第三幕―Ⅱ

 僕は嶺井。フロア4担当悪魔パイモンの召喚者。

ふらっと表れていきなり殺気を放ち、発砲した夕霧に一瞬驚きを感じた。

「敵も来るけどね」

そう言った彼の目に感情はなかった。

敵がいると分かったとき、パイモンに頼んでこのフロアの植物は保護してもらった。

上に見えるのは空。床はタイルに変化させた。

敵は何も人間だけではない。どちらかというとシメーレと呼ばれる化け物どもが“敵”として一番多い。

敵の将と思われる人と夕霧が面識のあると思ったときはびっくりした。

でも夕霧の妙な動揺と落ち着きかたからすると、『知っているけど知らない人』っていう感じかな。

「よそ見している場合か?死ぬぞ!!」

こちらへ向かって振り下ろされた武器をよけ、それを観察する。

これは刀?ということは侍かな。初めて見た。

緩やかに曲線を描いた刀身が光を反射して輝く。

切っ先を軽く揺らしながら目つきの鋭い黒髪の男は刀をこちらに向けてくる。

「俺はササミネナガレ。貴様は?」

(うちの諜報機関は優秀だからあなたのデータも既にありますけどね)

そんなことを心の隅にひっそりと追いやりながらデータを思い返す。

笹嶺流。刀使いの侍。好きなものは……っと、これはいま必要ないか。

「僕は嶺井。さようなら、笹嶺さん」

腰を低くしてタイミングを計る。

(まだ……あと少し)

「はあ?というか貴様、まだ子供だろう?なぜこんな――」

彼が隙を見せた瞬間、地面を蹴って懐に飛び込む。

そして腹部に拳をたたきこんだ。

「ぐ……っはぁ!?……げほっ!」

何が起こったか一瞬測り兼ねた様子で顔をしかめたものの、刀を握り直しにらみつけてくる。

そりゃあこんな小柄な奴からこれだけの力が出るとは、とか思っているんじゃないかな?

「子供に見くびられた気分はどうですか?どうぞお好きなだけかみしめてください!」

僕としてはこの人は人間的に気に食わない。

その言葉にかちんときたのか定かではないが、笹嶺は刀をむけて飛び込んできた。

(—―無謀な)

「硬化!!」

そう叫ぶと左手で刀を弾き飛ばし、笹嶺のすねを蹴った。

笹嶺は動揺が隠しきれていないようだった。

刃物が素手で止められたことに。

笹嶺に最後とどめを刺そうとしたとき、不意に自分の名が呼ばれたような気がした。

「――嶺井!馬鹿か!巻き添えを食らいたくなければ退却しろ!!」

声の主は槙と瀬田だった。

 特に槙はただならぬ空気をまとっているような口調だった。

「あーあ、あぶなかったね。あと少しで頭、吹っ飛んでいたかもよ?」

つまらなそうな瀬田の声。

次の瞬間、僕は『強制退去』の陣にいた。

槙か瀬田か、誰かが僕をフロア管理室へ召還したらしい。

ドーム状の部屋からは、フロア全体を見渡せる透明な壁があり、そこからみえた惨状、と言うべきだろうか?光景に僕は息をのんだ。

 夕霧の武勇伝なるものは誰もが一度は耳にする。

だが、『百聞は一見に如かず』という言葉が頭によぎる。

そう、僕は正直その話は信じていなかった。

彼の周りが魔法陣で囲まれ、無数の悪魔が彼の周りで踊るなんて噂。

今日、噂は本当に尾ひれがついたものなのか、誰かが盛らずに削って伝えたのではと疑うような光景だったのだ。

「ねえ、二人とも、あれって」

「ああ、サタン、レヴィアタンにつぐ悪魔階級第三位の悪魔だ」

俺も初めて見た、と槙が呟く。

「そういえば槙は連続戦闘だったよな?」

瀬田がふと槙に聞く。

すると槙は苦笑いを浮かべた。いつも困り事はないくらいなんでもこなす槙にしては珍しい。

「連続して戦場が同じになるのも珍しいけど、俺の場合はフロアボスが回復職だったからここまですごくはならなかったけどね……」

瀬田がそれを聞いて首を傾げた。

「いやぁ~さっき室長に改造銃貰っていたしね?あれも一因だと思うよ」

それもそうか、と納得したように槙がうなずくが、僕はもう一つのほうに引っかかっていた。

(ん?改造銃?)

「え!?室長に新型貰ったの!?」

あまりの勢いに二人とも驚いた様子だった。

それでも僕は気にせず続ける。

「僕なんてまだ修繕報告さえ来てないのに……」

以前戦闘で重傷を負った魔造装備がまだどうなったか連絡すらない。

「「カイロン室長が実験に使っていたりして」」

ぼそりと小さな声で二人が冗談めかして言う。

あの人の場合本当にシャレにならない。

いい人だけど不思議な実験をやりまくるし、恐ろしいこと極まりない。

「ほんとシャレにならないからやめて………」

多大なフロアの被害と不安を残しつつ、フロア4での戦闘は終わった。


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