第二章 

第一幕

 目覚ましのアラーム音が遠い。

冴えた目がどこに焦点を合わせればいいか迷う。

大量の汗で服が体に張り付き、荒い呼吸を整えようと天井に目を泳がせる。

(生きている……?)

無意識に手を頭へ伸ばした。

大丈夫、穴は開いていないし、不可解な液体の感触もない。

「うそ……寒い」

ベッドから出ると汗が急速に冷えて耐えられなかった。そこで偶然手近にかけてあった上着を適当に羽織った。

窓の外の空は白んでいて、今が朝であることだと分かった。

(……何かおかしい)

今は夏だったはず、汗が冷えたこともあるけどこの寒さはおかしい。

そしてもう一つの違和感の正体。たまたま視界に入った鏡――そこに映っていたのは

――女、だった。

漆黒の太ももまで延びた髪。両側のこめかみあたりの毛だけ白髪だ。髪と同じ漆黒の色をした緩いツリ目に青白い肌。何もかも違和感ありまくりだ。

部屋を見渡すと向かいの壁にはずらりと本棚が立ち並び、ベランダ近くにはグラスに植えられた植物が三十個以上置いてある。さらには……ネズミ?小型のゲージの中に手のひらサイズの巨大ネズミが一匹入っている。

見覚えがある、というか懐かしいと感じるこの部屋は……

(……あっ!あった!)

そして一つ、カレンダーがかかっていることに気づいた。

今は……11月?どういうことだろう?でも、これが本当ならこの寒さにも説明がつく。

私は今28歳なはず、だよね……

なんとなく嫌な予感が働いたとき、後ろから声がした。

『そこの鞄を探ってみんか?』

「え、ああ、ありがとうございます」

私は消えかけの記憶を探りつつ、ベッドの横にかけてある鞄を開けた。

あった……得体の知れない会員証。

カレンダーにあった西暦と照らし合わせるとさすがに驚いた。

2016-1994=22 つまり私は今22歳ということになる。

『童よ!返事をせぇ!』

突然後ろから怒鳴りつけられて思わず勢いよく振り返った。

でも後ろには誰もいない。

……幽霊?今までそんなもの見たことなかったけど……。

『こっちじゃこっちじゃ』

声のする方向には……

『ふむ、やはり聞こえるようじゃのう……』

さっきのネズミがゲージの中から喋っているという光景があった。

「喋る……ネズミ?」

そっとゲージに手を伸ばすと歯をむきながらこっちに飛びついてきた。

驚いてしりもちをついた私をあざ笑うかのようにキキッと鳴き声を上げるネズミ。

『ここではまあ常識じゃぁぞ?昨日までわらわと普通に過ごしていたというのに……』

昨日、というのが私にとっては多分感覚として十数年前になるのではと思った。

不思議とさっきの夢は夢と思えないようなリアルさがあった。

「ということは私を知っているってことだよね?」

ゲージを開き、ネズミをつかみ上げた。多少乱雑であると認識しつつも、確かめないではいられなかった。

ただ、ネズミもネズミなりに黙っていない。

『くく、わらわと遊んでくれるかのう?』

嬉しそうな、何か含んだような物言いに一瞬背筋が凍った。

ネズミは小さいビー玉サイズの丸い輝く玉に変形し、いびつに歪んだあとヒト型へ変形してからどんどん大きくなり最終的には一人の少女が私の目の前に現れた。

「驚いたかの?なあなあ?」

にやにやと三日月型の笑みを浮かべる元、ネズミを私は無意識に凝視していた。

幼さが残るかわいらしい顔つきと巫女のような服装。何より髪型は髪の上半分を八の字に結い上げられ、紫髪に黄金色のかんざしがしゃらしゃらと小気味良い音を奏でている。

「わらわは陵(みささぎ)……そなたがつけた名じゃ」

そのあとはとりあえず記憶のすり合わせ、十数年レベルで記憶が飛んでいたことに気づいた。まあ過ぎたことなのでとりあえずの問題は職場、職場の問題なのだ……。

22歳となれば大学に行っているか就職しているかニートになっているかの別れ際パート2あたりだろう。

ヴヴ……と携帯の着信音が鳴り、驚いてびくりと身を震わせた私を指さし、おなかを抱えて陵が笑うものだから、

「いったあ!!爪!爪!」

軽くデコピンを食らわせてから携帯のディスプレイを確認する。

“雪野さん”……?

