第2話 船内にて

 煌びやかなミラーボールがピンクライトの空間に映える。

中華料理で彩られたターンテーブルは一つだけではなく幾つも配置され、それを取り囲む人間たちは楽し気に談笑する者や、一人黙々と食事を口に運ぶ者、多種多様だ。


「ちっ、エビチリかい……エビアレルギーやってのによぉ」


 目の前に立つサングラスをかけた中年くらいの男はどこかの組の人間だろうか、あるいは同業者か? まぁいずれにせよ俺の知った事では無い。


「あたしはエビチリ好きよぉ? 若い男のツ・ギ・ニ・ネ♡」

「なんじゃいわれぇ。気色悪い」

「いやぁん、ひどおい。ねぇそこの好青年君もそう思わなぁい?」


 女の格好をした男は図太い声を出すと、厚く化粧の施された厳つい顔をこちらに向けてくる。俺に話しかけているのか?

応答しようか思考していると、その厚化粧の男が俺に触れようと近づいてきたので、反射的にその手を引き、組み伏せる。やけに硬い腕だ。


「あらヤダ大胆。流石、非情の鎌鼬と言ったところかしらぁ……?」

 身動きのとれないはずだが、厚化粧の男は口元に笑みを浮かべている。


 非情の鎌鼬、俺が呼ばれている名だ。過去の依頼者にこんな奴はいなかったはずだが、何故俺だと分かった。同業者だとしてもまず共闘経験が無い。


「何故俺の事を知っている?」

「さっき愛想のいい女の子が教えてくれたわよん?」


 愛想のいい女の子……と言えばあいつしかいないだろう。まぁもっとも、あれを愛想と呼んでいいのかは分からないが。


「狙われれば訪れるのは終焉のみと謳われる暗殺屋がまさかあなたような好青年だったとはねぇ? ぞくぞくしちゃう」

「その愛想のいい女の妄言かもしれないぞ」


 言うと、厚化粧の男はより一層その口を歪め笑う。


「んふふ……そんなの、あなたの目を見れば簡単に分かる事よぉん」

「……フン」


 組み伏せていた硬い身体を解放してやると、ふと明るい声が耳に届く。


「あーイタチ君どうしたのー? もしかして楽しい事してたー?」


 目を向けると、そこには満面の笑みを湛える少女、エミが立っていた。

 一見、十三、四の無邪気そうなただの少女だが、こいつの言う楽しい事は決まって血に関するモノだ。もうバディを組んでどれくらい経つ事か。


「帰ってきてたのか。それよりエミ、あまり余計な事を他人に話すな」

「えー、いいじゃん、非情の鎌鼬って言ったらほとんどの人が顔を真っ青にするから面白いんだよー。まぁそこの美人なおネェさんはそうでもなかったけど」

「うふふ、ほんとにいい子ね」


 美人と言われて気を良くしたのか、厚化粧の男は愉快そうに微笑む。

この男のどこが美人だというのか。あるいは俺の美人の認識が誤っているのか?


「なるほど、君があの鎌鼬ですか」

「……」


 突如、背後から声が聞こえたので、反射的に振り返り腰から愛刀不如帰を引き抜いていた。


 しかし振るわれた刃は虚空を斬り裂いただけで、何の感触も無い。

そのさなか、ほんの一瞬、後方に気配を感じたので即座に間合いを開けて前に向き直ると、そこにはきつねのような面構えをした細身の男が立っていた。


「おや、僕の気配を察するとは流石鎌鼬ですね」

「どういうつもりだ?」

「おっとそんな怖い顔しないでください。後ろをとったのはほんの挨拶代わりですよ。ここはパーティー会場なのですから」

「……後ろをとるのが挨拶とは、一般的には悪趣味と呼ばれるんじゃないか」


 殺意は俺に向けられていなかったので、刃を収める。俺としたことが少し油断していたらしい。暗殺屋という立場である以上常に周囲に気を配らねば。


「うわぁ、すごいねーお兄さん! 声を聞くまでどこにいるか分からなかったよ!」


 エミが無邪気にきつね面の周りを跳ねる。はた目から俺を見る事になるエミですら気配が分からないとは。

「気配を消すことが僕の唯一の取柄ですから」

「あらやだ、こっちもいい男じゃない?」

「おや、あなたは」


『この度は私のパーティーへご参加いただきありがとうございます』


 厚化粧の男の言葉にきつね面が返そうとすると、不意に会場内に特殊加工された高い声が響き、辺りに静寂が訪れる。


『それでは早速ですが、これよりパーティー会場へとご案内するのでしばらくそのままでお待ちください』


 ん? パーティー会場に案内する? ここがパーティー会場じゃないのか。

疑問がよぎった刹那。視界の先が一瞬で真っ白に覆われ、ほぼ同時に意識が闇の中へと引き込まれた。

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