第2話 部員調査

荒井善行は有言実行する男だ。いや、というよりも思い立ったらすぐ行動しないと気が済まないタイプとでも言うべきか。ふと何か思いつくと、それをすぐにやらなければいけない気がしてくる。でないと妙に胸がざわざわして、落ち着かなくなる。テスト勉強をしていると、突然掃除がしたくなるという典型的なものは何度も経験済み。もちろん掃除はしてしまうし、その後に勉強もそこそこする。おかげで寝不足。やめてしまえばいいのに、律儀で面倒なことが好きな自分は、きっとこれが一生やめられない。

だから、善行は今日も頭にあることをすぐに実行した。今回は有言実行ではなく、無言実行。だって、言ってしまってはみんな誤魔化してしまうんだもの。

「げえ、生徒会長!」

「げえ、とは何ですか、げえとは。ほら、部員をここに全員呼んできてください。意味、分かりますよね?」

「もちろんですとも生徒会長様!でも、少しだけ時間をくれると嬉しいかなー……なんて」

「ちょっと何を言っているか分からないですね」

「そんなあ!」

放課後、時刻は午後四時半。場所は校内のとある小さな部室にて。抜き打ちで、生徒会長自らが部員調査に赴いたのである。

ここ、洗美高校は田舎の公立高校で、生徒数は千人以下。おかげで弱小の部活がかなり多い。なのに部活数は多い。となると部員人数は少なく、幽霊部員が多発するという事例が常だった。

しかしながら、いくら弱小で、部活数が多くとも、だ。部費は何処にでも支給されるし、おかげで余計な出費が嵩むこともしばしば。だからこうして、生徒会長が自ら部活の調査に行き、その部活がちゃんと活動しているのか、幽霊部員は居ないか、部費を無駄に使ってはいないかなど確認する。

メジャーな部活ならまだしも、風変りな部活には当然幽霊部員は多い。そう、例えばこんな部活だ。

「布団愛好部は、これだけ?」

「…………ハイ」

布団愛好部。文字通り布団を愛してやまない生徒が開いた、地味に長い歴史を持つ部活。主な活動内容は布団のもたらす効果、繊維の研究、メーカーの調査。文化祭で調査結果が出されるが、毎度片隅で飾られているにとどまる程度の内容。

というより、布団と結婚したいくらい好き、もう布団なしでは生きてはいけないと豪語する生徒による、ただの愛好会。

――まあ、布団の気持ちよさは分かりますけれども。

だとしても、だ。

目の前に、行儀よく整列した布団愛好部の生徒の数は二人。右から数えても、左から数えても、もちろん二人。ちなみに洗美高校の部活最低人数は三人。

「おかしいですね、四月の登録時点では四人だったはずですが」

「え、ええと……それは、ですね」

布団愛好部の部長だという彼は、目を泳がせた。まあ、ここで問い詰めなくても事態は予想できる。

「幽霊部員の方にはまた連絡をします。さて、報告はどうしましょうね」

「生徒会長様、どうかご慈悲を……!」

「却下です」

「そんな!だって、折角布団のかけ方によって眠り具合が変わるかもしれないという研究が進んでいるのに!」

「変わるんですか本当に……。まあ、それはよしとして」

善行はしばし悩み、目の前に並んだ二人を見やる。どちらも真剣な顔して布団を手に持っている。いささかシュールな光景だが、真面目に取り組んでいる証拠だろうか。

「……猶予期間として一週間あげましょう。その間に、幽霊部員を失くすこと。最低人数三人、必ず守って、活動するようにしてくれなければ、先生方に報告しますよ」

「ありがとうございます!頑張って布団の魅力を広めてきます!」

「はいはい、ではまた来ますね」

踵を返して蒸し暑い廊下へと出る。こんな弱小でへんてこな部活でも、冷房を使っているのだ。ちゃんと活動してもらわなければ困る。

さて次は何処の部活の調査に行こうかと思案していると、目の前に一人の生徒がやってくる。にんまりと笑ったその様子は、何かを企んでいるようで善行は後ずさる。また面倒なのが来た。

「よ、また調査?」

「そんなところ。でも、聡はそれを分かってて僕のところに来たんだろ?」

「よく分かってらっしゃる」

したり顔で隣に並んで歩くこの男は、大井聡という。善行のクラスメイトで、一番仲がいい友人でもある。

軽く流した茶髪、大きなたれ目、下がった口角。イケメンという部類には入るものの、何処かひょうひょうとした態度で、周囲にはそれなりに距離を置かれている。曰く、関わったら面倒なのだそうだ。

善行もそれは否定できないので、訂正はしない。というより、この男はいつも腹の底で何を考えているか分からない。もしかしたら、こちらが友人と思っているだけで彼は思っていないのかもしれない。そう思うと、皆が遠ざかっていく理由も分かる気がした。

