第四幕

 今日は槙と外の巡回に出かけることとなった。

フロア担当戦闘職はフロアの守備だけではなく、フロア外の巡回も仕事の内に入っている。

だいたいは都境のトラブル、不法入国者の取り締まりだ。

この都市は大きい谷に囲われていて、他国からの外的攻撃やからは守られるが、谷の内側と外をつなぐ細い橋の周辺は治安が悪いので、私たちが体よく仕事を押し付け……いや、ううん、何でもない。

「さて、それぞれ別々に巡回したほうが効率いいような気がしないか?」

正直都市を一周すればゆっくり歩いて六時間程度、そして各警備所の訪問とトラブル相談くらいで一日軽くつぶれる。

槙も時間を短縮したいと思うだろう。

「ま、目には目を、悪党には悪党の制裁を受けてもらうから。手伝ってよ」

軽くウィンクすると槙は眉をひそめた。

「お前のフロアは治安最悪だからな」

ちょっと苦笑いも混じっていた。

「そう?ま、“地上で最もおっかない上位三人“の異名を持つ人間がそろったフロアだからね、さすがに誰も近づこうと思わないよ」

そんな雑談を交わしながら歩いていると、ちょうどごろつきと警備員がもめているところらしかった。

「!!ああ!!ちょうどよかった!夕霧さん!」

警備員はあきらかにほっとした顔をしている。

「ああ!?てめぇ、人をコケにしやがって!▽□※☠○■×△×☠※!!」

後半何言っているのか聞き取れなかったけど、とりあえず話だけ聞くことにした。

いくつかの形式的な質問の最後、

“どこのフロアへ観光目的ですか?”と聞く。

これは正直に答えないとフロア零以外で掟を破った時に命の保証をしない。

「決まっているだろ!治安最悪のフロアだ!!」

胸をはって威勢のいいごろつきどもは生き残れるか……

帽子を目深にかぶりなおしてから、私はうつむいて笑みをこぼした。


 「お前ほど恐ろしいやつを俺は見たことないと思うよ……」


いつかフロア担当仲間に言われた気がする。

「結局あの日本人のごろつきは数日で死ぬぞ」

槙がやっと口を開いたかと思うと、なんてことない質問だった。

他もすべて回って回収したごろつきは2名。フロアに向かうための薄暗い石の階段を下りる。

「いいじゃないか、残り僅かな余生を堪能してもらわなくちゃね!」

飛び切りの笑顔をむけるとまたもや槙は恐ろしいものを見たかのような顔をした。

まあこんなやり取りも冗談だとお互い分かるから気が楽なのだが。

 階段を下りる人数は私と槙、そして前にさっきのごろつきふたり、合計四人のはずだった。

突然槙に突き飛ばされ、狭い階段のなか数段落ちて体勢を立て直す。

「ったあ!何するんだよ槙!」

「……!ぐっ!」

突然、うめき声が聞こえたかと思うと、むっとさび付いた鉄のにおいがした。

「槙!?」

暗闇に浮かび上がる“カタナ”の刃が彼を貫いていた。

槙にはまだ息はあった。


 暗闇に浮かぶ細身の刀身と血のにおいを感じながら、銃を引き抜いた。

敵の気配がする方向に乱射しまくりながら槙を回収し“非常口”へと急ぐ。

非常口は各フロアの間の階段にいくつも設置されていて、フロア零は全戦闘専用の場所につながるように作られているはずだ。

「悪い、私は医療科ではないから……もう少し頑張って」

槙は何もしゃべらない。息は荒く、苦しそうだった。

通路から抜けて出たのは……広さ公立中学校の体育館レベルの部屋だ。槙は懐からビー玉のようなものを取り出し、呪文を唱えて何かを召喚した。

(そうだ……そういえば彼は回復魔法が得意だったっけ)

傷はすっかりふさがり、血ももう出てはいない。

彼が言うには脂肪などの身体のたくわえを使って傷をふさいだだけだから、不死身のように無限に肉体が再生しているわけではないという。

そのときだ。

「みぃーつけた♪」

振り向いた時にはもう遅い。

視界がぐるりと回転した。

(……というか地面はどこ行った?)

