第35話「ラップ音」
パシッ、ピシッ、パタタッ…。
そんな音が、天井から頻繁に聞こえるようになって半月。
俺は不眠気味の頭を抱えると天井をにらみつけた。
…当然というか、上の階には誰もいない。
というか、俺以外のアパートの住人はみんなここにお化け
が出るという理由で引っ越しをしてしまった。
…そう、音なんか、するはずがないのだ。
そして、俺は自重気味に笑う。
就職活動でようやく得た職は、安い給料しかもらえない
雑用バイト。
引っ越せれば引っ越したいがそれは叶わぬ夢である。
そして、せめてこの音が止むまでのあいだどうせ眠れ
ないのならと考え、俺は携帯を取り出すと、暇つぶし
がてらに中のメモリを整理する事にした。
そうして、アドレス帳を見ていると俺はひとつの名前に
目がいった。
俺は基本的に、アドレスには人名しか入れない人間だ。
あだ名とか、略称とか入れることはない。
だが、そのアドレスにははっきりとこう書かれていた。
『タケシの兄』…と。
そして、そのアドレスを見た俺は、いつしか震える手
でその携帯番号を押していた…。
…その翌日、俺はいつになくさわやかな気持ちで朝を
迎える事ができた。
あれからラップ音は一切しなくなり、俺はぐっすりと
眠ることができたのだ。
すると、朝早くからバイト先の後輩、タケシからの電話
がきていることに気がついた。
『あ、先輩、はようっす。そっち、大丈夫ですか?なんか
うちの兄貴が迷惑をかけたみたいで…。』
その心配そうな声に俺は手を横にふるとタケシに言った。
「いいや、それより、そっちこそ大丈夫かい?何せ、君の
お兄さんに電話をしたら、突然天井の物音が一切消えて
電話向こうでタケシの兄さんの絶叫と、部屋中を何かが
叩き回る音が聞こえるじゃないか。それに通話は切れて
しまったしね…正直、心配していたんだよ。」
すると、電話口でタケシの苦笑する声が聞こえた。
『ああ、うちの兄貴でしたら大丈夫ですよ。死んでも生き
返れますし問題ありません。』
そうして、タケシは深いため息をついた。
『それよりも通信でメルアド交換すると、自分以外のメール
アドレスも交換されちゃう機能にはまったくこまりますよ。
それで先輩にまで兄貴の番号が行っちゃうなんて思っても
みませんでした…。』
その言葉に、俺は首を横にふって応えた。
「いやいや、むしろ助かった。アドレスくれてありがとな。」
そうして、俺は電話を切ると天井を見上げた。
そこにあるのは、何の変哲も無いただの白い天井だ。
俺はほうっと一息つき、大きく伸びをすると、朝食を作る
ために起きあがる事にした…。
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