陵はおでこを抑えながらひょいと手元を覗き込んできた。

ふくれっ面もかわいらしい顔だし、怒ってもちゃんと説明してくれる。

「氷使いか……こやつとはよく飲みに行く友人と言っておったぞ?」

フルネームを聞いたところでメールを開く。

『今事務所に来い』

簡潔、シンプル、というか事務所ってどこ?

半記憶封印気味の身としてはこのメールはきつい。

いや、私がいまこの状態に陥っていることを知らないわけだから、“昨日の私”だったらこれくらい簡潔でも伝わったのだろう。

「わらわが知っておるのは奈(な)岐流(ぎな)事務所(じむしょ)の名前だけじゃ。どういう仕事をしているかまでは知らんからの」

とりあえずマップ検索をかけ、おおよその位置を割り出す。

(ここからそう遠くないかな、とりあえず急いで行こう)

適当に支度をして靴をはいて、着慣れない服に違和感を覚えつつもドアを開けた。

だが、一瞬のうちに私は目の前に広がった風景に言葉を失うこととなる。

高く、綺麗に清掃されたビルが無数に並び、先が全然見えない。見慣れた風景のようで、初めて見た感覚と混じって気持ちが悪い。

だがそれだけでこの町を荒くれものたちが堂々と歩けるような町ではないということが直感だがそう思った。

陵に案内されながら事務所へ通る道もどこか見たことがある風景の感覚がして、やっぱり二つの記憶が同時に存在していることは確かだった。


 「遅い」

開口一番言われた言葉はそれ。

とりあえず何とかたどり着いた事務所。

「ええっと……雪野……さん?」

雪野さんはピクリと反応し、パソコンの画面から目を離してじろりとこっちをにらむ。

どちらかというとかわいい系男子に分類されると思われる顔立ちと細身の体格と、量の多いふわっとした髪が特徴。

雪野さんと目が合った瞬間、確かに“雪野さん”ではあるが、時間にして一瞬、真っ暗な世界が見えた。

「どうした?」

 あの世界は雪野さんの持つ心ではないかと思えた。

一瞬でこの人に関する印象が一方に傾いた。

怖い、警戒対象である。と。

「おい」

明らかに不機嫌を表に出した声音がやっと脳みそまで届いたころ、私から見て彼はすでに“恐怖の対象”だった。

いや、ずっと前から、時間でいう昨日と感覚でいう数十年まえより以前からそういう風に感じていたのかもしれない。

「すみません……えっと、なんでした?」

笑顔が引きつっているだろうか、まあどうでもいい。正直この場をさっさと退出したい。

雪野さんはもうほぼ全身から不機嫌な空気をかもしだしている。

ほとんどの話を理解できなかったが、一つだけわかった。

それは衝撃の事実。私は今現在“警官”として働いているという。

警官――それはあの治安最悪の場所を管理する私たちにとって安寧を脅かす存在。

ガラパゴス化したあの都市を、悪党が集まり悪党が己の正義で統括するフロアを管理していたものの一人ともなれば国の警官とは邪魔な存在でしかない。

そう思っていたものに私がなっている……?

(まったく性に合わない職業ね……)

心の奥底で舌打ちする。最悪の二乗だ。ああもうさっさとこの場から離れたい!

「とにかく、何か思うことがあったらまず連絡しろ。ひとりで突っ走るな」

雪野さんの物言いから前回私が何かやらかしたのはわかったが、具体的にはわからない。

とりあえずうなずく。そして退散。

事務所のドアを閉め、ふっと一息もらすと白い息が現れては消えていった。

肌に少し痛いくらいの冷たい風はむしろ気持ちがいいくらい。

とりあえずポニーテールに結い上げた髪からか、マフラーか微妙だがネズミに変化した陵がごそごそと肩まで這い上がってきた。

「すまぬ……ついあの者の心が気になってのう。まさかそなたにまで見せてしまうとは思わなかったのじゃ」

「別に責めてはいませんよ。ただ驚いただけで……」

突然、発砲音が聞こえた。

聞きなれた音とこのきれいなビル街はどうにも似合わなくて、不思議に思い肩に乗った陵を見やった。しかし彼女はすでに変化し、今朝見た巫女のような姿になって私を横目で見た。

