怨霊逃走

 私は穴に飛び込み、一蹴りで地下室へと躍り込む。

 呆然と立ち尽くす、ローブ姿の男を視認。その距離、およそ5歩。


 私の脚なら、2歩だ。


 1歩目、室内の様子をざっと視界に収める。

 本棚やら机やらが置かれた部屋は、中々趣味の良い書斎のようだ――岩肌が露出していなければ。

 浮かんでいるのは、光精霊ウィルオウィスプか。熱気も何もなく、地下室を淡く照らし出す。


 2歩目。

 魔術師は未だに動かない――目を見開いて、私を見詰めたままだ。

 バグの口から短刀を2本引き抜いて、私は両手に構える。


 魔術師相手に何よりも大事なのは、先手。

 早く、速く、風よりも音よりも光よりも速く、相手の命を刈り取るのだ。


 相手に一言許せば火が燃える。

 二言許せば壁が立ち塞がり、そこまで言ったら花が咲く――私の身体に、紅い紅い血の花が。


 相手に契機トリガーを与えるな。

 攻めの機会チャンスも、防御さえさせるな。


 私はけして、戦士ではない。


 名乗りをあげて、互いの技をぶつけ合う。

 そんな娯楽スポーツ的な勝負なんて必要がない。声どころか、目を合わせることもなく、闇に葬る。それが私のだ。


 悪いがこのまま、死んでもらう――!

 今まで培ったもの、備えた装備、鍛えた魔技。!!


 すれ違い様に、短刀が閃いて。

 死霊術師の首を斬り飛ばした。





「ふう………」

「きひひ、楽勝だったな!!」


 軽々と言い放つバグを、睨み付ける。

 そうじゃあない、

 結界内での魔術師との戦いにおいては、楽勝か敗北しか無い。初手で私が殺すか、しくじって殺されるかしか無いのだ。


 結界というのは、【区切り】だ。


 世界と己の領域とを分ける壁。その最たる目的は防御でも隠匿でもない――

 王国の中で、暴王は自由闊達じゆうかったつ振る舞うだろう。それが許されることこそ、結界の最も厄介な点なのである。

 極端な話、結界の中でその主人と戦うのなら、元の実力の5倍はみておく必要があるのだ――それも、楽観的に見積もって。


 冗談ではない。


「とにかく、片は付いた。あとは、うーん、ここは始末した方が良いのかな?」


 見渡す地下室には、火に炙られ泡立つフラスコや書きかけの魔術紙スクロール、護符などが散らかっている。

 下手に動かして暴発してもコトだが、ラデリンに呪いでも掛けられていたら放置はよろしくない。


「まとめて吹っ飛ばすしかねぇな! 配置崩すだけで罠札発動! なんてことも有り得るしな!!」

「………? まあ、いいや。とにかく、爆弾をくれ」


 吐き出されたのは、筒上の………なんだろうこれ。

 相変わらず素材は解らないが、私の【千剣万刃】は速やかに使い方を知らせてくる。

 液体の爆薬を染み込ませ、安全かつ水中でも使えるようにしたのか………そこまでして何を爆破したいのか、私は開発者の意図を問い質したい気持ちでいっぱいだった。


 適度な長さに導火線を伸ばす。これに火を点ければ、あとは放っておいても片付く。


「まあ、1分もあれば充分だね。爆発を見届けたら、ディアと合流しよう」

「あー、相棒。もう長さって決めちまったか? いや、大した問題じゃあ無いんだけどよ?」

「何? もう火も点けたけど?」


 何やら妙な物言いをする相棒を不審に思いながら、私は首を傾げる。

 バグは何やら、疲れたような苦笑をこぼした。なんだろう、珍しい態度だ。


 問い質すよりも速く、私もに気が付いた。


 


「俺も、それなりに場数踏んだつもりだったけどな。ギャハハ、死霊術師ネクロマンサー、成る程こいつは笑えねえな!」


 私はあらゆる契機トリガーを想定していた――だからこそ一撃で首を獲り、魔術師に何もさせなかったのだが。

 


 倒れ伏した魔術師の身体から青い魔力が立ち上ぼり、渦を巻く。

 人の形に固まったそれに、先程私が斬り飛ばしたのと同じ顔が浮かび上がった。


「恨めしそうな顔してるな、ギャハハ!」


 バグの言葉は、やや控え目な表現と言えた。

 落ち窪んだ眼窩、爛々と輝く瞳。何事か言いたげに半開きになった口からは、魔力の煙が漏れ出している。

 表情としては憎悪と怨恨の塊なのだが、そこに付随すべき感情がまるでない。無機質な睥睨から感じるのは、人でないものが人の姿をしているという嫌悪感だけだ。


 魔術師の死霊は私を少し見詰めて、やがてふわりと浮き上がった。


 抵抗もなく天井に消えた彼を見送り、私は眉を寄せる。


文句クレームでも言われるかと思ったよ」

「それどころじゃあ無いんだろ? 奴にはやりかけのがあって、それに、ここはもうすぐ吹っ飛ぶしな?」


 言われて振り向くと、導火線は既に半分ほどが燃えていた。

 舌打ちをし、駆け出す。


「ラデリンのとこに行ったんだろうなぁ。ギャハハ、急ごうぜ!!」

「お前は走らないだろ!」


 私はラヴィとして、脚には自信がある。だが、空を飛ぶやつより速いとは言いがたい。

 全力で飛び出した私を囃し立てるように、12時の鐘が鳴り響いた。

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