第5話 厚化粧の男

 青白く光る画面を見ると数字は九を示している。

 生き残りをかけた殺し合いが始まって三日程経つ時だった。

 俺達は洞窟を拠点に、時にはおびきよせ、時には打って出て既に十数余を落とした。


 しかし、人数が少なくなってきた分、敵と遭遇する可能性も低くなっているだろう。先ほど、一応敵をおびき寄せるエサとして一人だけ追いかけた後に逃がしてやったが、エミが少しやりすぎたせいで生きていけてるかもわからない。


「あ! イタチ君ストップ!」

「敵か?」


 まったく気配を感じなかったが。


「違うよ。ほら足元、お花さん踏みそうだったよ」

「……」

「ほらどいたどいた」


 エミは言いつつ俺を強い力で引っ張り倒すと、花に向かって語り掛ける。


「ごめんねー、せっかく綺麗に咲いてるのに無神経だよねぇ」

「俺の身体に神経は通っている」

「その神経じゃないよー」


 エミは花に向かって再度「ごめんねー」と言いつつ、徒歩を再開する。無意味かつ無意味な行動だと心底思う。こういう人間を一般的にはなんと言うのだったか。


 

 

 その夜。

 傍ではそのエミが寝息を立てている。だが寝ていてもこいつはずっとほほ笑んだままだ。まぁ、目が閉じてる分安眠してるともとれる表情にはなっているが。

 エミから視線を逸らし、月明り照らす洞窟の外へ目を向ける。


「……」


 気配。しかも複数では無くたった一人だ。そしてまっすぐこちらに向かってきている。エサがうまく機能したのか、いやしかし既に十名以上葬った俺達相手に無謀にも挑戦してくる者がいるとは。馬鹿か、あるいは相当腕に自信があるかだ。まぁどちらにせよ一人ならばわざわざエミを起こす必要も無いだろう。