「動機はどうあれ変わっておらんのう……行くか?」

私は首をたてに振るとあきれたように陵は溜息をこぼす。

しかし彼女は遠くを見つめやがてその小柄な体格ならではのとんでもない瞬発力を発揮し路地を駆け抜けた。

しばらく大通りを走ると異変に気付く。人っ子ひとりもいない。ただ二人の足音が響く午前8時前後の大通り。

この町では人は建物の中に息をひそめるばかり……


狭い小道を切り抜けたとき、二人の若い女の子が隠れるようにして何かを覗いていた。

「やっぱりここからじゃあ何も見えなくない?もっと近寄ってみる?」

「うん、でも危なさそうだよ?なんか銃持っていたし」

ひそひそと話し合う彼女らはどうやら野次馬らしく、見た感じ17歳前後。

「ねえ」

「きゃっ!?」

「うおぉ!?」

なんか一人野太い声が聞こえた気がしたけど、どちらも私の存在には気づいていなかったらしい。

二人から聞き出したことによると、チンピラが彼女らの同級生男子から金を巻き上げようと銃で脅しているらしい……っと。

「そっか、心配半分、野次馬根性半分ってことで逃げないと危ないよ?」

ぎくりと二人は顔をこわばらせた。図星をつかれて僅かながらも被害者に対する罪悪感があったのだろう。

「うう……そ、それだったらお姉さんも一緒じゃない?」

「通りすがりのお姉さんは大人なので心配しなくてよろしい。それと警察を呼んでくれないかな?」

にこっ、と笑いかけると急に彼女らは真剣な表情へと変わった。たぶん自分らにできた使命的なものに責任感が芽生えたのか、こと(・・)の重大さに気づいたのかは不明だったが、とりあえず安全は確保させてあげたかった。

「銃を使う際にはわらわが調整するからの。安心するとよいぞ」

あきれた声とまじって陵の顔は楽しげに笑っていた。




 ぬるい

殺気がまるで感じられない。

銃を少年に向けて怒鳴り散らしている。

ただそれだけ。生ぬるすぎてあくびが出そうだった。

(どうせあのチンピラを降伏させればいいのよね)

