大地をまとう

「………成る程な、確かにこれは、中の方が危ないな」


 廊下を駆けながら、ラデリンは苦虫を噛み潰すように呟く。


 ディアも、まったく同感だった。

 通り過ぎるだけで窓が、ドアが不自然に揺れる。ドアノブがガチャガチャと、まるで見えない誰かが握ったように回り、天井付近のカンテラが螺旋を描く。

 どれもこれもが、足を止めたら一斉に飛び掛かってきそうで、気が気じゃあない。


「物が敵か、まったく魔術師って奴は陰険な技ばかりだな!」

「………リドルさんが聞いたら、嫌がるでしょうね」


 先程の衝撃的な発言を、ディアは思い出していた。

【魔女】の血筋。

 ある意味では魔術師以上に稀有で、忌避される血筋である。


「一体、どのような気分なのでしょうか。自分の親に近いような魔術師に、剣を向けるというのは」

「わからんが………あいつの母親は、あいつが小さい頃には既に死んでいたらしい。未練も何もないとは、言っていたがな」


 それが本当かどうか、判断することはディアには出来ない。

 ディアより遥かに長く深く付き合ってきたラデリンですら、苦しげに眉を寄せているくらいだ。昨日出会ったばかりの自分に解ることなど、何一つとしてあるまい。


「ただ………あまり、好ましく思ってはいなさそうだ。【魔女】に会いに行こうともしなかったようだしな」

「そうなのですか」


 クロナ様が、ディアの傷を癒すために【森の貴婦人フォレストミストレス】から薬を手に入れた話はディアとて聞いている。

 詳しく話はしないが、その会合はあまり楽しい思い出では無いらしい。

 ここから近い森に居るとだけは、言っていたが。


「ま、この辺で魔女といえば【森の貴婦人】だ。奴の実家になるのかもしれないが、里帰りの申請は受けてないな」

「今回の件、魔女さんに話を持っていけば早かったのでは?」

「どうだろうな………魔女は魔術師とは違う。魔術師は魔術が使える人間だが、。別の生命体だと思った方がいいぞ」


 ま、俺も会ったことはないがな。

 そう言うと、ラデリンは豪快に笑う。


「【森の貴婦人】は、薬であらゆる傷や病を癒し、死の運命さえねじ曲げるとか。木々や動物を意のままに操り、天候さえ自由自在だと言われてる。下手な話、魔術師より何倍もヤバイ相手だ」

「そこまでですか………」

「代わりに、己のフィールドからはほとんど出ない。外では力の百分の一も使えないらしい。だから、王国としても森から出ないなら放置しようと決めたんだ」

「………」


 ディアはふと、嫌な予感を感じた。

 胸の奥底に何か、蠢くような気配。

 森の中に居る限り、魔女は害されない。

 


 


「外に出るぞ、警戒しろ!」


 叫び声と共に、ラデリンが扉を蹴り破る。

 ディアも続き、加速した視界の中に敵対者が居ないかを探る――


 巡視隊詰所、その正門前。

 花や野菜、薬草が植えられた庭の中央に、青く輝く魔力の塊が舞い降りてきた。


「ねくろまんさー………?」

「死霊術師の、魂か?! 野郎、自分の死さえ武器にしやがったのか!!」


 ラデリンの驚愕の声に応じるように、幽霊は両手を振り上げる。

 やはり何か、物を操るつもりらしい。だとすれば、外に出て正解だったわけだ。

 ディアはホッと安堵の息を漏らした。


 ………この時点で、ディアは警戒しつつも同時に油断していた。

 次に魔術師が何をするか考えていて――それは詰まり、


 もしもクロナだったなら。

 


 結果として言えば。

 魔術師の先手は、


 振り上げた魔術師の手に合わせて。

 






「………嘘だろ?」

「それなら良かったのですが」

「まったく、ついてないぜ………!」


 確かに、言われてみれば。

 地面に魂は無い。


 土が盛り上がり、魔術師の霊体を包むようにまとまっていく。

 2回り以上大きな巨体となった魔術師に、ラデリンは肩をすくめる。


「やれやれ。肉体派になったなあ、死霊術師!!」

「まっするまっする」

「………なんだそれ」

「効果音です。それより、来ますよ!」

「本当に『それより』だよ!!」


 土の巨像ゴーレムが、拳を振り下ろす。

 ラデリンを引きずってかわしつつ、ディアは舌打ちする。


 大きさとしては、正直かつて戦った【アリス】より遥かに小さい。だが――早い。

 それに、重い。

 土が集まっているためだろう、大きさは小さくとも重さとしてはこちらの方が重そうだ。


 だとすれば、威力としてはこちらの方が上ということ。


「手加減、無用ですね。………行きます、【薔薇染めの赤光マーレン・ローズ】!!」


 全力で振り抜いたマーレンの軌道に沿って、赤い斬撃が翔ぶ。

 地を這う三日月が一直線にゴーレムにぶつかり、そのまま切り裂いた。


 正しく一刀両断。

 中心で半分に別たれたゴーレムは、断末魔すらなく地面に倒れ、崩れ去った。

 後に残ったのは、魔術師の霊体。


「流石に幽霊は斬れませんね………」

「………ということは」


 幽霊は両手を振り上げ。

 ゴーレムが再び顕現する。


「まあっするう」

「お前本当にやる気あるのか?!」

「ありますが、しかし相性が悪いですね」


 霊体を吹き飛ばす能力はディアにはないし、代わりに回数制限がある。

 どうやら一定ダメージでゴーレムは脱がせられるみたいだが、そこで中身を殴れなきゃ意味がない。


「とりあえず、再生すれば魔力は使うでしょうから。無くなるまで破壊し続けるしかないのでは?」

「丁寧に言ってるけど大概力押しだな………」

「しかし、まずいですね。このまっするさんかっこかりに構っていては、になりそうですが………」


 しかしこれを放置すると、今度はラデリンが死ぬ。

 外でこそ土塊で済んでいるが、剣や鎧の集まる詰所内に侵入されたら、ゴーレムの素材は鋼にランクアップである。それは少しまずい。


 手が足りない。せめて、ゴーレムを引き受けてくれる誰かが居てくれれば良いのだが。


 ………かつて、【訪れた少女アリス】に相対した時、ディアはクロナの早めの援護を祈ったことがある。

不思議の国ワンダーランド】の神様はそれを叶えなかったが。

 では、叶った。


「ディア!!」


 聞き慣れた声が響く。

 家々の天井を蹴りながら、空を飛ぶような速さで救いの手が現れる。


「クロナ様………!」


 ディアの無事を見てとったのか、クロナ様はにこりと天使のように微笑み、


 バグから、小瓶を取り出した。


 ガラス製の瓶は透明で中身が見えて。

 ドロリとしたエメラルドグリーンの液体が入っていて。

 クロナ様がそれを振りかぶった瞬間に、本能が警鐘を鳴らした。


 ラデリンを抱えて、全力で後ろへ飛ぶ。

 小瓶はあっさりとクロナ様の手を離れて、ゴーレムにぶつかり、


 全て吹き飛ばす大爆発が、ゴーレムを中心に炸裂した。

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