輝く未曾有のヘキサグラム

月下ゆずりは

第1話 イエローカーム

 果てしなく続く荒地。生えているものといえば草や、サボテンと呼ばれる乾燥地帯によく見られる棘を持つ植物くらいなものであった。

 遠くでは、蒸気を吹き上げつつ、大地表面を削りながら装甲する陸上蒸気船が走っている。作業員を満載しているのだろうか。それとも、物資を運んでいるのか。

 新大陸と呼ばれた大陸の発見から時間が経過していた。ゴールドクリスタルと呼ばれる新物質の発見は、素晴らしい未来を夢見ていた男達を歓喜させた。高温を恒久的に発するその性質は、広く一般的に使われている蒸気機関にはうってつけだったのだ。

 西部開拓時代とも後に言われるようになるその波乱の時代。

 穏やかな黄土イエローカームと呼ばれる開拓村へ足を踏み入れるものがいた。

 上から下まですっぽりと砂避け外套を纏った人物が歩いていた。もとい、乗っていた。馬車数台分占有しても余るであろう巨大な四本足の首の無い亀というべきものの上に、腰掛けていた。


 「……暑さと寒さと渇きと………」


 人物がぼやく。新大陸にやってきて以降いいことなど何も無かった。人体を瞬時に死に至らしめるような砂の嵐を乗り越えてやってきたのだが――情報を得ようとしてもいい顔をされず。そもそもまともに話さえ取り合ってくれない始末。

 目的。それは、とある男を殺すことだ。

 だから新大陸と呼ばれるこの荒地に入る際には一言労働の為だと伝えてやってきている。殺しの為であると殺しをする人間が言えるはずが無いのだ。

 使える道具は体と、武器と、相棒たる四本足の亀のような物体。馬車数台を遥かに超える容積を占有するそれは、人物の荷物をくくりつける為の縄と、なにやらバイオリンケースのような箱を背負っていた。人物は丁度甲羅のような物体の頂点に腰掛けていたのだ。

 キシキシと関節をきしませつつ、それは進む。灰色の淀んだ岩とも金属とも付かぬ素材でできており、言うならば六角形の宝石に足を四本生やしたようなものであった。

 人物はフードの奥でため息を吐いていた。


 「済まないな。メタルの補給もままならない。整備もしてやれない。とにかく、イエローカームという村を目指すんだ」


 物体がキシキシと音を上げる。返事をしているというよりも、歩くたびに軋んでいるのであった。

 前方に村が見えてきた。ほっと、人物は胸を撫で下ろしていた。新大陸と呼ばれる場所は磁気が狂いまくっていることでも知られる。コンパスが正しく作動しているか気がかりだったのだ。

 村といっても、人物が跨る物体と同じようなものが歩き回る広大な土地が広がっていた。煉瓦を組んだ家。木造の家。その他、ブロック状の物体を積み上げた粗末な家。店舗もあれば、ガレージもある。大通りを挟んで、街が広がっている。蒸気動力の陸上船が街の傍らに停泊していた。装甲化された船体の横からは無数の砲が突き出していた。

 人物の到来も、村は気にしていないようだった。似たような四本足が歩いているかと思えば、バッタのような物体が歩いている。人型に等しいものもあった。その傍らを人が平然とした顔をして歩いている。乗り込み口すなわち操縦席の覆いをあけて乗っているものが大半であった。


 「宿を探す前に酒場に行くべきと思う。どう?」


 物体は物言わず、ただ酒場がある建物の横合いで止まると肢体を折って人物が地面に降りられるようにしていた。

 ふんふんと人物は満足そうに吐息を漏らすと、荷物を取った。ケースについている紐を肩に通すと、そのままずかずかと入っていく。腰にぶら下げた散弾銃はもはや普通だったろうが、バイオリンケースよろしく巨大な荷物を担いで入店するような客は稀なのか、カウンターでグラスを拭いていたマスターが目を見開いた。

 酒場は、労働者に開拓者に夢を求めてやってきた男共やらでごった返していた。丸型の机を挟んで、古びた椅子が放射線状に並んでいる。男達。あるいは女達は、各々の場所で酒を飲み、カードゲームに興じて時間を潰していた。