投げ技を決められていたのだ。

地面と思われる場所に足を延ばすと案外まともに着地できた。

(ナントカひねりとかわかんなかったけど新体操の講義まともに受けておいてよかったぁ!!)

心の中で自分に拍手を送りながら敵の顔をさがした。

「……槙?」

――仲間の中でも特に親しかったし、連携も取れ、実力的にもあこがれの存在でもあった。

かなり見目整った男たちの中でひときわ美男だし、自慢の存在だった。

冷静な判断とどんな時でも任務をこなしたしミスはしなかった。

 そういう彼はいま、人形みたいにかけらも動かず、服はじっとりと血で塗れ、肌は青白く血の気が失せていた。

でも、顔は眠っているかのように綺麗なままで、不自然だった。

「彼は生きているよりも死んだほうが存在感あるよね」

耳元で声がした。

南雲鈴……聞き間違えない。

後ろに向けて銃を撃った。

「っう!?」

【普通の鉛玉じゃない……?】というつぶやき声も続けて聞こえた。

振り返るとやっぱり天使を連想させる

彼女がいた。

「魔弾……」

ふっと彼女が呟いた。

数秒後

宙に硝子板みたいなものがたくさん浮いている。

結界だ。

それは彼女の意思で一気に向かってきた。

このままじゃあ私は押し花ならぬ押し人にされてしまうではないか。

ホルスターから二丁の拳銃を引き抜き、とにかく打ちまくる。

2、4、6、8……10、20枚目!

こうなってくるとゲームセンターでシューティングゲームをやっている気分になる。やったことはないけど。

真上にいきなり4枚、現れた。

上に銃を向けた瞬間、両腕両足貫かれ、そのまま地面へ縫い付けられた。

「結界神の存在、忘れてた?それとも知らなかったの?」

床に落ちた銃を拾うと私の頭に向かって彼女は迷いなく引き金を引いた。

けれどカシッっという音だけで発砲はされなかった。

彼女はつまらなさそうに舌打ちをすると銃を床に置いて話し始めた。

「さいしょ……フロア4で会ったとき、名前を知っていたのはなんで?」

なぜって……彼女も私のことを知らなかったということ?

「記憶は偶然受け継がれた?事故?これもひとつの偶然?どういうこと……」

「え?えっと……南雲さん?」

「……はぁ……話す。よく聞いてよ。アンタの過去だから」

それから彼女は淡々と話し始めた。

私と彼女は生物兵器研究所学校の同期で、お互い実験体として育てられたという。

そこの卒業試験は同期を殺すこと、そして実験に成功すること。

実験とは能力との対話。つまり上級悪魔や天使などと契約させ、もともとの能力を目覚めさせれば成功。ほとんどの実験体はこの段階で消滅するか、悪魔に殺されてしまうという。

同期を殺し、実験の生贄として使い、南雲さんと私は成功者になった。

「だけどアンタと契約した悪魔とお前は相性が良すぎた」

南雲さんによると実験で死んでいった者たちを認識し、その怨念と能力が悪魔を暴走させたそうだ。

文字どおり、『生物兵器の完成』だった。

研究所内の人間。とくに職員と研究長はひどい殺し方だったと彼女は言う。

「契約した成功者たちは生き残った。というよりアンタに生かされた。今知るのは誰かが仮想世界を作り、アンタをそれの核にしていること、タイムリミットが訪れるまでに核を破壊しないと」

元の世界、つまりは現実の崩壊と、すべての死が訪れる。と。

「鈴はどうやって時空を移動しているの?」

核が破壊されれば勝手に時空の移動ができるのだろうか。

「簡単。アンタと同じ時の旅人だからだよ」

そう言って腰から拳銃を抜きとり、今度こそ彼女は私の頭に風穴を開けた。

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