第37話「飛び込みと禁止」

 『この先、撮影のみ禁止。』

 岬に立てられた看板を見て、僕らは首を傾げずにはいられなかった。

 …ここは岬の端、いわゆる崖の上である。

 そこにどうしてこんな看板があるのか。

 『飛び込み禁止』ならまだわかる。

 でも、撮影だけが禁止と書かれているのが何となく腑に落ちない。

「そんな看板いいからさ、それより俺の飛び込みのフォームのほうを

 ばっちり撮ってくれよ!どうせ写真集になるっていうんだから、

 気合いもばっちり入れてあるぜ!」

 そう言って海パン一枚になったテツヤの声に、僕は一つうなずくと

 カメラを持ち出す…。

 …そう、僕たちは卒業制作の一環として写真集を作っていた。

 テーマは『飛び込む人』というシンプルなもので、これまで川や

 プールといった浅い水の中に人が飛び込む姿を写真におさめてきた。

 だが被写体であり、現在も水泳部として活躍しているテツヤには

 低い場所からの飛び込み写真はかなりの不満なようで、「いっちょ

 大きいことしようぜ!」という彼の要望を受け入れた結果、こう

 して寒い中での崖下への飛び込み写真を撮る運びとなったのだ。

「いい感じに撮ってくれよ〜!」

 そうして大きく手を振るテツヤは、カメラのファインダーの中に

 ばっちりとおさまっている。

 あとは、僕が合図と同時にシャッターをおせば、自動的にテツヤが

 飛び込むフォームが連続写真で撮れるはずだ。

 そして、カメラから目を離すと僕は口に手を当てて大声で言った。

「いくぞ、3、2、1!」

 パシャパシャパシャパシャ…!

 連続で切られるシャッター、きれいに下へと落ちて行くテツヤ。

 そして、その姿が水の中へと消えた瞬間…

「こらあ!ここで写真を撮るなと言っておろうが!」

 唐突に上がった怒鳴り声に、僕は思わず飛び上がってしまった。

 見れば一人の老人が顔を真っ赤にしてこちらに向かって来る。

「看板の文字が読めんのか!撮影禁止だと書いてあるだろうが!」

 そうして、さらにまくしたてようとする老人に、今しがた上がってきた

 のであろう。タオルを身体に巻いたテツヤがやってきた。

「うう…さぶさぶ…ん?なんだよ。なんでじいさん怒ってんの?」

 すると、同時にカメラに接続されたパソコンに先ほど撮った写真が

 大写しにされる。すると、老人がぎょっとした顔をして、こう言った。

「ほうら、いわんこっちゃない!」

 そうして、パソコンを指さす老人に、俺たちは首をかしげてつられる

 ように覗き込んだ。

 …それはきれいな連続写真であり、画面には水へと飛び込むテツヤの

 見事なフォームが映し出されている。

「いいや、これからだ。」 

 すると、僕たちの心を読んだのか、老人が首を横にふった。

 そして、それに合わせるかのように画面に異物が写り込み始める。

「え…?なんだよ…これ?」

 そして、困惑するテツヤの声に合わせるかのように、それらは

 海面から上がって来た。

 …それは、ぱっと見、青白くひょろながい、幾重にも伸びた人間の

 手のようにも見えた。そして、それらがまるでアニメーションの

 ようにテツヤのほうへとじわじわと迫り上がっていく。

「おい、おい、おい、おい…!」

 パニックになったのか、思わずテツヤが声を上げる。

 そして、8、9枚と写真のカウントが増えるたびに、手とテツヤと

 の距離はますます縮まって行き…。

 そして、次の瞬間。

 ふいに画面に新たなる異物が写り込み、思わず僕は声をあげた。

「…これは、人?」

 そう、テツヤと手のど真ん中。

 そこにふいに一人の人物が入り込んだのだ。

 彼は、驚いたように口を開いており、途端に無数の手は彼の方へと

 伸びて行く…。そうして、次の瞬間には、水面に着水するテツヤと

 海水へと引きずり込まれる青年の姿が写り…写真は終わった。

「…ああ、やっぱり写ってしもうたか。」

 気がつくと、隣でぽりぽりと困ったように頬をかく老人の姿があった。

「何でか知らんが、ここで飛び込みの撮影をしようとすると、決まって

 こんな兄ちゃんが写り込んでしまうんじゃ。そうして、ここの海岸を

 管理しているわしのところに決まって苦情が来る…それで、もう嫌に

 なって、ここに看板を立てたんじゃよ。」

 そうして、再びスライドで写る連続写真に、僕らは目を落とした。

 写真にうつる青年は、海中に消えてしまったきり戻って来る様子は無い。

「うわさじゃあ、この人間は『タケシの兄さん』だと言われている。

 毎回写真を撮られるたびに、こうして腕に引かれて海中に落ちていく

 そうだ…ご苦労なことだとは思わんかね。」

 そうして、感慨深げにうなずく老人に、僕も同じようにうなずいた。

 そして、僕はパソコンのボタンに指をおくと、どうせ写真集に入れられ

 ないであろうその連続写真を、無言で消したのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

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