第三幕

息切れしながらも、走り続ける。

後ろを振り向くことはしなかった。

振り向いたら、またあの少女が植物を使って殺しにくる――そんな気がしたからだろうか。

「ちょ……!?おろしてください!」

自分が抱えている人物が驚いたような声を上げる。

何も答えず、私はその人物を―――投げる!

「へあ?」

何とも間抜けな声が聞こえた後、彼は地面に手をつき、手にばねがついたかのように跳ねて思った通り美しく、綺麗なフォームで着地した。

「危ないじゃないですか。黒蝶さん……」

溜息交じりに彼――御船――は苦笑していた。

「前まではあれ使った後気絶していたくせに?」

意地悪く言うと、御船は両手を上げて【勘弁してくださいよ】と言った。

「それは言わないでくださいよ。毎回黒蝶こくちょうさんに任務地から担がれて、恥ずかしくなかったわけはないんですからね?」

「黒蝶は御船を即座に回収できるスキルを身に着けた」

「そんなスキル要りません!」

一度会話が途切れると、二人は周りを見渡した。

シメーレは異常なにおいや音でわかる。が、敵が人間となれば話は別だ。

見た目ではわかりにくい。

近くに敵らしきものがいないことを確認し、二人は再び顔を見合わせた。

「朱雀さんたちとは――」

「はぐれた」

「……顔に“敵”って書いてある紙とか貼ってあればわかりやすいのに」

苦笑いしながら御船は呟いた。

「奇遇ね?私はゲームみたいにHP/MP(体力/魔力)ゲージで色分けされているともっとわかりやすいわよ。青が仲間で赤が敵、とか。

特にあとどれくらいで瀕死の状態になるかがわかるからゲームは便利よね」

「名案ですね。でもここは現実ですからHPもMPも残念ながら見えませんよ?」

「いいじゃない。顔に紙貼っている人間がいたら確実に不審者よ。そもそも前見えないし」

「そこツッコミますか!?」

 幸い、私たちは敵に見つかることもなく、かなりスムーズに目的地までたどりついた。

さすが国立だからか、研究所は大学レベルまで広そうな施設だった。

綺麗に清掃された施設を見回し、そこに違和感を覚えた。

(静かすぎる……)

ここまで豪勢な施設だと、研究員はかなりいるものだと思っていたのだが、違ったのだろうか……?

「静か、すぎますね」

御船がぽつりと呟いた。やはり私の感じていたものは確かだったらしい。

ふと、視界の端に何かが映った。

「ここには意外といろいろ集まるみたいね。ま、」

直感で感じる――――

―――殺意。

ためらうことなくホルスターから銃を引き抜き、発砲する。

「敵も来るけどね」

にこりと微笑んで見せた。

なんなのこのデジャヴ感。

そのとき、数メートル先のアスファルトが弾けた。

「……わお」

この登場シーンはデジャヴになかった。

「ああ、ノア。久しぶり」


 ――彼女は突然現れる。

私の記憶はいつもおぼろげで。

なにか大事なことを忘れてはいないか、と思っても

夢のようにおぼろげで、

まるで靄のようなそれを考えていたら

いつも、いつも彼女に殺されていた――


そんな映像が一瞬見えた。


カツリ、とヒールのかかとが音を立てる。

焦げ茶色の髪を後ろで束ね、冷ややかに果てしない空のような青色をした瞳で見据えられた。

なぜか……その目は“私”を見ているようで、“私”ではない人を見ているように思えた。

再び、地面が破裂する。

どこか見覚えのあるその女性は、明らかに殺意をあらわにしていた。

「死んで、ノア」

ぞろりと女性の後ろに引き連れた影たちが、揺れた。

(人じゃ、ない!!)

直感でそう思った。

「行け!セカンド」

彼女の横についた男も叫ぶ。

セカンド―――そう呼ばれた化け物たちは――――

「シメーレです!」

御船が戦闘態勢に入りつつ叫んだ。

最初に見た蒸気も見えない。でも、

「臭う……!」

死臭。そうだ、あの生ごみより割とまろやかな甘ったるいにおい。ぴったり当てはまる言葉と言えば死臭だ。

もう一つの証拠としてあげると、ただ単にハエがたかっているというものだが……

第二化け物セカンド・シメーレどもも理性を持っていないと思うのは見た目からだろうか。

「ブゥース……ブゥース……ブスノクセニチョウシノルナヨー」

ゆらりと私へ最初に攻撃を仕掛けたシメーレは、女の子の形をしていた。

背丈的に女子高校生とかに似ている。血肉を覆う透明な膜は乾いていたがやはり筋肉は見え、第一ファーストと違い髪の毛も生えていた。

「ブゥース……ブゥース……」

言葉も、ある程度話すようだ。

「チョウシニ、ノルンジャネエヨ!!!」

突然叫びだしたと思ったら、私に向かい猛突進してきた。

足に照準を合わせ、小銃の引き金を引く。

しかし、速度が落ちる様子はない。今度は頭を狙い、引き金を引く。

「キァァ……!」

シメーレはいきなり崩れ落ち、ごろごろと地面にのたうちまわりながら頭を抱えている。

「あれ、まさかのヒット……?」

したわけではなかった。

ある意味したのかもしれないが。

シメーレが頭から一度手を放したときに見えたのだ。

――当たったのは、だった。

青い宝石がはめ込まれていたみたいで、シメーレの右目から零れ落ちる粉々に砕けた青い石は涙のようで――――

そうこう思っているうちにシメーレはち、どす黒く変色したのが見えた。

ぼろぼろと灰のように手先と思われるところが崩れた。

(死んだ……の?)

そうと決まれば、私がいまやらねばいけないことがある。

「右目!右目を狙って!」

御船に届くように、あの化け物シメーレどもの声に負けないように、力いっぱい叫ぶ。

私は、この時に気づくべきだったのかもしれない。

なぜ――御船のところに化け物どもは向かわないのだろうか、と。

御船はシメーレを率いていた二人のうち、男のほうを相手にしていたはずだ。

だが、気配と呼ぶべきか。風が後ろで唸ったような音をして、振り向いた。

目前に迫る、御船の足。

一瞬で理解してしまう、私の脳。

御船の強烈な蹴りが私に向けられている。

“体術”スキルを発揮し攻撃を仕掛けた時の彼の手足は地面をやすやすえぐる威力。

まともに当たったら頭蓋骨陥没ずがいこつかんぼつしてもおかしくはない。

風が顔を撃つ。ああ、終わった―――

そう思ったとき、肌を刺すような冷えた空気がほおに当たった。

(―――生きている―――?)

衝撃が頭を殴ることはなかった。

「オマエ、人の話ちゃんと聞いていたのか?バカなのか?」

ため息交じりの声が上から聞こえる。

まさか―――

「へ?雪野……さん?どうしてここに?」

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