第24話「クラクション」

「ねえ。このトンネルの真ん中でクラクションを三度鳴らすと

 何人かの幽霊が出るんだって。」

 そう言いながら、先月、車の免許を取ったばかりのツムギは

 火葬場近くのトンネルに入るとスピードを落としはじめた。

 一人暮らしの女友達同士だからできる真夜中のドライブ。

 暗い国道にひと気はまったくない。

「やめようよ。もし、人が来たらびっくりしちゃうよ。」

 のろのろ運転の車内で私が声を上げると、ツムギはけらけらと

 笑った。

「だいじょうぶ。こんな夜中なんだから、人なんていないって。」

 そうして、ツムギはトンネルの真ん中までくると、素早く三度

 クラクションを鳴らした…クラクションの音は以外に大きく、

 トンネル全体に響き渡る…。

「…ね?だいじょうぶでしょ?」

 少し緊張していたのか声を浮つかせるツムギに、私は小さくうなずく。

 トンネルの中は未だ音の余韻が残っているようで、どこか気味が悪い。

「も、もういいよね。帰ろう?」

 もとより、女二人が夜道を車で走る事がばかげているのだ。

 ツムギもそのことに気づいたのか、私達はそうそうにトンネルを退散した。 

 …そうしてしばらく走っていると、後ろのほうからクラクションの音が

 聞こえてくることに気がついた。

 それは断続的で、どうやらこちらの車に向かって鳴らしているように

 聞こえる。バックミラーを見ると運転手が必死の形相でこちらを見ていた。

「え?何なに?ちょっと車止めるね?」

 そう言うと、ツムギは安全のために近くのコンビニに車を停め、車内から

 おりた。その瞬間、後ろの車も隣に停まり、中から剣幕な顔をした男が

 転がり、私達に一喝した。

「こるぁ!おまえら、なに人を屋根に乗せたまま走っとんじゃあ!」

 え?と思い、私もツムギも車のボンネットを見る。

 そうして、私達は目を丸くした。

 車のボンネット。

 その上に、タケシの兄さんが腹這いになって乗っていた。

 しかも、その体中にはこれでもかというくらいの血の付いた手形が

 ついている。その痛々しい様子に、私はあわてて救急車を呼ぼうと

 スマートフォンを取り出した。

 しかし、その手を運転手の男が止める。

「ちょっと待ちや。姉ちゃんたち、もしかしてあの『幽霊トンネル』

 でクラクション鳴らさんかったか?」

 私達は、その運転手の言葉に素直にうなずく。

 すると、その運転手はワケ知り顔でうなずいた。

「あー、姉ちゃんたちもやっちまったか。あのな、ここのトンネルで

 クラクションを鳴らすと、なーぜかタケシの兄ちゃんが背中に手形

 がぎょーさんついた状態でボンネットの上に乗んねな。で、毎度の

 ことすぎて警察に話しても、もう取り合ってもくれへんの。」

 そう言うと、運転手はよいしょとボンネットにいるタケシの兄さんを

 降ろすと、自分の車の後部座席に乗せた。

 そうして運転手は車に乗り込むと、窓を開けて私達に言った。

「だからな今回のことは見逃しとくから、もう二度とそんないたずら

 せんで欲しいな。おじさんとの約束やで。」

 そうして、おじさんは車を出すとタケシの兄さんを乗せたまま、

 夜の国道を進んで行った。

 こうして私達はぼうぜんとしながらも、運転手のテールランプが

 消えていくのを待った。そうして、誰とも言わず車に乗り込むと

 お互いに帰路についたのであった…。

 

 

 

 

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