 不如帰を引き抜き、洞窟の外に出ると、木々の間の暗闇からぬっとがたいの良い女の恰好をした男が現れた。


「んふふ……」

「お前は」


 確か船の中にいたあの男。


「あら、私の事覚えてくれてたのねぇ?」

「貴様のような奇怪な人間はあまり見ないからな」

「それ褒め言葉ぁ?」

「褒めても無ければ貶してもいない。他人に興味は無いからな」

「あら……。でもあたしは嫌いじゃないわよ、そういう人」

「俺の知った事ではない」


 会話は無駄と判断。地を蹴り上げ、不如帰を引き絞ると、敵との距離は一瞬で縮まる。

 俺はすかさず男の首元めがけての、斬撃。だが肉を引き裂いた感触は皆無。見れば不如帰の刃は確かに男の首元を捉えていたが、刃は皮膚の表面で止まっていた。

 ニヤリと口を歪める厚化粧の男。


 俺は体幹を犠牲に後方へ跳ねつつ、懐の拳銃を取り出し銃口を炸裂させる。

 しかし男の身体に風穴は出来なかった。から薬きょうだけが空しく跳ねる。


「貴様、ホルダーか」

「んふふ、そうよぉ」

「やはりな」


 組み伏せた時にあの腕の硬さは気になっていた。

ホルダー、身体になんらかの人工的処置を施した人間。別称ではサイボーグとも言われる。


「あたしの身体にはナノ双晶型立方晶窒化ホウ素の硬度を越えた超合金が使われているわ。その刀も合金みたいだけど、とても及ぶものじゃ無いわよぉ……んふふ。」


 ナノ双晶型立方晶窒化ホウ素、地球最高硬度を持つ物質を越える合金が存在するとは。いや、だからこそ超合金という事か。


「今度は私から行かせてもらうわぁ」


 男が言い放つと、重々しい図体がこちらに向かって疾駆してくる。

 当然常人よりは足は速いが、体幹を整えるくらいの時間はあった。

 迫りくるのは厳かな、拳。矢の如く襲い来る一撃を不如帰で流すと、火花が散った。


 すかさず流され軽く前呑めった男の背中に、一太刀。しかし聞こえるのは不快な金属音のみ。当然だが背中は完全防備が施されているようだ。


 ならばと男の第二撃を誘うと、予想に反し素早い回し蹴りが俺の脇腹を、強襲。咄嗟に不如帰を挟み込み威力を緩和するが、十数メートル身体が飛ばされてしまった。


 好機とばかりに男は間合いを詰めてくる。

 側面からは腕が肉迫。俺は不如帰でそれを受ける。手には痺れ。

鳩尾に拳が迫る。すかさず後方へ、飛躍。回避。


 いずれも凄まじい威力だった。まともに食らえばただではすまない。ホルダーとだけあって筋力も桁外れらしい。防御だけではなく破壊力も持ち合わせているのは少々厄介だ。


「非情の鎌鼬も斬る事ができれなければただの鼬。最強と謳われても存外たいしたことないわねぇ?」

「誰が斬れないと言った?」

「あら、から元気ぃ? やだかぁ~わぁ~い~いぃ~」


 男が身体をくねらせた刹那、俺の頭上を影が抜ける。

 不快な金属音が聞こえると、厚化粧の男の背後には、人影。


「うわほんとに硬いよ……」


 その影の主は二本の小太刀を月明かりに照らしながら、呆れたような口調と共に笑みを湛えている。


「んふふ、パートナーのご登場、かしらぁ……」

「あー! あの時の美人なおネェさんだ!」

「やだ嬉しい。覚えてくれてたのねん」


 エミだった。

 どうやら戦闘に気付いて起きたらしい。


「もう、イタチ君ひどいよー、一人で楽しい事するなんて」

「お前を起こすまでも無いと思ったからな」

「でも、必要だったんじゃない?」


 エミは小首をかしげ、ウィンクしてくる。


「……まぁ、そうだな」


 認めたくはないが俺一人でこの男と戦うには分が悪い。強さ云々よりも相性がまず悪い。

 だが、エミがいれば別だ。


「頼んだぞエミ」

「おっけー! 頼まれたのだ!」


 顔に満面の笑顔を浮かべると、エミは飛翔し、男の脳天めがけて足を落とす。

 男は即座にそれを腕で受けると、両者の激しい打ち合いが始まった。あの硬い身体をよく顔色一つ変えずに殴打できるものだ。


 だが感心よりも先に、俺も俺で仕事しなければならない。

 不如帰を構え、刃に天上を仰がせた。


 散会する意識を不如帰一点へと集約し、体幹のぶれを全て治める。

 剣の息を感じ、自らの呼吸と合わせる。

 俺と不如帰、二つの波長の一致。

 同時、仰ぐ刃を一挙に振り下ろし、虚空を斬り裂く。


「バトンたーっち!」


 乱撃を繰り返すエミが体術の嵐から逃れ、俺の後方へと退避する。

 同時に、前方の鋭い視線が俺を捕捉した。


 砂煙と共に迫りくる男。一挙一動、無駄のない鋭い拳の、刺突。

 しかし威力はあっても砲撃程の速さは無い。

 難なく受け流すと、男の背後に回り込み、不如帰の斬撃を叩き込む。


 視界が赤に染まった。


 激しい衝突音が下で響く。

 厚化粧の男が地面に伏した音だった。その巨体からは際限無く血が流れ、溜まりを形成していく。内臓までは流石に改造してなかったのだろう。


「まさか……こんなことまでしでかすとはねぇ」


 これだけ血を流してもまだ息があるか。

 男は口を開くが、身体は微塵も動いていない。喋るので精一杯らしい。


「特殊量子トンネル効果を意図的に引き起こすなんてどうにかしてるわ」


 俺が先ほど行った事はまさに男の言う通りだった。

 特殊量子トンネル効果、エネルギー障壁を不確定性原理によって透過する現象。それを意図的に引き起こすことで物理的な障害を粒子単位の波長を引き起こし取り去る事ができる。ただし過度な集中時間を要するため一人の場合は現実的では無い技だ。


「流石、非常の鎌鼬ねぇ……でも……」


 男が虫の声で口を開くと、刹那の気配。これは以前にも経験した感覚だ。出所は、エミのすぐ背後。


「エミ!」


 華奢な身体を押しのけると、破裂音が耳を貫く。そして身体に感じるのは凄まじい、熱。

 見れば心臓の辺りから多量の液体が溢れてきた。肉体を制御しきれず、景色が九十度傾く中、厚化粧の男が呟く声が聞こえた気がした。


――この勝負、痛み分けよ。


「やはり、あなたなら僕の存在に気付きましたか……他者のため、自らを犠牲にするとは非情の鎌鼬らしくない失態ですね」

「黙れ! 殺してやるッ!」


 誰が喋っているのかは分からない、ただ、俺の傍の二つの人影同士で交わされたやり取りだという事は分かった。

 景色が暗転する――……―…

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