第33話「船幽霊」
「船長、船が、船が沈んでしまいます。どうしますか!?」
船員である佐藤の言葉に船長の海原はうなり声をあげた。
海は時化で荒れており、小さな漁船の船内には早くも
海水が入りこみはじめている。
…しかし、それだけではなかった。
『ひしゃく〜』
『ひしゃくをくれ〜』
『ひしゃく〜』
何千、いや、何万本もの腕が船をとりかこみ、
ぴしゃりぴしゃりと船の側面を打ち続けている。
その腕の動きは高波をさらに大きくし、甲板に容赦なく水を運ぶ。
「…昔から、時化の日には船幽霊が出るとは聞いていたが、
まさかここまでとは…。」
「感心しているばあいじゃないですよ。
それよりも、彼らの欲しがるひしゃくか何かの容れ物を…」
「馬鹿か!」
そう言うと、海原は部下を一喝した。
「船幽霊はそう言って手に入れたひしゃくで船を沈める幽霊なんだ!
むざむざと獲物を渡す人間がどこにいる!」
しかし、それを言った瞬間、船長の顔に勝機が浮かんだ。
「獲物…そうか!」
そうして、船長は慌てて自分の船室から鞄を取り出すと、
アンテナが圏内なのを確認し、大急ぎで携帯電話をかけた…。
…ところ変わってタケシの家。
そこに一本の電話がかかってきた。
「はい、タケシの母親ですが…はい?不毛丸の船長さん?
はい、はい、息子にかわりますね。」
そう言って、タケシの母はタケシの兄に電話を渡す。
そして、タケシの兄は入浴中であるにも関わらず快く電話を受け取る。
「はい、もしもし。代わりました。ご用件は…?」
しかし、次の瞬間、浴槽の壁の周囲から何千という腕が生え始め、
風呂桶や椅子、はてはシャンプーボトルまで持ち出して、浴槽に
水を入れ始めた。
「え?あ!ちょっと〜!?」
『ひしゃく〜』
『ひしゃくをくれ〜』
『ひしゃく〜』
そして、ざばり、ざばりというすさまじい音と、タケシの兄さんの
悲鳴とが聞こえ…それとともに電話は切れた。
「…終わったみたいだぞ。」
…船長は携帯を切ると、額の汗をぬぐった。
見れば、船の周囲には船幽霊はすべて消えている。
そうして、呆けた表情の部下だけが残されていた。
そして、彼はおそるおそる船長に聞いた。
「…すごい、船長。魔法かなにか使われたんですか?」
その言葉に、携帯を鞄にしまいこんだ船長は首を横にふった。
「…まあ、強力なまじないみたいなもんだよ。
知り合いにそういうツテがあってね、
あらかじめ番号を教えてもらっていたんだ。」
そうして、船長は部下に船を操舵するように言うと、
周囲を見渡してふうっと息を吐いた。
「まあ、命あっての物種だ。タケシの兄さんの番号が使えてよかった…。」
そうして、船長も様子を見るために操舵室へと戻って行く。
いつしか、波はおだやかになり、空には大きな満月がのぼっていた…。
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