ドーナッツ
「うおおおおっ!?」
瓶の爆発は、私の想像以上だった。
立ち上る黒煙に煽られながら、どうにか着地する――私とて暗殺者、音もなく着地できたと思う。
跡形もなく地面を抉った爆発を見ながら、私は猛然とバグに食って掛かる。
「な、なんだよあれは!!」
「ニトロ」
「に、何? 薬品か?」
「爆薬だよ、前にお前さんに渡したダイナマイトの、中身ってやつかな。ちょっとした衝撃とか、近くに雷が落ちるだけで大爆発だぜ!! ギャハハ!!」
それは爆薬というより、構造が不安定な失敗作なのではないか。
まあ、威力は認めるけれど。
「クロナ様!!」
跡形も無くなったゴーレムの向こうから、幼い相棒が駆け寄ってくる。気を張っているのか、その表情はやや硬い。
悪くない、と私は内心で頷いた。
見ればラデリンも無事なようである。期待していた護衛は完璧にこなしたようだし、その上で油断もしていないというのなら、なかなかどうして合格ラインだ。
労いか、或いは称賛の言葉でも掛けてやろうか。私は笑みを浮かべながら、ディアの到着を待った。
流石は【
「クロナ様、ドーナッツとはどのような物ですか!!」
「………は?」
「ドーナッツです、ドーナッツ! は、もしやご存じありませんか?!」
勿論知っている――もしかして私の知らない何かを彼女がそう呼んでいるのかもしれないが、まあ、多分【あの】ドーナッツだろう。
答えなかったのは、単に頭の中が真っ白になっただけだ。
そうかあ、褒めようと思ったんだけどなあ。
「では、教えて下さい!」
「………何でだ、え、もしかしてご褒美の話? 5個? 5個ほしいのこの卑しん坊! お腹空くのなら今度はお弁当を持ってきなさい!」
「オベントー? 何やらそこはかとなく美味しそうな言葉です、それは後でいただきますが、今はとにかくドーナッツなのです!」
この子はもしかして馬鹿なのか。本に帰してしまう方が良いのではないか。
そんなことを思いつつ、私がそう言わなかったのは、ディアの眼だ。
私を見詰めるその
切羽詰まっている――今すぐにドーナッツのことを聞かないと、大変なことになるとでも言いたげに。
内心の困惑をひとまず置いといて、私は身振りも交えて説明してやる。
「揚げものだよ。作り方は私も詳しくはないけど、こう、パンの生地を油で揚げたようなやつだ」
「ギャハハ!! 外れだけど、ま、今はいいか。ディア、お前さんが聞きてえのは、形のことだろう?」
「形? あの、輪っかみたいな?」
「輪っか!?」
ディアは悔しそうに唇を噛むと、身を翻した。今にも駆け出しそうなその後ろ姿に、私は慌てて声を掛ける。
「あ、ちょっと! どうしたの?!」
「彼が言っていました! ここは、ドーナッツだと!」
「はあ?」
彼?
………誰?
「リドルさんです!」
「あぁ、あの………それが、どうしたの」
「此処の説明で、リドルさんはドーナッツだと言いました! あの人にとって、此処はドーナッツなのです! 彼にとっての中心は、ただの穴なんです! 彼は………上級区を、穴にする気です!!」
「………はあーあ。全くさぁ、最悪だよなぁ、これ」
肩を落とし、俯いて。
ため息を吐きながら、リドルは呟く。
「これが、俺たちが崇めてたもんかよ、ったくさぁ………」
いや、それは、本当にリドルなのか。
中途半端な長さの金髪が、俯く彼の表情を覆い隠しているが、しかし。
細身の全身から発せられる気配は、かつての彼からは一度も感じたことが無い気配だった。
即ち、殺気。
殺す。死なす。斬って刺して貫いて、叩いて抉って潰して殺す。
ただひたすらに、【殺す】というだけの意思。
口調だけは退廃的に、リドルは唇を歪める。
「マジでさ、最悪だよなぁ。………ねぇ、どう思いますぅ? キルシュ様よぉ?」
「ひっ!!」
リドルが見下ろしているのは、見下しているのは、貴族の青年。
腰を抜かしたのか、転がったまま起き上がろうとしない。
キルシュの周囲には、数人の巡視官が倒れている。意識が無いのか、それとも――。
いずれにしろ。彼らは起き上がらず、それは詰まり、キルシュの助けになる者は1人も居ないということ。
それが解っているのか。
リドルは少し離れたところで、ぶつぶつと何事かを呟いている。
這ったままで、キルシュはどうにか距離をとろうと後退する。
その手が、転がった剣に触れた。
「………」
キルシュの視線が、それをじっと見下ろす。
………見下ろすキルシュの視線を、リドルが見下ろしていた。
じっと、じっと。
「急がなくては………、クロナ様、私は奥へと行ってきます!」
「私【は】? いや、それなら私も」
一緒に、と言おうとした、瞬間だった。
気配が、立ち上がる。
振り返るより、まさかと思うよりも早く、ディアが首を振った。
「クロナ様、ここをお願いします!」
「え、いや、え?」
「あのゴーレムは多分魔力か土がどちらか無くなるまで永遠に再生すると思いますが、宜しくお願いします」
「ちょっとぉぉぉ?!」
ペコリと一礼すると、ディアは放たれた矢のように、凄い勢いで詰所の中へと飛び込んでいく。
「本気か………あの子、私に何か恨みでもあるの?」
「ギャハハ!! 案外強かなやつだぜ! 気に入ったな!!」
ため息を吐きながら、私はゆっくりと振り返った。
再構成されたゴーレムの中心に、恨みがましい顔を見付け、私は肩をすくめる。
こっちは、かなりの恨みがありそうだ。それこそ、永遠に尽きないほどに。
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