 その中でも人物は一際小柄であった。頭一つどころか、頭二つ分は低い。フードで顔を隠しているだけあり、不気味さはこの上なかった。

 人物は迷うことなくカウンター席に向かい、腰を降ろした。


 「なんにします」


 マスターが驚きを引っ込めて注文を伺う。彼はプロだった。たとえ相手が悪魔でも、金さえ払うならば接客するのだ。


 「………」


 人物がうーんと唸ったのも数秒間だけ。マスターの背後の酒瓶の一つを指差す。

 飲みたいわけではなくて、情報が欲しいのだ。情報だけ寄越せと言ってもマスターは何も言わないだろうから、注文をするのだ。場所代を払っているようなものだ。

 ショットグラスに酒が注がれ、人物の前に置かれる。手でグラスを包むも、飲もうとはしなかった。

 蒸留酒。さぞおいしいのだろう。木の成分を煮詰めて炎天下に置いたような舌を焦がす味がするに違いなかった。飲めば理性が消し飛ぶ程度には酒が飲めないのだ、口をつけるわけがない。


 「マスター。情報が欲しい。この絵柄に見覚えは?」


 人物が懐から紙切れを取り出すと、カウンター机の上に置いた。馬の蹄鉄と銃が交差しているデザインであった。へたくそな手書きのイラストではあったが、蹄鉄と銃が読み取れるのだ、情報として十分な条件を満たしていた。

 マスターは紙切れを手に取ると、なにやらぶつぶつと呟き始めた。


 「蹄鉄の傭兵団のマークですぜこいつは」

 「それは知っている。この新大陸に来ているという話を聞いた。連中と話したい」

 「そんなら解決しますや」


 背後から声がかけられた。人物はフードのかかったままの相貌で振り返った。

 腰に拳銃――光粒子を射出する――をぶら下げた男三人組が立っていた。皮製のジャケットにブーツ。テンガロンハットを提げてはいる。典型的な開拓者の装いではあったが、いずれも背中にマチェットのような武器を背負っていた。それが、いわゆる“鍵”であることを、人物はすぐさま見抜いていた。

 鍵。すなわち、何かを起動し、制御する為の鍵である。

 男三人組が人物の左右と背後に付く。腰の銃がホルスターと擦れかちゃりと音をあげた。

 人物は、一向に酒には手をつけないまま、正面を向きなおした。


 「俺らがそうだからな。で、仕事か何かかね。相場を見て相談すんだな」

 「仕事……あるとも。お前らをみんな始末する」


 堂々と言ってのける人物に酒場の数人が振り返った。マスターもグラスを拭く手を止めていた。

 三名のまとう雰囲気が剣呑なるものに変貌していた。自分達を始末する。すなわち殺すと面と向かって言われたのだ。愉快な気分になるはずが無い。ましてここは新大陸。治安で言えば、ものを盗むや嫌な銃をぶっ放すようなものがうようよいるような場所である。

 リーダー格の男が人物のフードを引き剥がし、首を掴む。


 「へえ。可愛い顔してるじゃねぇか。おまけにオア族とは」


 フードの下に隠された相貌が露になっていた。燃えるような赤い髪の毛。見るものを引きつけるサファイアのような青い瞳。美人というよりも、可愛らしい幼い顔立ちが男のことを睨みつけていた。頭にはダイアモンドのような光沢を放つ石が角の形状となって突き出ており、額にも鉱石が皮膚との境目曖昧な状態で浮き出ていた。首元も、人の皮膚でありながら、鱗のように石が顔を覗かせている。

 ―――オア族。その昔、宇宙から落ちてきたとも言われる一族―――……その末裔とも言われる種族である。鉱石と、人の中間的な性質を持つ彼らは、その体から貴重な鉱石を生成する都合上、奴隷のような扱いを受けてきた。現在も彼らは決して強い立場にあるとは言えない。まさに金の成る木を容易く手放せるものがいるはずが無いのだ。

 一説にオア族は人類以前に発生した種族が原型であるとも言われている。先住民であるとも言える。

 そのオア族がよりによって新大陸にいる。新大陸は人間、エルフ、その他種族が住み着くどころか探索するだけで命を落しかねない過酷な土地である。オア族がいるということは理由があるのだろう。

