序章―Ⅳ
リヒトさんが移動用の式神を貸してくれ、特に話題もないのでとりあえず自己紹介をしようという話になった。
「俺はゲンパチ!よろしくなっ!そんでコイツがゲンエモン……俺の相棒だ!!」
褐色の髪色をした男性はどこまでも熱い。そう。それが自己紹介でも。
「俺はヒノスケっていうんだ。ま、俺の相棒はヒノだ」
続いて赤髪の男性。あれだ、ゲンパチさんのあとに聞くとサッパリしすぎてむしろさわやか兄貴に思えてくる。見た目に反して。
「オレはヨシナリ、そんで、――こい!」
最後は小柄な少年。――まぶしい。笑顔がまぶしすぎる。
それぞれ“相棒”に向かって呼びかけるとどこからともなく三人の“相棒”が現れた。
「あ~ら!かわいらしい子じゃない!ウチはこの赤髪筋肉バカの相棒よ。よろしくね?」
軽いウィンクをすると彼女はふと気づいたかのようにヒノスケさんを不満げに見やると、体の先からちりぢりになり、槍の形をとって再構築された。
ゲンパチさんの刀も同じく。彼の刀は鍛え上げた軍人が執事服着たみたいな……すべてに違和感を覚えたが……まあ、放っておく。
ヨシナリさんの刀は目つきの悪い少年へと変化し、こちらを見つめてくる。無言で。
(……不思議な感じがする?)
数秒後、ようやく少年は口を開くと…
「僕、ヨシノスケっていうんだ~。よろしくね~☆」
形容するならば『彼の周りにはお花が舞っていたのです』しか言えない。
笑顔がまぶしいことはヨシナリさんとほぼ同一と言っていいだろう。
「まもなく到着いたします。お手元の手綱 におつかまりください。」
今喋ったのは鳥の形をとったリヒトさんの式神だ。ここにいる人たちはこんなに礼儀正しい喋り方をする人はいないから、私としてはかなり驚いたのだ。
封印場所には生きたものの気配がまるでなかった。
「静かだな」
ポツリとヨシナリさんはつぶやく。
いや、普通じゃないレベルで静か過ぎだ。
じょり……じょり……ぞりぞりぞり……
何の音だろう?
周りを見回しても何もいない。
だんだんと音は増し、近づいてくるのがわかる。
ゆっくり……ゆっくりと本能的にやばいと思うものが近づいてくる。
「あの、周り……囲まれていませんか?」
そっと彼らに近づき、顔を見た瞬間。ぎょっとした。
彼らは笑っていたのだ。これからの戦いが待ち遠しいといったような。
自分には理解不能だった。この人たちの感覚を知りたくもないとも思った。
わざわざ不必要な戦いをしたがる……そんな感覚なんて。
「大丈夫さ、別に気に留めるようなモノじゃねぇよ」
ヒノスケさんは優しく笑う。
正直、私は彼らを信用していない。
気配は増していくばかり。私の本能は警鐘を鳴らす。
獣の唸り声にも似た音、殺気立ってきているような……
「ひっ!!」
地面を這うような音から急に走るような音、あちこちから黒い影が飛び出す 。
右、左、前、後ろ。つまり全方向から走るような音と、引きずる音が混じる。
「おいおい、とんでもねぇ数だな。百、数百くらいいるじゃねぇか」
ノスケさんとヨシナリさんが武器を構えた。しかし……
「馬鹿かてめえら!封印されていたモンを倒すのが俺らの仕事だろう!?」
ゲンパチさんの声が響く。こういう場面では年長者が一番頼もしいのかもしれない。
ヒノスケさんとヨシナリさんも【まかせろ】というようにゲンパチさんがうなずくとヨシナリさんが私の手首をつかんで走りだした。
「済まねえな!先行くぜ!」
ヒノスケさんがそう言い、封印場所に向かって走り出す。
――これから起こることを、もしかしたらリヒトさんは知っていたのかもしれない。
――“ツァイト”が目覚めるきっかけを
「――はぁっ、はぁっ、あれか……封印場所って」
見つけたのは、1mくらいの深さと私がすっぽり五人は軽く入るくらいの長さの長方形の穴。
中は空っぽ。生物など一匹もいない。
ふと、生暖かい風が頬をかすめた。
「――えっ!?」
振り返ると、そこには……
狼の頭。フクロウみたいな丸い真っ白な体。体長3mくらいの巨体。
どこかで見たことがあったような……?
「狼面鳥……」
呪術の構えをとろうとしたが、そう呟いたヒノスケさんが目の前に立ち、攻撃ができない。
ヒノスケさんは狼面鳥を槍で刺したように思えた。――いや、実際刺さっていた。
けれど、一瞬の出来事だった。
気味悪い顔全体にしわがよった狼面鳥は、バキバキと音を立てて槍をかみ砕いていった。
そうだ、それが単なる“モノ”だったなら……今ほど衝撃は受けなかった。
けれども、かみ砕かれた槍は意思を持ち、魂を持つ生き物なのだ。
「僕らはね、八百万の神々が人間の〝こころ″と〝命″と〝力″で具現化したものなんだ。だから僕らは力を増強する代わりに、失ったら人間は癒えぬ傷を負うのさ。
僕は回復職だけど、破壊された相棒を治すことができない……」
いつの間にか横にいるヨシノスケさん……彼は感情を隠すようにうつむいた。
自己紹介のときと喋り方ずいぶん違う。
もっと軽い感じの人だと思っていたのだ。
「じゃあ、今戦える人材は私だけね。戦わなければ……」
ヨシノスケは何も言わなかった。
「もっと人が死ぬと言いたいのでしょう?」
呪術の構えをとる。大気と一体化したような感覚。自分の手足となるように……
「荒れ狂う風に平伏せ 舞い 空を駆け 音もなく切れ」
――思い出した。“あれ”はあの時勝てなかった妖。別個体だろうけど、勝てなかったことには変わらない。
風が舞い、見えない刃物により妖はばらばらになった。
狼面鳥の破片は粉々に砕け散り、光が反射してきらきらと輝いていた。
「凄いね……君…ごめ……ね…かばいきれなくっ………て……がはっ……」
なぜヨシノスケさんが目の前にいるのか 、
――ああ、そうだ。もう一つ思い出した。
あの時も狼面鳥は私に攻撃を返した。
同じことを繰り返しただけだった。そしてヨシノスケさんは私をかばった……
彼が私をかばう理由が理解できなかった。
口から真っ赤な血…むせ返るような錆びた鉄の匂い。
私たちの腹部にはぽっかり穴が開いて、白い骨がのぞいていた。
その事実は変わらない。
「――ははっ……私……バカみたいね……学習能力なさすぎ……」
言わなきゃなんないことの中の、一番どうでもいい話。薄れていく意識にずるずると自分の中の何かが引っ張られていく。
後の音は、笛のような息の音。
もう……なんも聞こえない。言葉を伝えることさえ出来ない。
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