第14話 新たな発見

新しい発見は、とてつもなく前進する、重要な事だった。

命令文が書かれたページを、善行が悔し紛れに破り去った。もちろん、偶然だ。正直、悪魔から直接何かされるのではないかとびくびくしていた。しかし、それはまったくの逆で、むしろ何もしてこないどころか、何も出来ないんじゃないかと悟る。

「どういう、事でしょう……」

再びベンチに座り直して、二人は忌々しい悪魔の書を見つめた。そして、善行の手に持った、破ってしまったページと交互に見比べる。

あの後、悪魔なりの復習なのか、次々と命令文が下った。当然の如く千秋は抵抗を見せて、そして結局は悪魔に乗っ取られてしまう。

しかし、それを見計らって試しに善行がページを破ると。

ピタリと悪魔の影はなりを潜めて、千秋はすぐに自分の意思で動けるようになった。

これは一体どういうことか。

善行も、千秋も首を捻るばかりだ。

しかし、疑問は渦巻くものの、この発見は有難かった。

何せ、これで悪魔に逆らう術を見つけたのだ。いつもならされるがまま、正直善行も千秋も命がけで挑んでいたことだって何度もある。そんな時、ページを破り去るだけで命令が削除されるのなら、それは願ってもないことだ。

「思うに、この本は悪魔の一部なんじゃないかな」

「一部?」

「うん。悪魔と何かしら繋がっていて、その一部が切り離されると、機能しなくなる。人間の腕や足のように」

「だから勝手に文字も浮かび上がるし、私を操れる?」

「どうだろう。確証はないけれど、可能性はあるよね。そうしたら、今まで謎だらけだったこの本について、少しだけ紐解ける。……気がする」

絶対、とは言い切れない。そもそも、この本や悪魔が非科学的なものであり、現代に生きる善行たちには元来理解できないものなのだから。

しかし、そんな曖昧なものでも、千秋は納得したように頷くと、少しだけ本に向ける視線の色を変えた。いつもなら、後悔や恨みといった、無機質な瞳から僅かに漏れる暗い感情だったのに。今は、少しだけ慈しみのようなものでさえ、伺える。

「米倉さん?」

「……はい」

「どうしたの」

「いえ、なんだか。これで悪魔の命令を聞くことはなくなるかもしれないって思うと嬉しくて。もしかしたら、このまま契約が切れるのかもって」

「切れるよ」

善行は断言する。千秋の瞳を覗き込んで、しっかりと頷く。そして、もう一度、ゆっくりと、力強くその言葉を発する。

「絶対に、切れるよ。この本は、米倉さんの前から消えるんだ」

千秋はその言葉に、どうしていいか分からずに目を泳がした。他人で、初めてそんなことを言ってくれた彼に、どう反応していいのか。いつも支えてもらってばかりの自分が、酷く情けなくて、だけどもっと甘えてみたいとも思う。

この感じ、なんだろう。

千秋は感じた事のない感情に、もやもやが拭いきれなかった。

それでも、感謝の言葉は忘れない。

「ありがとうございます」

「気にしないで」

眼鏡の奥で嬉しそうに微笑むその瞳に、少しだけ見惚れた。千秋よりも、ずっと綺麗なその瞳は、どうしてそんなに曇らないんだろう。まだ治っていない痣さえ、美しく見える。お節介男と呼ばれる彼ゆえなのだろうか。

次第に淡く光り始めた本を、善行は遠慮なく開いて、そして破る。

本日四度目の光景に、千秋も少しばかり安心感が得られた。これで、自由なのかもしれない。

少しだけ痛む腕をさすって、千秋は開いたままの本を、最後のページまで飛ばした。

最後には、いつも決められた言葉が載っている。

――米倉千秋の魂を捧げろ。

つまり、死ね、と書かれている。

善行は初めて見るその命令文に眉を潜めた。話はしていたけれど、実際に見せたことがなかったのに気付いて、千秋は俯く。この運命も、いつか覆せるのなら。

「これが、最後の命令文?」

「はい。私が、死ぬときです」

そんなこと、考えたくないけれど。ぽつりと呟いたその言葉は、妙に重かった。

「だから、大丈夫だよ。僕が居る。この最後の命令分まで、絶対破り捨ててやるから。だから、安心して」

「……はい」

善行が居なければ、ここまで辿りつけなかった。ならば、彼を信じて千秋は生きることを考えればいいのだ。たとえ、それが空虚な未来だとしても。

腕をさすりつつ、千秋はやがて空に打ちあがる花火に見惚れた。パアン、と大きな音を立てて咲くその花は、幼い頃、窓辺で見たものとは比べ物にならない。こんなに間近で見れるとは思わず、無意識に声が漏れた。

「綺麗……」

「来年も、絶対見に行こう」

善行は約束をすると、千秋を見つめる。

花火に照らされた整った顔は、少しだけ泣きそうだった

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