 理由が“始末する”と正々堂々と言ってのけるとは男達も夢にも思わなかったのだろう、ぽかんと口を開いていたが、リーダー格の男が少女の首を掴んで持ち上げようとする。


 「ぐッ」


 表情が変わった。鳩尾目掛け少女の膝がめり込んでいた。


 「ヤロウ!」


 リーダー格の男が――銃を抜く。同時に少女が腕を振り払うと、襟首を掴んで突き飛ばしていた。

 倒れこんだリーダー格の男を支えるべく、一人が腕を伸ばす。一人が銃を抜く。光粒子銃は極めて命中精度の悪い武器ではあるが――目と鼻の先で撃てば、百発百中となる。

 少女が射線から仰け反ることで発砲をかわさなければ。


 「ふん」


 少女が嘲る。次弾を装填しようとハンマーに指をかける男の前で、リーダー格を小柄らしからぬ怪力で投げ飛ばしカウンターの向こう側に放った。酒瓶がへしゃげ、中身をぶちまける。

 リーダー格の男を支えていた男が銃を抜き、そして少女が腹にぴたりと四連装散弾銃を突きつけていることに気が付いた。

 銃声。エメラルドグリーン色の粒子が男の腹を撃ち貫く。余剰エネルギーが男の血肉の蒸気と共に背後の床を焦がしていた。どうと倒れこむ男を乗り越えて、少女が駆け出した。


 「やるねぇ!」

 「いいぞ捕まえて売り払っちまえ!」


 酒場の反応は様々だ。口笛を吹くもの。マスターは苦い顔をしてカウンター下からショットガンを取り出しポンプを操作していたが。慣れっこなのだろう。

 少女は振り返らず背後に散弾銃の残り二発分を叩き込んだ。当たるはずがない。あさっての方角に粒子がそれる。


 「あの糞アマ! ネイサンを殺りやがった!!」


 男二人組どころの騒ぎではなかった。街中から男共が大挙として現われ始めたからだ。少なく見積もっても手二つが必要になる人数が建物から、あるいは、少女が村にやってくる足として使っていた物体と同じものに乗って。ただし少女のように上に乗っているわけではなくて、胸元の装甲板を開き、乗り込んでいた。

 数にして人型の物体が総勢五機少女を取り囲んでいた。


 「逃げ切れると思っているのか? その鈍亀でよお」


 男達が嘲笑した。操縦席の収まる胸部装甲を開き、ニヤケ顔を隠そうとしていなかった。

 男達が乗る物体こそが、オア族が残した大いなる遺産。オア・レリックと呼ばれる鉱石兵器であった。人型もあれば、昆虫を模した形状のものもある。いずれにせよ、光粒子砲やその他大口径兵器を易々と取り扱えるそれらに取り囲まれているのだ、まさに絶体絶命と言えた。

 一般的に人型は戦闘力が高いと言われている。少女の機体は亀とも虫ともつかぬ四脚型で、武器さえ積んでいなかった。


 「愚かな」


 少女が言うと、背中のケースを地面に落し、隅を蹴り飛ばした。ケースが跳ねると包帯に包まれた一振りを空中に差し出す。少女の傷だらけの手がそれを掴み、空中を一閃する。包帯がはじけると、鉄色に煌く装飾の少ない大剣が姿を見せた。包帯が燃えた。剣が空中に白い残像を描き出す。


 「――――……トランス!」


 少女が切っ先を天に掲げ、顔の前で剣を構えた。柄の部分に埋まった青い鉱石が輝く。



 大気中のマナが震撼する。剣の表面がひび割れるや、内部に仕込まれた構造物を露出した。青とも緑とも付かぬ輝きが爆発した。通りを染め上げんばかりの輝きだった。男達は目を開けていられなかった。少女だけが、目を見開いていた。


 「我が身を守るもの―――ヘキサグラム!」


 カチリ。小さい作動音と共に剣が二つに割れるや、弾け飛んだ。





 「なんだ……!? こいつは……!」

 「どこから呼びやがった!?」

 「コイツ……」

 「変形なんざ聞いたことも無いぞ!」





 光が晴れる。灰色の装甲を纏った巨人が、外套を纏った少女を掌に乗せて佇んでいた。

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