躯が立ち尽くしていた。歳にしては平均的な身長のエツと白帽子を比べると、頭数個分は違う。まるで黒い影法師が帽子を被ってしゃれているようだ。何より異様なのは黒い仮面で頭をすっぽり覆い隠していることだろう。感情の伺えない、鼻も頬もなだらかな黒一色が人物の雰囲気を狂気染みたものに変えていた。
男は口元に手をあてがって肩を揺らした。笑っているらしいことはわかった。
「戦いは見物させていただきました。保釈金も払わせていただきました」
「ありがとう。恩を売ったつもりならば売れてないんだけど」
恩をあだで返しかねないものいいだった。
というのに仮面の男は笑い声と平常の声の合わさった奇妙な発音を続けていた。
「憎いのでしょう。あの男アルフレッドが」
少女の眉が傾いだ。荷物を載せていた手が止まる。両手をだらりと垂らした自然体。しかし、両肩を怒らせ、眉間に皺を刻んでいた。
「なぜ知っている」
「さあ。知りたくば同志になりませんか。手数は多いほうがいい」
「答えろ!」
少女が剣を抜いた。背中に固定されているというのに、ナイフでも抜くような自然さと素早さで。丁度男の膝を斬り飛ばす横薙ぎだった。
かわさなければ、男の足は綺麗さっぱりなくなっていたことだろう。男が申し合わせたかのように半身飛び下がって攻撃をかわしていた。男が腰の拳銃を抜き
「おっと」
「………!」
男が両手を挙げていた。男の首元には剣の先端が突きつけられており、薄皮を傷つけていた。
「まあまあ」
男が言った。
「皆さんに見られてしまいます。どうです。私達の船へいらっしゃっては」
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