第23話「賽の河原」

 彼岸花が一面に咲いている。

 私がその中を歩いて行くと、それに合わせて霧が晴れて行く。

 だが、まだ先は見えない。

 …とにかく、前に進まないと…。

 そんなことを思っていると、向こうの方から手をふる人たちが

 いることに気がついた。

「おおーい、よっちゃあーん!」

「よしこさあーん!」

 霧深い場所はずなのに…なぜか表情がはっきりと見える。

 そうだ、あれは子供のころに遊んだ岸川くん。

 あっちは仲の良かった義姉の桜子さんだ。

 そうして、足を進めようとするとふいに目の前の土手を下った先に

 川が流れていることに気がついた。

 …どうしよう、このままでは進めない。

 すると、目の前に今時古風な小舟があることに気がついた。

 私は土手を下り、そこにいる渡し守に話しかけようとした。

 しかし、渡し守は私が近づくと、横に首をふる。

 『そちらの方が優先です』

 そして、そう言わんばかりに私の後ろのほうを指をさすと、

 渡し守はその人を手招いた。

 そうして歩き出す人を見て、私は思わず声をあげそうになった。

 そう、それは隣の家にすむタケシのお兄さんだった…。

 そして、タケシのお兄さんはそのまま渡し守に担がれると、

 器用に片手で櫂を操る渡し守に連れられて、

 対岸へと渡って行った…。

 …そこで、私は目が覚めた。

 私の近くには娘と息子夫婦がいて、みんなが嬉しそうに泣いている。

 そうして、いっそう泣きはらした目のタケ坊が私にこう言った。

「よかった。兄さんが無事ばあちゃんを引き戻してくれたんだね。」

 聞けば、私は昨日の夜に心筋梗塞で倒れて、もう命はないと医者に

 言われていたらしい。

「でもさ、可愛がってくれた近所のばあちゃんがいなくなるのは

 さみしいじゃん。だからさ、俺は嫌がる兄貴を引きずって、無理矢理

 ばあちゃんのところにつれてきたんだよ。そしたら、あんのじょう、

 ばあちゃん、息を吹き返して…俺、嬉しくって…。」

 そう言うと、タケ坊はもう一度泣いた。

 …そう、私の子供たち夫婦には子供ができなかった。

 だからこそ、隣の家のこの兄弟を、まるで自分の孫のように可愛がって

 いたのだ。

 …それにしても、ここまで思ってくれてるとはね…。

 私は、目の前で泣きじゃくるタケ坊の頭をやさしくなでた。

 そうして、あの恩人でもあるタケシのお兄さんのことを聞いてみる。

「えっ?兄貴?今は集中治療室にいるよ。病室でぶったおれてさ、今んとこ

 生死の境をさまよっているところ。でも大丈夫。いつもなら、たぶんあと

 三日でもどってくるよ…俺の兄貴だし。」

 そう言うと、タケ坊はくったくの無い笑顔でわらった。

 …彼がそういうのだから、きっとそうなのだろう。

 医者の話では今の私はぴんぴんしていて、あと二十年は大丈夫という話だ。

 申し訳ないけれど、先に逝った岸川君や桜子にはまだ当分あえそうにない。

 でもいいのだ、私にはこんな素敵な家族がいるのだから…。

 私は病室の窓を見つめる。

 そこには、まだ残る小春日和の温かさと色づくカエデがみえていた…。

 

 

 

 


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