守護者の護衛

 町の中央、階段や坂を上った先、一番高い所。

 周囲をぐるりと囲む高い石塀を見上げながら、ディアはほうと息を吐いた。


「………ここが、王国巡視隊の詰所ですか」

「あまりキョロキョロしないでね」


 大人ぶったようなリドルに、鼻を鳴らす。


 こう見えてディアは、城には慣れている。

 何しろ世界1つを支配していた独裁者の居城に勤めていたのだ。言ってはなんだが、この程度の規模に気後れも感動もしない。


「僕が色々案内するから、ついてきてね。変なところ行って迷ったりしないように」


 馬鹿にするなと思ったが、ディアは敢えて口をつぐむ。

 リドルの機嫌を損ねるべきではないだろう。何しろ彼はだ。そして、ディアは主から、





「………私1人で、ラデリンさんを護衛するのですか?」

「そうだよ」


 クロナ様が淡々と頷き、ディアは目を丸くした。


「おいおい」


 ラデリンさんも、流石に声を上げる。リドルは………驚きすぎて二の句が継げないようだ。ダメな子。

 ラデリンさんの、先程までの我関せずといった態度とは打って変わった驚きっぷりに、クロナ様の唇が三日月へ変わる。


「何か問題でも?」

「大有りだ、こんな小娘に………」


 いささかムッとはしたが、ここはとディアは黙った。

 実力だけが評価される世界ではないと、ディアとて理解している。それにそもそも、見かけ評価されないような事だって有り得るのだ。


 加えて言えば、ラデリンたちは依頼をする側だ。買い物で、質が良いかどうかを気にするのは当たり前である。

 売り手の営業トークに惑わされるようではやってられない。自分の目や手で出来映えを見たいということだろう。

 その目利きが確かかどうかは、さておいて。本人の満足が大事というわけだろう。


 クロナ様はニヤニヤと笑っている。

 前から思っていたが、この主、人の調子ペースを乱すのが堪らなく好きらしい。

 あの魔術師に対してもそうだが、落ち着いた人間を焦らせるのがお好みなようである。


 ………それは1つには、ままならない相棒2人に対するストレスをぶつけている、というのもあるのだが、ディアはそこまで考えなかった。ただ、主の趣味としては許容範囲内のささやかなものだ、と思っただけである。


 クロナ様は、ラデリンさんをすっかり玩具にしている。


「こいつは私の仲間で、技術テクニックはともかく、膂力なんかは私よりも遥かに上だ。もしかしたら、お前よりもな?」

「なんだと?」

「ディア」


 はい、とディアは素直に頷く。

 この話の流れで呼ばれるのは、あまり歓迎できる展開ではなさそうだ。


 案の定、クロナ様は楽しげに、ラデリンさんを指差した。


「ちょっと、この堅物に実力を見せてやって。任務をこなすに相応しい実力者だっていうことを教えてあげるの」

「………」


 やっぱり、とディアは思った。

 ラデリンさんは顔を赤くして、怒りのこもった双眸を向けてきている。

 ディアはため息を吐いた。そして。


 


「………うん、その辺にしておこうか」

「え? 投げたりしなくて大丈夫ですか? 投げ上げて【染剣マーレン】で確殺ですけど」

「殺さなくて良いから………」


 そうですか、と席に戻る。

 ラデリンたちはともかく、何故クロナ様まで若干引いているのだろうか。何やら理不尽なものを感じつつ、ディアはポテトを摘まむ。


「まあ、これでわかってもらえたろ? そもそも、そっちの詰所に私が出向いたら、たぶん面倒な事になるしな」


 クロナ様の言葉に、ラデリンさんもリドルも、大人しく首を縦に振った。

 うまく行ったらしい。ディアは能天気に、ニコニコと微笑んだ。






 詰所の門の前に、ディアたち2人以外の姿は無い――ラデリンは一足早く中に向かい、地区隊長ローカルロードに事の次第を説明している。

 もちろん、細部は伏せてもらった。

 単にラデリン宛の脅迫があり、巡視官を使う程の事態とも思えないので、ディアを雇うことにしたということにしてある。


 まあ、とディアは寛容に頷く。

 騎士というのは誇り高い生き物だ。暗殺者に限らず他所の手を借りたがらない。

 理解もあるし、それに何より、その程度の事でディアのは損なわれなかった。


 任された。クロナ様から、依頼人の安全を、自分一人に。


 いっそ踊り出したい気分だった――主よりの信任を、これほど早くにもらえるとは。


 ディアはかつて、クロナに命を救われた過去がある。その恩義に報いるという目的を思えば、重責は寧ろ望むところである。


 今、クロナ様の評判というものは、全てディアに任されている。ディアの責任で、クロナ様がなんと呼ばれるかが決まるのだ。

 主を、人を見る目の無い愚か者と呼ばせるわけにはいかない。自分の活躍で、流石はクロナの部下だと言わしめてみせよう。


 さしあたっては、依頼人の意に沿うように振る舞わなくてはならない。

 ディアは意気揚々と、リドルに続いて詰所の門をくぐる。


 ………主は暗殺者であり、他人の評判になっても困るだけだとは、ディアの頭には全く思い浮かばなかった。

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