魔術師追跡

 翌朝、さして早くもない時間。

 それでも前日飲んでいたにしてはまあ早い時間と言える。


 ディアを送り出して直ぐ、私は町の東にある【傭兵通り】に足を運んでいた。

 昔から多くの傭兵たちが生活していたというその一帯は、戦争が終わって彼らの活躍の場が失われた今でも、武具の製造・販売を中心に賑わっている。


 武器は消耗品というのが彼ら流であり、売られる物の多くは粗悪だが安価だ。

 当然だろう。彼らの舞台は戦場、刃こぼれしたり折れることさえ日常茶飯事。時には投げつけることさえあったという。


 戦争に一振りの名剣なんて要らない。

 脆くとも百本ある方が、有意義だ。


 リドルという若い騎士は、血筋の良い家柄には見えなかった。

 装備を整えるのも、恐らくは【傭兵通り】の安価な武具屋を贔屓にしているはず。

 当然、上司の愚痴を垂れ流せるような飲み屋も、その近所だろう。


 先ずは、店を探す。そこから魔術師のもとへと向かわなくては。


「しかし、見付けられるかな? けっこう飲み屋もおおいみたいじゃねぇか?」

「当てはあるよ」

「そいつは結構、流石はクロナ様だぜ、ギャハハ!!」


 軽薄さが口を聞いたような声に、私はため息を吐いた。まあ、が。

 相棒のバグだ。

 いつも夜は早く寝るやつだから、朝からいつでも最高潮フルスロットルだ。


「魔術師だろ? ベルフェのやつに聞いてみりゃあ良いじゃあねぇか」

「なんて? やあ、悪いがお前のとこの部下がやろうとしてる実験が人道にもとるから止めさせてくれないか、って? 冗談にもならないよ」


 魔術師は、自分の研究やりたいことのためになら、何を犠牲にしても構わないと考えている生き物だ。

 自分の命さえ対価にするような連中に、他人の命を考えろなんて、笑い話にもならない。


「せめて、居場所くらい聞いてみろよ」

「それこそ冗談だよ。前みたいなはみ出し者でもないのに、私にほいほい情報を流すわけないよ」


 あいつは、そういうところはドライというか。損得勘定はしっかりしている印象がある。やることなすこと、シビアな計算が根底にあるのだ。

 私の言葉に、バグが振る。


「そうでもねぇんじゃねぇか? お前さんが甘い言葉でも囁いたら、案外ころっといっちまうかもよ?」

「そんな甘い誘惑ハニートラップに引っ掛かるようなやつなら、私はさっさと巣を変えるよ」

「ギャハハ!! お前さんは、胸はともかく尻はなかなかだからな! いつも俺が言うんだから間違いねぇぜ!!」

「うるさい」


 ため息を吐いて、私はバグを叩いた。

 しかし………私の周囲に、人影はない。


 私の相棒、バグ。

 その正体は、肩掛け鞄の形をした【魔法道具マジックアイテム】だ。ぺちゃくちゃ喋る以外にも、ありとあらゆる武器を吐き出せるという特徴がある。


 私の【異能】、あらゆる武器を使いこなす【千剣万刃ソードマスター】と組み合わせることで、無限の戦闘力を発揮できるのだ。

 便利な相棒だ――もう少し大人しければ最善だったろう。

 それが最高とは、言わないが。


「しかし、んじゃあどうすんだ?」

「………ラデリンたちは、相手が魔術師だなんて思いもしてない様だった。何でだと思う?」

「んー、馬鹿だから」

「………リドルが、『相手はローブを纏っていた』という情報を忘れていたからだよ」


 昨夜の話で、ラデリンはその情報を聞いた途端に、犯人が魔術師だろうと予想していた。本来なら、リドルが本人に伝えた時点で把握しておくべき情報だ。

 それなのに、ラデリンはさも初耳だというように振る舞っていた。


「多分、リドルは忘れいたんだろう」

「あー、【暗示】か」


 魔術師の、割りと基本的な技能だ。

 視線や物腰など、呪文を使わず魔力だけで相手の記憶を弄る技だ。


「多分ね。店の場所とかも、酒に弱いとかじゃなく、忘れさせられてるんだろうね」

「なるほどねぇ。案外慎重なやつじゃねぇか」


 私は頷く。

 まったく、慎重な魔術師なんて、実に最悪な獲物だ。


「んじゃあ、最初の質問に戻るけどよ。どうすんだ? 本人が忘れてるんなら、店員とかも忘れてるんじゃねぇの?」

「そうだろうね。これだけ慎重に動く相手だ、痕跡は消されているだろうね――


 ニヤリと私は笑い、バグからを取り出した。

 魔力の痕跡を辿り、見抜く魔法道具、【採掘者の眼ノームグラス】を。


 足跡を、魔術師はさぞ念入りに消した事だろう――魔力を使って。

 それを辿れば、結局、足跡を辿ることになるのだ。


「………ディアは、大丈夫かな………?」


 捜索の目処が立ったことで、もう一人の相棒が気になる。


 ディアの戦闘服ユニフォームは騎士にも似た服装だ。

 私がのこのこ出向くよりも良いかと思って、ディアには本人の護衛をお願いしたのだ。


 魔術師相手に先手を譲った場合、どれ程直ぐに反応したとしても、一撃喰らうことだけは覚悟しなくてはならない。

 放たれた矢のようなものだ、射手が死んでも、矢は飛び続ける。


 詰まりこの場合、射手魔術師そのものへの対処と同時に、矢自体にも対処しなければならないわけだ。

 私はあくまで、雇われた者。魔術師を始末したとして、依頼人が倒れては元も子もない。


 ディアの性能スペックなら大概の事態は対応できるだろう。問題は、それを発揮できるかどうかだ。


「ま、どうにかなるだろ。あとは、俺たちが二の矢三の矢を放たせなきゃあ良いだけだ」

「そうだね。そのためには、さっさと行こうか」


 レンズ越しの視界には、薄青色の魔力痕が点々と続いている。


 出来るだけ迅速に、魔術師の息を停める。

 問題は………それで奴の放つ矢が停止まるかどうか、定かではないということだ。


 ディアの役目は、思ったよりも重そうだ。私は気を引き締めつつ、幼い相棒の無事を祈った。

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