死霊術士の家
痕跡を辿り、行き着いたのは町の外れ。
【傭兵通り】からそれなりに歩いた先の、どこにでもあるような民家だった。
年月を経た証に染められた壁の漆喰を見ながら、私の顔には、控えめに言っても苦々しい表情が浮かんでいた。
「浮かない顔だな、相棒? 予定通り目標発見だろ?」
「浮き立つ気分ではないよ、バグ。何せ予定通りだが、予想外だ。こんなに遠くとはね」
既に日はだいぶ高い。手元の懐中時計によれば、11時半。ほとんど昼だ。
2時間以上歩いた事になる。
痕跡を探しながらとはいえ、魔術師の
「これだけ遠くから、痕跡を消しつつ出歩くような相手とはね。慎重どころじゃあないよ、臆病レベルだ」
そして、と私はため息を吐く。
臆病者ほど長生きする――長く生きた魔術師がどれだけ人間離れしていくか、想像するだに恐ろしい。
「結界は………
「まだましだな、相棒! 侵入に面倒は無いってことだろう?」
周囲に、魔術師の家だと気付かれたくないのだろう。気付かれ、騒がれると、ベルフェ等の粛清対象になりかねないのだ。
俗世に余計な
レンズ越しに見た民家の周りには、魔力が煙のように立ち込めている。
外からの視線を逸らし、余計な侵入者を惑わせる仕掛けだろう。煙が外に出ていかないところを見るに、遮音や衝撃封印など、逃亡防止の機能も含んでいるようだ。
それは詰まり、逃げ出したら不味いモノもいるということ。
「
「多分前者だろ、 モルモット防ぐにしちゃ、結界が脆そうだ」
「確かにね、あれは物理的にはそれほどでもない結界みたいだし。とすると………入るのは楽そうだ」
あくまでも、入るのはだが。
基本的に魔術師の結界は、【出さない】という点に主軸が置かれる。外からの影響をカットするのではなく、内側からの影響をカットするためのものなのだ。
要するに、神秘の漏洩をこそ彼らは恐れるのである。
自分が一生を賭けて研究してきたその成果を、欠片でさえ漏らしたくない。
入りたければ入るがいい、だが、けして帰しはしない――魔術師の考え方は詰まりそういうことだ。
「そこに踏み込んで、しかも帰らなきゃいけないわけだ」
「ギャハハ、お疲れさん!!」
垣根から家に入るまでには、当たり前だが庭がある。
長さにして、5メートルちょっと。草花を堪能するには短い距離だが、魔術師の出迎えを受けるには長過ぎる距離だ。
ドアをノックするまでに、甘く見積もっても3回は死ぬ。
「さて、どうするよ? 相棒」
「何か、案がありそうな口振りだね?」
「ギャハハ、まあな。とはいえ、俺のやり方はいつだって同じだけどな!!」
ほらよ、と吐き出されたそれを、私は怪訝な顔で受け取る。
瞬間、私の異能が発動する――あらゆる武器の使い方が脳裏に流れ込む。
流れ込んだ使い方に、私は頬をひきつらせた。なるほど、確かに解決手段ではある。いささか強引ではあるが、魔術師相手ならちょうど良いか。
少なくとも、ご近所さんから文句を言われる事はなさそうだ――物音は、結界が全て封じてくれるだろう。
「………」
魔術師は、結界の側に何者かが居ることには勿論気付いていた。
跡を消した筈だが、その痕跡そのものを尾けられたのか。だとすると、相手もまさか魔術師か?
未だ結界の外に留まっているようだが、何をしているのか。
偶然、という可能性も無いではないが………しかし、そこは警戒して損はあるまい。
何者か知らないが、外敵に違いないだろう。
大人しく引き返せば良し、強引に押し入るのなら、それ相応の抵抗も覚悟してもらおう。
………魔術師は、確かに警戒していた。ここまでやって来るような敵だ、強引な手段も採るだろうと恐れてさえいた。
惜しむらくは、一点。
想定していた強引さのレベルが、低すぎたことだ。
コツンコツン、と何か小さなものが、結界の中に転がってきた。
何だ?
一先ず使い魔を跳ばして、様子を見させようとした、その時だ。
轟音と衝撃が、結界内で炸裂した。
「流石は結界だね、外にはまるで漏れてないらしいよ」
投げ込んだ手投げ弾が爆発するのを見て、その影響が外に響いていないことを確認して、私は小さく肩をすくめる。
そして、全力で跳ぶ。
ラヴィの脚力は、5メートルくらい1跳びだ。そのまま跳んだらすぐに迎撃されるだろうが、こうして滅茶苦茶にしてしまえばその恐れは無い。
庭にちょうど生えていた木に跳び移り、足元を眺める。
しかしまあ、とんでもない威力だ。
爆風は大きく広がり、庭を大きく薙ぎ払った。家も、半分ほどが崩壊している。
前の【ジュウ】とやらも素材からして解らなかったが、これに至ってはもう何もかも解らない。
魔術師が、爆発する火炎を放つことは良くあるが、これはそれをひたすら手軽にしたものだろうか。
私はバグに視線を向ける。
こいつの中に、これが幾つ入っているのだろうか。
………取り合えず、もう適当に叩くのは止そう。
「おおっと、うじゃうじゃ出てきたぜ?」
相棒の待遇改善を心に誓う私に、バグが軽快に報告する。
眼下では、使い魔が蠢いているようだ。
私は小さく舌打ちする。
「爆発で死んでくれれば良かったけどね」
「ギャハハ、そう上手くはいかねぇなぁ?」
「まあね、けど、かなり手の内は見えたよ」
レンズの向こうで蠢く使い魔。その姿は人の形をしてはいるが、ぼんやりとしていて、不鮮明だ。
煙そのものが人の形に押し込められたような、揺らぐ不定形。
「
未練を残した亡霊に、魔力を使って仮初めの肉体を与える魔術。
そんなものを使うのは、神秘の担い手たる魔術師のなかでもごく一部だけ。
この家の主は、間違いなく
「あいつらは煙みたいなものだからね、本人を探さないと………」
「それなら、探す場所は1つだぜ」
バグが身体を突っ張り、器用に家を指差す――正確には、家の床を。
「死人が眠るのは地下と相場が決まってる。そいつらと仲良くやるなら、地下で暮らすのが一番さ!!」
爆発で抉れた床板の下には、大きな穴が口を開けていた。
私はため息を吐いた。
魔術師の掘った穴なんて、竜の巣に飛び込むようなものだ。どっちも同じ、自殺行為。
けれど、やるしかない。
私は枝を蹴りつけ、一足飛びで穴へと身を踊らせた。
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