「それで、部員調査をしている生徒会長に何の御用で」

「いやいや、それはもう分かってるよな?」

「分かっているからこそ聞いているんだよ……、毎回じゃないか、聡の邪魔が入るのは」

「邪魔だなんて失礼だな。俺は部員の事を思ってだな」

「はいはい、一旦グラウンド目指そうか」

二人で玄関を出て、広大なグラウンドに立つ。外ではサッカー部、野球部、陸上部がそれぞれ汗を流して必死に練習をしていた。夏の大会に向けて、鬼気迫っていると言ってもいい。

そんな中、グラウンドの片隅で数人が集まっているのを発見する。

まさしく、それこそ聡の持ち込んだ問題。というより、調査をするたびに押し付けられる仕事の一つだった。

「ここ一週間、運動部鑑賞会の一人が不登校です」

「またか」

ぼそりと言ったつもりが、聡には聞こえていたらしい。肘でつつかれ、善行はコホン、と咳払い。本音がダダ漏れだった。

目の前に居るのは、二年生の男子生徒が二人。そして、隣に運動部鑑賞会部長の聡。本来ならここに一年生の女子が一人居るはずなのだが、いつもこの生徒で問題が起きる。

ちなみに運動部鑑賞会というのはその名のとおり運動部を鑑賞するだけ。人間観察の好きな聡が作った、悪趣味な部活だ。

「今度はなんですか。引きこもりは治ったのでは」

二人の男子生徒に向かって問いかけると、だんまりだった。すると、代わりに聡が説明をしてくれる。

「いや、今回は単純なんだ。暑いのがダメなんだと」

「……引きこもりだから苦手とか、そういうことか」

善行は大袈裟にため息をつく。その女子生徒は、運動部鑑賞会に入部するなり、様々な理由をつけて、部活をやめようとしている。そして、その度に生徒会長の善行と部長の聡が説得に向かって何とかしている。そしてこれも数十回目だ。そろそろ飽きてきた。

重度の引きこもりなのに、外の世界に憧れて、せめて運動部を見ていたいという思いからこの部活に入ったらしい。しかし、現実はそう甘くない。引きこもりに炎天下の中活動するのは地獄に等しかったに違いない。

「やめられたら、今度こそこの部活潰れちゃいますよ~」

「大井先輩、今月までだし……どうしよう」

「はいはい、また説得に向かいますから。ひとまず落ち着いて」

聡は七月いっぱいで引退するらしい。おかげで部員は焦る一方だ。何とか自分が卒業するまでには女子生徒の引きこもりが治ればいいのだが。そう思いつつ、その場を離れた。そして当たり前のような顔をして聡もついてきた。そろそろ部活の終了時刻だし、そのまま帰る気だろう。

「ごめんな、善行」

「いいよ、これくらい。いつもの事だし」

本当は生徒会長の仕事ではないのに、受けてしまうのは彼が極度のお人好しだからだろう。それに本人は気づかず、毎度の如くこうやって様々な部活を救っている。

ふと、玄関前のベンチに女生徒が座っているのが見えて善行は立ち止まった。

ショートボブの髪に、透けるような白い肌。本を読んでいるため、顔は俯いているがそれでも誰か分かる。

今日の昼、階段から落ちてきて訳の分からないことを言った少女だ。

「どうした?」

善行が立ち止まったことに疑問を感じて、聡は先を行く足を止めて振り返る。

「いや……、あそこの女の子」

歯切れ悪く言って、少女に控えめに視線を向けた。すると、少女はいきなり本を閉じて叩きだした。バンッバンッと音を響かせて、どうしてそこまでするのか、叩き続ける。

やがてその奇行が終わると、再び本を読み始める。

一体何だったのか。

善行は引きつらせた頬を聡に向けると、彼は納得したように頷いた。

「変わってるだろ、あの子。入学早々からおかしな行動を連発するから、一躍有名人になったみたいだぞ」

「そうなんだ。今日の昼、階段から落ちてきてさ。でも、全然痛がらないんだ。それどころか本開いて、変なこと言ってきた」

「そうなのか?まあ、あの子にとっちゃ日常茶飯事だな。ちょっとどうかしてる」

聡はそう言うなりすたすたと先を歩いて行った。人間観察が大好きで、腹黒い聡でもあまり関わりたくない子なのかもしれない。

善行も再び歩き出して、少女から離れて行く。

昼間、言われた言葉をふと思い出して、善行は夕空を見上げた。

――貴方と話すのは、来週の水曜日、午後四時となっています

予言するかのように言い切ったその言葉は、一体どういう意味なのだろう。

少しだけ、来週の水曜日が怖くなった。

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