序章―Ⅲ 謎の陰陽師
「――リヒトさん、失礼するぜ」
全員正座をして廊下に座り、赤髪の男性が一言声をかけてからふすまを開いた。
部屋の中にいた男性は何やら書類を読んでおり、たぶん彼がリヒトと呼ばれた人物なのだろう。
「おや?揃いもそろって何かありましたか?」
彼はこちらへ視線を移すと、【そういうことですか】と目を細めて微笑んだ。
「まさか本当にいるとは……あ、失礼。僕は風葉家(ふうようけ)十三代目当主。リヒト。まあそんなに固くならずに」
薄いオレンジブラウンの髪が腰まで延びている。目は細く、狐のような容姿の人だとも思った。
リヒトさんはとても親しみやすそうな人で、不思議と警戒心が緩んだ。
年は多分とても若いのだろう。十五前後といったところか……ノアよりは年上のようだが、当主としての年齢でいえば若すぎる。
「あ、すみません。私は黒蝶ノアと申します」
あわてて挨拶とお辞儀をし、背筋を整える。
「へえ……じゃあ君の両親は永蓮(えいれん)と黎姫(れいひめ)で合っているかな?」
”姫”……?その呼び名に少々引っかかったが、とりあえずうなずく。
「やっぱなあ!黎姫そっくり!」
子供っぽい笑顔が明るく人なつっこい性格であることが見え、なんだか安心できて落ちつくものがあった。
(この人はお母さんと知り合いなのかな……)
この人なら、私が妖に人として育てられた理由がわかるのかもしれない……?
警戒は怠るつもりはないけど。
「君はもう知っているかもしれないけど、黎姫は神様に一番近い存在。始祖はなあ…人や妖やら霊、神のすべての源。それの末裔がオマエさんというわけ」
「へ、へえ……」
そんなの、知らない。お母さんは意外とすごい人だったらしいが、正直いきなりカミサマだとか始祖とか言われても意味がさっぱりわからない。
そんな私の思考を読んだかのようにリヒトさんは続ける。
「ま、これであの屋敷で人として育てられた謎はわかったわけでしょ?血脈は人でも妖でもなくとも、 とりあえず自分の立場ぐらいはあらかた知っておいたほうがええからな」
少々引っかかる言い回しではあったけど、放置。
相手が信用できる人物か知りたかった。
「ええと……リヒトさんは陰陽師なんですか?」
リヒトさんが身に着けていた服装は陰陽師が身に着けている服装にとても似ていたから気になっていたのだ。
「ああ!リヒトさんは天才陰陽師なんだぜ!歴代当主が苦戦した妖をあっさりと封印し、この都市の治安を守護されているお方だ!」
そしてだな……と熱く、失礼だがとても暑苦しくリヒトさんの武勇伝を語りだそうとした褐色の髪の男性をごく自然な動きで制する赤髪の男性。
普段からこんなやり取りをしているのだろうか。手慣れた様子だからたぶんそうだろうと思った。
「リヒトさん、あんたさっき“まさか本当にいるとは”って言ったよな?あれはどういう意味だ?」
するとリヒトさんは顔に道化めいた笑顔を貼り付けつつも、空気だけが真剣なものへと変化したのが感じられた。
「時を超える能力が使えるものはごくわずかで、たとえ目覚めたとしても力に食われるのがオチ。そんで時を超えた者のことを時の旅人、って言う風に呼ばれているよ。 僕が知っているのはこれくらいだけどね~」
ふっと笑うとリヒトさんは私に向かって扇子を向けた。
何も起こらない。けれど眩暈も頭痛も収まり、体調が安定したように思えた。
「回復はさせておきました。 では――」
「失礼します!リヒト様!西の封印が解けてしまいました!封じられていた妖は封印地点を中心に人間や妖を襲っています!」
縁側から転がりこんできた羽の生えた人間はぼろぼろの姿をしていた。
ところどころに火傷を負い、羽や服はもう泥まみれになっていた。
リヒトさんは表情を変えることもなくいたって明るい口調で指令を出した。
「じゃあそこの三人、行ってらっしゃい。ノアちゃんも勉強ついでにどう?帰ってこられたら寝食タダで住んでいいよ。どう?いい話でしょ?」
明るい口調と笑顔。なぜか命令されたようで“いいえ”などと答えることなど許されそうもない彼の圧力のすごさ……
「は……い。わかりました」
そう言うのが精いっぱいだった。
部屋を出るときに一度だけ振り返る。
そこにはぼろぼろになっていたはずの妖はいつの間にか無傷になっていた。
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