踊れ剣の舞い

 殺到する剣の群れに、ディアは即座に反応する――【王権クローネ】、戦闘体制ウォー・レジーム

 身体能力だけでなく、知覚速度と思考速度を12倍に加速させる。


 全身に魔力を発揮、鮮やかな赤に染まったマントと共に、愛剣マーレンを引き抜いた。


 引き伸ばされた視界。

 光の到達速度が遅れ、微かに暗くなったそこに映る剣嵐。その数、16。


 ディアは鼻を鳴らす。この程度、【薔薇染める赤光マーレン・ローズ】を放つまでもない。

 とはいえ、マーレンは打ち合う為の武器ではない。ディアが全力で振るったら、下手をすれば折れるだろう。

 勿論、その対策もあるが。


 ゆっくりと迫る切っ先に、マーレンを向ける。その刀身を、


 ディアは、マーレンに吸い込ませた液体に魔力を込める事が出来る。

 それを、放たず剣にまとわせる。

 鞘に包んだような状態だが、その分頑丈になっている――筈だ。


 何しろ、やったことはないのだ。

 うん。物は試しっていいますし。

 昔の人の有り難い言葉だ。信じても大丈夫。


「はあ………っ!!」


 マーレンを振るい、殺到する剣を叩き落とす。常人の12倍の速度で動くことが出来るディアにとっては、この程度、余興にもならない。

 たちまちの内に全て落として、ディアはさっと視線を剣に走らせる。


「ふう。無事ですね」

「え、あ、おぉ?」


 反応しきれていないラデリンの前で、ディアは剣の様子を確認して安堵の息を吐いた。


 ぶっつけ本番にしては、上手くいった。

 まあ、スペードの奴と打ち合ったら折れるだろうけれど。

 そこまでの剣士に出会うことは、恐らく無い――この世界は、良くも悪くも平和だ。猛るジャバウォックに怯えることは無いのだろう。

 恐怖が人を鍛える。間近に迫る死が、剣を鎧を堅固に変えていく。でなければ、死ぬだけなのだから。


 死の恐怖それが無いこの世界では、鋭さが必須ではないのだ。


 鈍刀相手なら、これで充分渡り合えるだろう。


「………【赤の剣幕クリムゾン・アティテュード】と名付けましょう」

「大丈夫って、そっちのことかよ………まあ、助かった」

「先輩!! 大丈夫ですか?!」


 駆け寄ってきたリドルに手を振り応えながら、ラデリンは呆れたような声を出した。

 それから、落ちた剣に手を伸ばす。


「触れちゃあ駄目です、先輩! 多分それ、魔術的な何かされてますよ」


 慌てて手を引っ込めたラデリンに、ディアも頷く。


「簡単に叩き落とせましたからね。最初は透明人間でも居るのかと思いましたが、握っている様子はありませんでした」

「魔力とやらで、操ったのか?」

「恐らくは………あ、リドルさん?」


 ラデリンと会話している内に、駆け寄ってきたリドルが膝をつき、剣を手に取っていた。

 魔術師の武器ならば、不用意に触るべきではない。

 眉を寄せるディアに、リドルが柔らかい笑みを浮かべながら首を振った。


「大丈夫だよ。

「え?」


 その言葉通り、リドルは手慣れた様子で剣を調べていく。

 刀身を日にかざし、柄を眺め、二三度素振りをして一つ頷く。


「これは………死霊魔術ネクロマンシーですね」

「ねくろまんしー?」

「未練を遺した霊魂に働き掛けて、手勢にする術だよ。魔力で擬似的な肉体を与えたり、死体に乗り移らせたりするんだ」


 要するに、魂の無いものに彷徨う霊を入れて操るのだと、リドルは説明する。

 それが剣であれ、或いは死体であれ、空っぽならば何でも良いのだ。


「基本的には魔力で造るのが一般的だけどね。こうして武器を操るのも良くある手さ」

「なら、敵はやはり魔術師か」


 ラデリンの、吐き捨てるような調子に、ディアは首を傾げる。単なる襲撃者に対する怒りとは、深さの違う思いに聞こえたからだ。

 物問いたげなディアの視線に気が付いたのか、ラデリンは気まずそうに顔を背けた。


「………俺達は、基本的に魔術師とは敵対してるんだ。あいつらと俺達とは、秩序の意味するところがまるで違うからな」

「自分勝手な連中ですからね、あいつら」


 リドルさえ、苛々とした様子で剣を投げ捨てたほどだ。

 壁に当り、甲高い音を立てて転がる剣の行方を追いながら、ディアは感想を控えることに決めた。


 ディアとしては、実のところ、魔術師にそこまでの偏見はない。

 故郷には魔術師は居なかったし、この世界に来てから出会った魔術師はただ1人だけ。ベルフェという名の彼は、嫌みではあったが嫌悪するほどではなかった。

 自分のことしか考えないというのなら、今は亡き女王様に勝る者は居ないだろうし。それに魔術師は、女王と違って権力を持ち合わせてはいない。


 まあ、世界が変われば考え方も変わるだろう。クロナ様の下に居れば、これからも多くの魔術師に出会うだろうし、色々見てからスタンスを決めれば良いだろう。

 自分のスタンスを持たない者に、他人の考えは否定できない。


「その死霊魔術とやらは、何か物が無ければ効果は無さそうだな?」

「そうですね、多分ですけど。でも、この中は武器とか鎧とかありまくりですよ、先輩」


 ネクロマンシーは、とにかく魂が無いものに魂を込めることから始まる。

 剣であれ死体であれ、物が無ければ魂だけでは大したことは出来ないのだ。


 しかし、ここは巡視隊の詰所。

 危険な道具には事欠かない。


「剣の数だけ、敵が居るようなものでしょうか。厄介ですね、全部へし折りましょうか」

「止めて、備品なんだから! それに、そんなことしても数が増えるだけだよ」

「ふん、詰まり、敵に囲まれたようなものか………


 ラデリンが、ニヤリと笑う。

 その、何か悪巧みをする悪党みたいな顔に、リドルは嫌そうな顔をした。


「どうする気ですか、先輩?」

「決まってるだろ、迎撃だ。敵は俺を狙ってくるんだろ? だが、外なら操る武器は中より少ないからな」


 それに、とラデリンは、訓練室を睨み回す。


「ここにまで罠があるんだ、敵は余計なものを仕込んでる可能性が高い。リドル、お前、中見回って解除しとけ」

「えー、マジですか。ちょっとしくじると多分死ぬんですけど」

「しくじるな」

「ですよねー」


 苦笑して肩を落としながら、しかし真剣には拒否しないリドルに、ディアは眉を寄せる。

 得意とか言っていたし、先の分析も的確なようだが、しかしあまりにも危険な気もするが。


 そう言うと、リドルはにこりと微笑んだ。


「まあ、多分大丈夫。僕の得意技だしね」

「得意技?」

「専門って言っても良いかな。何せ僕の母親は、


 え、と目を見開くディア。

 魔術師とさえ敵対する、巡視隊。

 その一員が、まさか、魔術の極致たる【魔女】の血筋?


「魔術師殺しの魔女の孫。長いけれど、それが僕の立ち位置スタンスなのさ」


 何かを諦めたように笑うリドル。

 軽く目を伏せるラデリン。

 何も言えないディア。


 3人を包むように、詰所に12時の鐘が聞こえてきた。

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