お節介男と人形少女
美黒
第1話 衝撃的な出会い
生徒会長の仕事というのは、ピンからキリまである。それはなってみないと分からないことで、まさかここまで追い込まれるとは思っていなかった。
主な仕事は部活の管理、行事の資料作成、イベントの新興、予算案の算出、その他エトセトラ。正直これは教員がやるべきなのでは、と思うものもいくつかあり、これは本当に生徒会長の自分がやっていいのか甚だ疑問である。もしかしたらここまで仕事を押し付けるのはこの高校だけかもしれない。
だが、それでもだ。やりがいを感じている自分も、相当この高校に毒されているのだろう。
「はあ……、もう少し」
眼鏡の位置を戻し、眉間をぐりぐりと抑える。細かい字を見すぎて、疲労が出ている。しかし、もう少しで終わる。そう思うと、諦めるわけにはいかなかった。頼まれたからには、最後までやり通す。これは責任の問題なのだから。
そうやって気合を入れ直し、手元の資料をまとめた。
生徒会室には彼――荒井善行以外に人はいない。副会長や書記など、手伝ってくれるであろう生徒たちは当初からやる気を見せておらず、善行が一人で回している状況だ。激務になるはずである。
しかし、善行はこの環境が好きだった。
ただ一人で、生徒会室の中央に座り、資料を作る。静寂の中に、紙が擦れる音だけが響く。それはまるで、どこぞの企業の社長のように思えるのだ。
もちろん実際に社長がこういった感じで仕事をしているのかは定かではない。ようは気分なのだ。一人で資料を作成して、黙々と、仕事を進める。なんとも出来る社会人のようではないか。
ちなみに今作っている資料は今週の金曜に行われる球技大会の予定表だった。
パソコンと紙を交互に見やって、カタカタとキーボードを走らせていく。開催日、七月六日。開会式、八時三十分、昼休憩、十二時三十分。トーナメント戦。
必要な情報を、簡潔に。見やすく。パソコンのデータにあるイラストを引っ張ってペタペタデコる。こういうのは女子がやった方が当然可愛いんだけどなあ。そうは思いつつも、自分のセンスを信じて、貼り付ける。
「うん、いい感じ」
ひとまずデータを保存して、USBメモリを抜く。これを生徒会の担当教師と体育担当の主任に渡して、OKが出れば終わりだ。後は大量にコピーするだけ。
ふと、善行は天井近くに立て掛けてある時計に目をやる。一時三十五分。そろそろ昼休憩も終わり、五限目の授業が始まる。
善行は慌ててパソコンの電源を落とし、机の上に散らばった資料をまとめてファイルにしまい込んだ。最後に冷房を切って、部屋を出る。鍵を閉めて、一息つくとむわっと暑さが襲い掛かる。
「……暑い、な」
七月上旬。まさに夏真っ盛り。冷房の効いていない廊下では、ものの数秒で汗を流すことになる。私立高校の友人が廊下も冷え切っていると以前に話していたのを思い出して、善行はため息をついた。やっぱ、お金の問題とはいえ、公立高校ってこういうところが不便だよな。
ぼんやりと考えつつも、USBメモリを手に職員室へと向かう。生徒会室と職員室は隣なので、すぐにつく。
「失礼します、球技大会の日程表を作ったんですけど」
「ああ、荒井、お疲れさま。相変わらず一人でよくやるなあ。お昼休憩なのに」
「いえ、これくらいなんともありません。確認してもらっていいですか?」
「ん、分かった。金井先生にも見せた方がいいよな?確認取れたらまた渡すから、今日のところはいいよ」
生徒会の担当教師は、目じりを下げて体育主任を探す。しかし、今は居ないらしい。これ以上居て授業に遅れるわけにもいかない。
善行は大人しく引き下がって、職員室を後にする。そして噴き出す汗。なんともまあ暑い日なのだ。太陽もたまには休めばいいのに。
善行は一旦教室を目指そうと階段を目指す。三階に繋がる階段は最奥で、早足で歩きつつも、彼の頭の中は生徒会の仕事でいっぱいだった。
とりあえず、球技大会の仕事はこれくらいでいいよな。次は部活の見回りか。幽霊部員とか、そういうのちゃんとチェックしないと。部費にも関わるし。
そうだ、今日の放課後にも見て回ろうか。
悶々と頭を巡らせて、善行は階段の踊り場に出る。
そう、善行は考えていたのだ。生徒会の仕事で、頭がいっぱい、足元を見て、流れ落ちる汗にも気づかずに、集中して歩いていた。
だから、最初何の音か分からなかった。
ゴロゴロゴロゴロ、と大きな音が目の前でして、善行は顔を上げる。一体何の音だ、と。
「え……?」
その音の正体は、すぐに分かった。
少女が、転がり落ちる音だったのだ。
三メートルもあろう階段を、上から漫画みたいにゴロゴロ音を立てて、抵抗もせずに落ちてくる。あまりに突然の出来事に、善行はぽかんと立ち尽くして、助けるという選択肢を取れないでいた。
そして少女は踊り場まで弾き飛ばされると、身体を容赦なく打ち付けた。受け身を取ることすらしない。
「大丈夫⁉」
ようやく動いたときには、少女はむくりと起き上がって、虚ろな目でこちらを見ていた。
ショートボブの髪が、透けるような肌に張り付いている。大きなつり目はこちらを見ているはずなのに、視線はかみ合わない。中学生にも見える童顔は、可愛らしさと美しさがせめぎあっていた。恐らく一年生だろう。
善行は慌てて駆け寄り、少女の腕を取る。階段でつまづいたのだろうか。少し鈍くさいのかな。焦る思考で余計な事を考えつつも怪我はないか見ようとすると、少女は恐るべき早さと力で善行の腕を払った。
そして、右手で抱えていた分厚い本をぱらぱらと開き、何やら読み始める。
「あ、の?大丈夫?」
いきなり何をしているのだろう。階段から落ちたのだから、痛がるとか、怪我をしていないかとか、そういうの、気にしないのだろうか。
突飛な行動について行けず、しかし放っておくわけにもいかない。善行は恐る恐る、少女の目を覗き込んだ。
すると、少女は読んでいた本を閉じ、何やら納得した様子で善行を無視して立ち上がる。足元がふらついていて、転んだ衝撃は大きい事が分かる。白くて細い足に痣が出来ているのを発見すると、なんだかやるせない気持ちになった。
「大丈夫なの?保健室、行った方がいいんじゃ」
なおも諦めずに声をかけると、今度こそ少女は善行に視線を向けた。そして、睨むような、だけど何処となく無機質な瞳で、こう言うのだ。
「離れてください。貴方と話すのは、来週の水曜日、午後四時となっています」
少女はそのまますたすたと立ち去り、善行だけが取り残される。奇妙な行動、訳の分からない言葉。
ただ、それだけが頭の中でぐるぐると巡っていて、彼女が遠くの方でふらついていることなど、眼中になかった。
一体、何だったんだ。
ただ、そんな言葉しか出てこない。
そう、これが荒井善行と奇妙な少女、米倉千秋の出会いだった。
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