第三幕
「あれっ?夕霧、何か用事?」
嶺井が使い魔との組み手をやめ、笑顔で振り向いた。
フロア4担当で、悪魔パイモンを操る体術の達人。
気さくな性格と物腰の柔らかさが彼の特徴だし、兄貴的なところがあってたよりがいのある人だ。
「おお、フェスパァツァイトではないか!」
「そろそろ夕霧って呼んでくれないかな?パイモン?」
パイモン――女性の顔をした男性の姿で王冠をかぶり、ひとこぶラクダにまたがっている。彼は大音声で怒号のように話すから、彼の話は嶺井以外理解ができない。
一応言っておくが、嶺井が召喚したフロアボスだ。
「いつも思うけどパイモンを手なづけるってすごいことしたね」
「手なづけられたのではない!我がこやつを気に入ったのだ!」
「どっちにしたって変わらないと思うけど?」
こんな風に嶺井を通してでも意思疎通できるだけでも奇跡である。
ふっと嶺井を見ると少しぴりっとした雰囲気をまとっている。
「夕霧……あと何分で来る?」
いつ敵が来るか……嶺井は警戒している。
私が現れるフロアには必ずと言っていいほど敵が来る。
まるで私を狙ったみたいに。
「私が来たぐらいでそんなに警戒しないでよ。まあ……」
使い慣れた銃をホルスターから引き抜き、物陰に向かって三発撃つ。
短い悲鳴と恨みの声。数十メートル先の地面が赤く染まる。
「敵も来たけどね」
にこりと微笑んで見せた。
そのとき、カツリと足音が聞こえた。
懐かしいと感じたのは気のせいだろうか。
ぞろぞろと蟻のような兵の先頭を歩く人物を見て思う。
予感が当たった、と。
「久しぶり、会いたかったよ」
茶色く長い髪を低く束ね、白いマスクと裾の長い白の戦闘服。
パッと見天使を連想させる姿だ。
初めて見て、初めて会ったひとのはずなのになぜ――
「南雲……鈴!?」
思わず自分の口から紡がれた彼女の名前と思しきものに驚く。
(あの人とは面識がなかったはず……なのになんで……?)
しかし彼女はさして気にした様子もなくじっとこちらをにらんでくる。
「知り合い?」
嶺井は声を低くして聞いてくる。
(知り合い?私が知りたいくらいだ。なぜ私はこの人を“知っている”のか、)
「よそ見している場合か?死ぬぞ!!」
敵方の攻撃を受け嶺井もこちらに質問している暇もなくなったようだ。
鈴と一緒にいる男。高く結った黒髪と鋭い目つき。人狼の例に使えそうだと思うような容姿の人だ。
気高い狼。そう見える彼のことも懐かしく思えた。
「きさ…ら……が‼‼」
うん、パイモンさんわかるようにしゃべってください。理解できないから。
そんな願いもむなしく怒号のように話す。正直うるさくてかなわない。
嶺井が通訳できるときに喋ってほしい。
「ボスがこんな早々出てきていいわけ?」
「さあ?まぁ、戦場にマニュアルはないからいいんじゃないかな?」
嶺井はこちらに視線を向けてからすぐに敵との戦闘に戻ってしまった。
少数精鋭で敵部隊をさっさとお国に返してあげたほうがこちらの損失も少ないし、とりあえずよしとしよう。
もう待てないというように鈴は声を発した。
「今生はどんな名前で生きているの?」
冷ややかに、しかし言葉は悲しげに聞こえる。
今生、とはどういうことだろうか?
私は暗号を含めるでもなく、普通に言葉を返した。
「夕霧」
顔のほとんどはマスクに覆われているから表情は読めない。
私は彼女の後ろにいる歩兵部隊を確認した。そして歩兵の一人が紙を取り出し、床にひろげた。
大きさは2m×1,5mくらい。歩兵は手を合わせ、呪文を唱える。
何匹もの黒い影が現れ、歩兵(召喚者)を食らう。
歩兵が骨も残さず食われた後、黒い影は一度バラバラになり、もう一度一つに集まった。
一人の人間に複数の寄生生物を寄生させる実験によって生み出された化け物。
今この世で最も危険な生物――否、殺人兵器――は体長2m80㎝くらい。体が一部欠損したくらいじゃすぐ再生する化け物――
シメーレと呼ばれている化け物だ。
周りに在った木々はパイモンにより保護。床に薄水色のタイルと空が広がる。
「さあて、心おきなく暴れましょうか!」
なぜか私がその言葉を叫ぶ。やっぱりおかしいかな?
さきほど頂戴してきた銃を構え、シメーレの眉間に標的を合わせる。
「我の声を聴け 従え 武器となり 盾となれ 我のもとへ姿を現せ―――
ジズ・レヴィアタン・べヒモス!」
瞬間、シメーレの頭が吹っ飛ぶ。
血液さえ残さず四散する。光を反射して四散したものが美しく輝いた。
狭間に生きる物の消滅の瞬間だ。
「—―っ!退け!」
誰かが叫んだ。敵がぞろぞろと退いていく。
私はシメーレの――生贄となった歩兵の――いた場所に向かってつぶやいた。
「……さようなら」
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