笑みがこぼれたのが自分でもわかった。

「二人で一人襲うとか、かっこ悪いですね。人として恥とかないのかなぁ?」

三人が一斉に振り返る。

「ああ?なんだぁおまえ?」

「正義の味方様ですぅってか?ひひっ!笑えルゥ!だっさぁ!」

馬鹿にして挑発、命知らずにも馬鹿がつくのか。

一歩踏み出すと片方の男――サルっぽいやつ――が少年の頭をつかんでこめかみに銃を押し付けた。

「これ以上近づくとこいつの頭に風穴があくぜ!」

「あ、待て、待て!こいつ、女だぞ!」

チンピラ二人がにやにやと笑っている。こいつら完全に馬鹿にしている。

上着の第二ボタン以下のボタンをはずす。

「脱ぐか、脱ぐか!?さもないとこいつを殺すぞぉ!!?ひひひ!!」

引き笑いをする不良はかなりの変態らしい。脱衣コールがものすごくウザい。

上着と言ってもケープと似通ったやつで、ホルスターにしまわれている銃に手をかけた。

「少年」

人質に取られた不運な少年はすがるような目でこちらを見た。

「生きたいか?」

「!」

こくり、とゆっくりうなずいた。それだけで十分。

生きたいという意思のないものを助けたって、なんの得にもならない。

そもそも助かりたいとさえ思っていないかもしれなかったからだ。

ホルスターから銃を抜き取り、人質の頭に突きつけられた銃にまとを合わせる。

判断は一瞬。引き金を引いて結果を確認せずサルに急接近する。

人質の頭をつかむ手を容赦なく握り締め、ひらりと宙を舞わせる。

変態も同じ、というわけにはいかなかった。地面にたたきつけてから腕を引き、反対側の腕を踏みつける。

「ギブ!ギブ!」

バシバシ地面をたたくが抑えられているせいで無様極まりない。

パッと拘束をといてあげると再び嘲笑を浮かべ、殴りかかってくる。

下のほうから相手の手を吸い込むようなイメージ。

相手の殴りかかってきたほうの手首あたりに自分の手首をつけ、攻撃を止める。

上腕のひじのほうの筋を伸ばすようにつかみ、九十度近くお互いの身体を回転させ、そのとき相手の体制が崩れるので地面に押さえつける。

「うん?不良君たち、いい度胸しているな?」

にやにやと笑いが止まらなかった。二度も攻撃するチャンスはあったのに、この男は自分よりずっと細身の。しかも女に無様に押さえつけられたのだ。

「糞ったれ!」

しかしまだあきらめていないらしく、減らず口は変わらない。

「言葉に気を付けなさいな」

更に押さえつけられた腕を相手の背中側に回す。

これがなかなか抑えられている側からしたらかなり痛い。

本気で抑えられず、軽く形を知るためにやってもらったことがあるが、ものすごく痛かった。

「痛い!いだだだ!くそっ!ふざけんな!バカ!貧乳!クソババア!」

「セクハラ発言さえも減らない口ね……なんならもうちょっと拷問的にしたほうが良かったかしら」

不良の表情に恐怖の色を浮かんだ瞬間、悲鳴を上げる余裕も与えずにシメあげて気絶させる。

「大丈夫?少年」

すっかり腰を抜かした人質少年を立たせてからこめかみあたりを確認する。

傷なし、主にチンピラから受けた暴行程度……っと。

自分が撃った銃弾はきっちり銃に当たってくれたわけだ。

安心して溜息をついたとき、後ろから人の気配がした。

「まったく……キミはいつも無茶するよね」

背後から投げかけられた凛とした声と言葉に驚いて振り返る。そこにいたのはふんわりとした笑顔に困ったような色を浮かべる白髪の青年だった。



 不思議な雰囲気をまとい、ふんわりとした笑顔とのんびりした振る舞いの彼の真意は見えない。

いや、この人はどこかで。遠い記憶。もっと前、こっちの世界で生きるずっと前に私はこの人に会ったことがあると直感が私に言っていた。

「……ねえ、オレのこと、覚えている……かな?」

私にとっては生き返ったような感覚もしたのだし、何より今日会った人物の面識すら十数年前の感覚で「ああ、そういえばこんな生活していたかな」程度にしか覚えてはいなかった。

