序章―Ⅱ ここはどこ?

 生きているのか、死んでしまったのか、果たして狭間に落ちたのか……

あ、やっぱり狭間には落ちたくはないな。あそこは生と死の間。いわゆる幽霊とか妖とか場所が悪ければ神様の巣窟だしね。

(――?頭がズキズキする)

「あ、起きた!大丈夫か?」

何だか明るい声が聞こえる。

「ケガとかさ、痛いとことか!」

早口でまくしたてる。声が大きいし、よくとおるから頭にひびいた。

「ここ――」

「ん、どうした!?」

「ここ、どこですか?」

「ここぉ?んー、武道場で、風葉(ふうよう)家の本家?みたいな場所だ」

そんな場所、知らない。少なくとも、私が知る限りでは屋敷の周りにも山の向こうにも家らしきものは見たことがなかった。

「それで、なんであんなところで倒れてたんだよ?」

「あんなところ……?」

そういえば、どうして今ここにいるんだろう?

(っ!そうだ、私、妖と戦って飛ばされてからそのまま木に後頭部強打して寝ちゃったんだ……!)

地味に後頭部が痛いのはそのせいか。

「あの、私どれくらい寝込んでいましたか?」

「え?ああ、一週間だよ」

「いっ!一週間!?」

確かに心配されるはずだ。って、家!絶対皆怒ってる……!

勢いよく体を起こした。まあ頭が痛くてそんなに早くは起き上がれなかったけど。

今更ながら、会話していた男の子を見た。

ノアよりも細く小柄な体格で、たぶん年は近い。長い髪を高くひとまとめにしている。

端正な顔立ちの少年で、すれ違ったら五度見はするだろう。

「ど、どうしたんだよ!いきなり起き上がったりして……あ~、お前ふらふらじゃねーか!」

小柄な少年は心配そうに言うが、確実に別の感情が見えた。

実際心から心配はしてはいるが警戒もきっちりしているし、彼は物事の切り替えが年の割にはできるほうだと思う。

しかし私は冷ややかに、事務的に対応する。その言葉に似合わぬ態度ではあるが、

「何もお返しなどできませんが、一週間お世話になりました。無礼をお許しください」

事務的対応にならざるを得なかった。

足元はふらつき、眩暈で常に視界が揺れ、点滅している。

「え、な、出ていくってどういうことだよ!だって俺、お前の見張りを任されているんだよ!」

小柄な少年は私の腕をつかむが、私は軽く振り払う。

その力の強さとしぐさに小柄な少年は驚いたようだったが、私は気にもとめず立ち上がる。

「お前、あてはあるのか?」

力で抑えることが困難ならば、せめて論戦に持ち込もうとする。

少年の瞳には私の身を案じる優しさがうつっていた。

けれど、焦点がいまいち定まっていない私にとっては音のみ、

「あて?家ならたぶん山超えた先の神社の裏にある一番大きな家だけど……」

(何?この人は何を言いたいの?)

何とも形容しがたい不安感に襲われ、私は焦りに似た何かを感じていた。

私自身自覚はしているが、眉間に深いシワが刻まれている。

少年はいうことをためらいながらも、重々しく口を開く。

「あの山の裏は、人にとって何もないところだよ?」

私は床を強く蹴り、一目散に走り出した。

少年の言葉を聞いたとたん、ノアはかなりの衝撃を受けたからだった。

(今まで気にしたことはなかった。人として育てられ、なぜ周りは妖ばかりなのだろうかとか、まったく)

部屋を出て、縁側を走る。

縁側の外には松の木のてっぺんが見え、ここが一階ではないことがわかる。

「おいおい何だ、騒がしいぞ」

思いがけず右側のふすまが開けられ、中から人が出てきた。

「わっ!」

筋肉質で大柄な男性に首根っこをつかまれてノアは軽々と宙にぶら下げられる状態に。

何とも言えない光景である。

「おーありがとうヒノさん、そいつつかまえてくれて」

とたとたとこちらへ駆け寄ってくるのはさっきの少年。

「っ……いたい……離してください!」

すると驚くほどあっさりとはなしてくれた。

「そんで?ヨシナリ、こいつは誰だ?」

ヨシナリと呼ばれた小柄な少年は険しい顔をして、

「ほら、山のふもとで倒れていた」

ひょいと少年より先に口をはさんだのは、こちらも筋肉質な人。

先ほどノアの首をつかみ上げた人は、兄貴分的な雰囲気で、優しそうな表情の人だという印象を受ける。赤髪の段にした髪を後ろで低く束ね、全体的に服装も赤が多い。

そして口をはさんだ人は親戚のおじいちゃんみたいな雰囲気がある。こちらは褐色の短髪だ。

どちらも私より年齢は高いはずだが、そんなに年は離れていても6年程度かそれくらいだろう。

そして赤髪の男性は思い出したようで、

「ああー!そういえばそんなのいたっけな?で、何でお前は家主に礼も言わねぇで出でくっていうのか?」

失礼だろう、と私にとがめるような視線を向け、ヘイと呼ばれた少年は慌てたようにあっ!というと赤髪の人に向き合う。

「ヒノさん……こいつの家、山野神社の横らしいぜ」

急にヒノさんと呼ばれた赤髪の人は難しそうに顔をしかめた。

「……そうか、永蓮さんのとこの。あ~グレイな感じか~」

(グレイ?灰色?どういうこと?)

「お前、名前は?」

彼らの空気の変わりように少し驚いていたところにはなしかけられる。

ノアは答えていいものか一瞬迷ったが、とりあえず名乗ることにした。

「黒蝶(こくちょう) ノア」

「「「黒蝶!!?」」」

三人とも声をそろえて驚きをあらわにする。

「まさか血筋だとは思わなかったぜ……」

誰かともいえない、それぞれが呟いていた。

「血筋?」

この中で唯一状況を理解できていない私は無意識に尋ねていた。

「ああ、お前は永蓮さんの実の娘ってことだよな……名を持つ……人間でいう苗字と同じだ。永蓮さんはこの辺で一番強い妖だが、半妖でもある」

「人間との共存を望むのもそのためだな」

と、小柄な少年。

そういえば昔、首無しのリュウジから聞いたことがある。

“永蓮は力の弱い妖を守るため、組に害するものは何だろうと切り捨てられる。結果的に人ともバランスをとれるようになりつつあるけどね”

「……あれ?永蓮さんって子供いないよな?」

不意にぽつりと赤髪の男性がつぶやいた言葉に、ん?とその場にいた皆が首をかしげた。もちろん。私もその一人だった。

不安で顔が青白くなったノアに対し、励ますようにヨシナリと呼ばれた少年はノアの背中をバシバシたたく。

「とりあえずリヒトさんに会ってみろよ。な?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る