第3話 プレリュード

 音が聞こえる。水の音だ。砂利を伴っているのか、数珠を振り鳴らしたような音もまた聞こえる。


 これは……波の音だろうか?


 目を開けると曇り空の下、視界の先に広がるのはやはり海のようだった。

 半身を起こし、腰に刀があるのを確認しつつ何があったのか思い出す。

  一週間ほどくらい前だっただろうか、俺の元に差出人不明の【せんじょうパーティーのお知らせ】が届いたのは。別に俺は行く気は無かったがエミが行きたいと聞かないので今日の朝方に指定された客船まで出向きそれに乗り込んだ。


そして通されたのが先ほどの大ホールだった。どうやら裏社会で生きる人間達ばかり集まっているようだったのは入れば一瞬で理解したが、もしかして何かの罠だったのか? 恐らくあそこを白く覆いつくしたのは超高度な催眠ガス。一瞬で効き目が出た事から最先端兵器だろう。となると敵はかなり大きな組織という事になる。


 だとすれば迂闊だった。そもそも主催側の情報がまともに提示されていない時点で気付くべきだった。いや、考慮はしていたがまさか一瞬で眠らされる兵器を持つとは思うまい。我ながらなんとも間抜けな事だ。


 しかし俺達を殺す罠だとしても何故武器は残されているのだろうか? 刀は間違いなく愛刀不如帰、懐を探ればしっかりと銃も入っている。何か意味を持つ、あるいはせめてもの情けとでも言うのか。


『そろそろ全員起きた頃合いでしょうか』


 不意にどこからか先ほどの会場で聞いたのと同じ無機質な高い声が聞こえた。

 膝元を見てみると、そこには青い画面の光る掌程の大きさがある端末が横たわっていた。


『改めまして、この度は私のパーティーへのご参加ありがとうございます』


 どうやらこの端末から声が発せられているらしい。


『そしてようこそ。ここがパーティー会場になります』


 ここがパーティー会場だと?


『今、皆さまがいるのは私の保有している無人島です。近隣の海域には一切船は通らないので心置きなくパーティーを楽しんでいただけることでしょう』


 船が通らない、つまり隔離された場所という事か。だがこの声の言うパーティーとはなんだ? 料理があるわけでも無ければ見世物をする舞台も見当たらない、本当にただの無人島のようだ。


『それでは早速パーティー内容ですが、難しい事はありません。あなた方には殺し合いをしていただきます』


 殺し合いだと? 

 唐突に放たれた言葉に疑問が生じるが、無機質な声は淡々と話し続ける。


『お手元の画面を見てください』


 言われた通り見てみると、青い画面が一瞬歪み、四十九という算用数字が浮かび上がってきた。


『この数字はこの島にいる人の数字です。皆さまが殺し合いを行うにあたって、あと生き残った人間がどれほどいるかを示します。皆様がこの島から出るには、この数値を二より下の数にしなくてはなりません』


 なるほど、要するに殺し合って勝ち残らない事にはこの島から出られないという訳か。


『ちなみにこのパーティーには期限があります。十日。それを過ぎるとあなた


 方に埋め込まれたマイクロチップから発せられた特殊な電磁波によって死ぬ事になるので、それまでに必ず二人以内にしておいてください。まぁもっとも、殺しを生業としている方が大半の皆様にはそこまでの期間はいらないとは思いますがね。ちなみに最後の一日になった場合、各皆様方の位置がこの端末に表示されるので、ご安心ください』


 期限を設けた理由はだいたい分かる。要するに結託してこの島で過ごそうとしたり、脱出しようとしたりするのを阻止する目的なのだろう。にしてもどこにマイクロチップが埋められたのか。


『それでは健闘を祈ります』


 それだけ言い残すと、それ以上端末は喋らなくなった。 

 一体なんのためにこんな事をするのかは分からないが、期限がある以上言う通りにしない事には始まらない。エミなら一人でもなんとかなるだろうが、どうにか合流しておきたいものだ。敵が一人ならどうとでもなる、しかし同業者が二名も相手となると分が悪くなる可能性もある。


 鞘から愛刀不如帰を引き抜き、体幹を整える。天上へと刃先を仰がせ、神経を研ぎ澄ます。分散していた意識を一点集中。極限まで紡ぎ合わせ、不如帰を一挙に振り下ろす。


 不意に風が騒いだ。


 浜辺に隣接する森から、人の気配。

 幹を踏み折る音と共にゆっくり近づいてくるのは、船内でエビチリに文句を言っていた中年男だった。


「観念してもらおかぁ? わしはこんなとこで死ぬわけにはいかんのじゃ」

「……」


 武器は45口径AF2020か。一度に放たれる弾は二発。生命静止力は世界最高峰。一発でも命中すれば致命傷になる。

 ニヤリと口を歪める中年男は俺と十メートル程の距離で止まる。


「それじゃあ、死んでもらうでぇ?」


 引き金をひく中年男の指が見えた。銃口が、火を噴く。

 同時、二発の金の鉛が空気を貫き、俺めがけて迫りくる。


 幅およそ左右に数ミリ、到達までコンマ秒。


 だがそれはあまりにも遅かった。砲弾は俺の目前まで迫りくる時には不如帰の刃により、両断されていた。


 刹那、複数の火弾が俺を貫かんと迫り、から薬きょうが幾つも跳ねる。

 しかしいずれの鉛も両断、さらに、両断。不如帰は特殊合金により鍛えられた日本刀だ。銃の弾丸を斬る事は造作も無い事。


 やがて、中年男の拳銃の音は乾いた音を発する。弾切れらしい。

 俺はすかさず踏み込み、疾駆。がら空きの懐めがけて不如帰を天へ駆け巡らせた。

 最後のから薬きょうが地面へ転げ落ちる。


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