夢のようで、だんだんとこの世界にいるにつれて記憶が薄れていくのもわかる。

そのかわり、こっちの世界の記憶がわずかながらもどってきているのだが……

彼のことは知らなかった。

「……いえ、すみませんが……」

私がそう言うと、彼が傷ついた表情をしたのは誰が見ても明白だった。それなのに感情を隠すように自然とまたあのふんわりとした笑顔をノアへと向けた。

「ごめんね、あらためまして。オレは密(ひそか)」

そこで陵が銃からまた女の子の姿に変わり、密さんに明るく話しかけた。

「ああ、ヒソカ!そなたも無事だったか。船に乗れなかったかとおもったぞ」

「うん、危うく落ちるところだったよ。ミササギ」

二人の会話の意図がつかめず、ぼうっと話をきいているとふいに二人がこちらを見て真剣な表情で話し始めた。

「完全に封じる手立てはないのか?」

「一応、見つけたよ。……危険、だけど」

それまでの柔らかい雰囲気から、歯切れが悪くなり、話したくないという意思が見えた。

「構わぬ。わらわたちの望みじゃからな。多少のり(・)すく(・・)が伴う覚悟くらいできておろう?」

青年は静かに首を縦に振ると、陵は溜息を洩らした。あまりにも躊躇のない返答に陵自身、おどろいたようだった。

その瞬間、なぜかノアの頭の中に歌声が流れ込んできた。


『たゆたう船 泳ぐ者 歌え 水になり 歌え 波のように』


ほんの、一瞬の歌声。

とても懐かしい歌声なのに、これ以上は思い出せなかった。

「――すまぬ、気にせんでおくれ。わらわはノアと契約しておるから責務は果たす。そなたは人の子じゃ、無理だけはするな。……良いな?」

低く声音を落として念押しする陵を見て少なからず驚いた。

低い声の陵はにらみつけられたらふつう足がすくんで動けないと思う。しかし、

青年――密さん――はまたふんわりした笑顔をまとい、

「うん、ミササギも気を付けて。……いつ“お嬢様”が感づいて消しにかかるかわからないから」

大半の会話は理解ができなかったが、とりあえず今自分が殺されかけそうな危うい立場にいるのではないかということは理解できた。

密さんは片手を振りながらいつの間にか消えていった。

相変わらず忍者のような奴じゃ、と陵が呟いたところで遠くから複数の足音が聞こえた。


「黒蝶ちゃん!?なんでここにいるの?というか片づけ終わっているし!」

連続ツッコミ、流石です先輩。先ほど思い出しました。

路地から出てきた警備員を従えた人は見知った顔だった。

赤髪ポニーテール。三角のとがった耳に明るいムードメーカーの雰囲気。付け加えて恥じぬふるまいをするから敵なし。実際格闘系で強い。名は朱雀すざく。国軍四大精鋭部隊“炎の部隊”隊長を務めるほどの技量の持ち主だ。

大太刀を扱い、戦闘で使いこなす姿は獅子のようだ、とも言われている。

「黒蝶ちゃん?ちゃんと説明、してくれるかな?」

ちらりと後ろでのびているチンピラ二人を見た。……やりすぎたかも、と反省しつつ報告をする。

 静かにあいづちをうっていた朱雀さんは話を一通り聞き終えると不満そうに顔をしかめた。

「珍しいわね……というか女の敵。貧乳とか最低」

普段報告に感想をつけることはない、というか評価することはないけどめったにないケースだから珍しいのだろう。

結果から言うと薬物反応なし。珍しい、とはこのことを指していたのだ。

後片づけは朱雀さん一行に任せ、私は早々に陵とともに退散した。

 「……そういえば陵」

人気のない路地裏あたり、しゃらん、という音と同時に彼女が姿を現す。

「気になってはいたけど……あれって本名じゃないよね?」

あれ、とは朱雀という名前である。私がいた場所では四神と呼ばれる日本の宗教的なものという認識しかなかったから、少し気になっていた。

「そうじゃ。この国では異名を持つ者と持たぬものがおるが、生まれたとき親が名付け、そしてその後上国からもう一つの名をもらう、それが異名じゃ」

「じゃあ、異名を持つ人は力を持つってこと?」

「異名は力を現し、人の子には強大すぎる力故、無意識に封じてしまうものなのじゃ。

本気で協力しようとするか、融合するか、接触を図ろうとすればおのずと封は解ける」

(接触を図る……話しかければいいのかな)

一瞬、自分の中に意識を向けたが、

「悪用すれば町一つ粉微塵こなみじんに消えるか、力にぞ」

威嚇するようにわずかに声を低くし、警告する陵に逆らう気は起きなかった。


❄ ❄ ❄


 「なんだか、悲しいな」

独り、人気のない路地裏で溜息をこぼす紳士的な雰囲気をまとった青年――

密(ひそか)は独り傷心状態にあった。

「どうしたんッスか、先輩っ!」

「うん?特に何もないよ?……何も」

ビニール袋を持って走ってきた20代前半の男――密の後輩である。

ちらりと横目で見つつ、近づいたとたんに一瞬で後輩の腕に絞め技をかける。

初めて見る人は驚くが、この二人にはよく見られるいつものじゃれ合いである。

後輩の容姿は薄茶色の髪にまだ学生らしさが残る表情が特徴。

名前は喜成よしなり。密が気に入る良き後輩だ。

「喜成くんはさ、久しぶりに会った友達に忘れられても傷つかなさそうだね」

「あ、先輩誰かに忘れられたんですか?って、いたたた!!ギブギブ!」

そう言われると密はパッと喜成を解放した。

不服そうな表情をしながらも喜成はどこか笑っている。これが二人にとってある意味コミュニケーションとして成り立っているのだから、不思議だ。

「……で?ホント一体どうしたんです?先輩」

「何も問題はないよ?」

ふんわりとした笑顔でふたをされた密の感情を読み取ることと、これ以上の無駄な追及はするべきではないことを若き後輩は知っていた。

「……毎回笑顔で見事にかわしますよね」

苦笑とともに喜成から紡がれた言葉は理由を教えてもらえないことから悔しそうに聞こえるが、声音は密を心配する喜成のやさしさが素直に表れていたのもまた事実だった。

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