第5話 奇怪な行動

荒井善行は常々お節介な男だと言われている。家族から、友人から、教師から。本人にそんなつもりはないのに、いや、ないからこそ、周囲から鬱陶しがられる。

重度のお節介であることが問題となって周りの関係を悪化させたことだってある。本人は面倒くさがりだと自己分析しているのに、ちっとも面倒くさがりではないし、困っている人を見かけると、無意識に手を伸ばしてしまう。

結果、学校中でお人好しの生徒会長と有名になってしまっている。

結局のところ、部活動の管理だったり、修学旅行の予算だったり、本当はもっと厳しくしなければいけないところを緩くして、生徒を甘やかしてしまう。

「このままじゃダメな気がする」

そう呟いて、善行は生徒会室を見渡した。またしても、冷房の効いた部屋に一人で書類整理。一人で何とかなるものの、メンバーが手伝ってくれないのは、善行の甘やかした態度が原因だろう。生徒会でまともに活動しているのなんて、自分くらいしかいない、と気づいたのはここ最近だ。そろそろ厳しく言わないと、つけあがるんだろうな、とは思いつつも何も言わない。別にいいか、と思ってしまっているのがいけないのだろう。

そんなお節介でお人好しな善行は、一人で球技大会の結果について書類を作り終え、ようやく一息ついたところだ。

貴重な昼休憩を使っての資料作成はもう手慣れたもので、最近では弁当を食べながら作業することも少なくない。

うんと背伸びをして立ち上がった善行は、ふと、先週の球技大会の事を思い出す。

善行のクラスは負けたのだが、いや、そんなことはどうでもいい。よくはないけれど、今考えていることに比べたらどうでもいい。

それよりも、だ。

米倉千秋。

彼女の事が、気になって仕方ない。まるで、あの子を見ているような気がしてならない。どうしても、心に引っかかってしまう。

「死ぬまで悪魔の操り人形って言ってた」

彼女の虚ろな目はすべてを諦めてしまった結果だろうか。生きたいとは、思わないのだろうか。自分だったら悪魔と契約を結ぶのは嫌だし、今後一切の楽しみをなくして死んだように生かされるなんてまっぴらごめんだ。

それに何より、自分たちには未来があるというのに。

それを棒に振って、素直に悪魔に従っている彼女は、酷く滑稽に見えてしまう。

まあ、ただ悪魔の命令の被害に遭っただけの自分が、とやかく言う権利なんてないのだろうけれど。

関わらないようにしよう、と決めて、生徒会室を出る。冷房を切って鍵をかけると、遠くの方で悲鳴が聞こえた。

「ッ!?」

何事かと思い、悲鳴があった場所へと駆け出す。職員室の奥の方からだったはずで、善行は書類を抱えて目指すと、突き当りのコンピュータ室の窓ガラスが滅茶苦茶に割れていた。破片はそこまで落ちていないものの、ここは二階だ。外の方がガラスの破片だらけで危ないかもしれない。

その横でガタガタと震えてうずくまる一人の女生徒。

教師は何事かと職員室から飛び出してきて、女生徒に駆け寄って来た。善行を追い越して複数の教師が窓ガラスに目をやる。その顔には呆れが混じっていた。

「大丈夫か、怪我は?」

「……大丈夫、です」

「……これ、誰がやったか教えてくれるか?」

教師は難しい顔をして問う。体育教師がほうきと塵取りを持ってきて、女生徒を避難させる。女生徒はしばらく黙って、俯いていた。

当然の反応だろう。目の前で、誰かが割ったとしたなら相当な恐怖が襲うに違いない。怪我がないのが幸いだった。

「割ったのは……」

女生徒の絞り出した声を聞きながら、善行が思い浮かべたのは一人の少女だった。

中学生のような童顔に、美しさを添えた、無機質な少女。奇怪な行動で、悪魔の言いなりになっている、哀れな人形。

「米倉千秋さん、です」

女生徒の言葉と、一階からまたも大きな音がしたのは同時だった。善行は咄嗟に階段を目指し、音のする方へと向かう。

転がるように一階に降りると、すぐ目の前にバッドを手に持った米倉が窓ガラスを割ろうとしているところだった。

善行は運動音痴の身体を叱咤して窓を割られないように身体を滑り込ませた。容赦ないバッドの打ち付けが善行を襲う。

自分が傷つけたのが窓ガラスじゃないことに気付いた米倉は、顔を青ざめさせて一歩後ずさった。

「な、なん、で」

「それはこっちのセリフだバカッ!」

バシンッ、と大きな音がする。それと彼女の背後から教師がぞろぞろとやって来るのが見えた。しかし、善行は止めない。米倉が平手打ちされたと認識する頃には、善行は彼女の腕を掴んで激怒していた。

「何やってるんだ!一歩間違ったら生徒を怪我させてたんだぞ!それでいいのか!命令に従うのはいいけど、それで人に迷惑をかけるんじゃない!」

「でも、逆らえない」

「じゃあ何か、人を殺せって命令されたら殺すのか!」

「それは」

「出来ないだろ!何でもかんでも言いなりになるな!それで自分の人生壊すな!」

言っていることが無茶苦茶だという自覚はあった。彼女には彼女の悩みがあって、それは善行には想像もつかないだろう。抵抗できない理由もある。

だけど、それでも自分の生活にずかずかと入り込んで危険なものを放り込まれるのは嫌だった。ついでに何でもかんでも言いなりになって自分の意思を持たない米倉が気に入らない。

そんな彼は、結果的にこんなに熱く怒っていた。

「あなたには関係ないでしょう」

「ある!眼鏡を壊された!」

「そんなの、もう謝ったし」

「問答無用!もういい、アンタがそこまで無鉄砲に行動するなら僕が全て止める!僕が、その本と君を切り離す方法を探してやる!」

自信満々に言い放ってハッとなる。教師が訳わからんといった様子で見ている。そして米倉もポカンと口を開けてバッドを落としていた。

――あれ、今なんて言った?

まさか自分がこんなことを言うなんて思わなかった。だけど、言ってしまったら後の祭りだ。

それに。

米倉は、球技大会の時、泣いていた。善行には見えないようにしていたのだろうけれど、全てお見通しだった。

困っているように見えたのなら。

そしたら、手を差し伸べるしかないのだ。

呆れるほどにお節介な男は、こうして操り人形を元に戻すべく、一歩を踏み出した。

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