第21話「背後の気配」

 シャワーを浴びていると、背後に人の気配がする。

 そういうときには自分の後ろに霊がいるらしい。

 修学旅行に来ていた俺は、そういう噂にはめっぽう弱く

 正直、偶然耳に入ってしまったこの話に内心怯えていた。

 …だが、風呂には入らねばならない。

 修学旅行は翌日もあるのだ。

 …ここでこぎれいにしておかないと女子に何を言われるか

 わかったもんじゃない。

 俺は意を決すると、カチリとドアを開けて風呂場へと入った。

 修学旅行の一人部屋。

 本来ならば得をしたという気持ちにもなろうものだが、噂を

 耳にした俺は緊張感とともに湯船に浸からざるを得なかった。

 …だが、一人の風呂というのは存外気が緩むものだ。

 風呂釜にシャワーの湯を流し込めば湯気がもうもうと立ち上がり、

 冷たい風呂場がしだいにあたたまっていく。

 そして風呂からあがり、シャンプーに入るころには、

 噂の大部分が頭から抜け落ちていた。

 …背後からの視線を感じたのは、シャンプーも佳境に入って

 きてからのことである。

 最初は、ぽつりとした二つの点のように感じられた。

 しかし、それは次第に増えていき、今や十数人ほどの視線が

 俺の背中に注がれているのが感じられた。

 当然、そんな視線を感じれば俺はパニックに陥る。

 …いったい自分の後ろには、いま何人いるのか…

 把握出来ない恐怖に、俺はシャンプーを流す事もできないまま

 一人風呂場で固まっていた。だが、同時に俺は気がついた。

 後ろのほうから、妙に聞き慣れた声がしはじめたことに…。

「うわ、ちょっ、やめろ、やめろって!何人いるんだよ?」

 この声に俺は聞き覚えがあった。

 身近なようでいて、頼りない感じ…。

 そうして、俺はすぐに声の主に思い当たった。

 …そうだ、これは一緒に旅行に来ていたタケシの兄さんの声だ。

「ちょ、やーめーろーよー!担ぐな、俺を担ごうとするな!」

 その言葉に、俺は耳を疑った。

 それと同時に、背後から「わっしょい、わっしょい」

 という細いながらも威勢の良いかけ声が聞こえて来る。

 それに、誰かが担がれているような気配もする。

 どうやら、タケシの兄さんは後ろの何かに担がれているらしい。

 そして俺は、自分の頭に残るシャンプーに気がついた。

 …そうだ、このシャンプーのせいで後ろで何が行われているのか

 見ることができないのだ、もどかしくって、しょうがない!

 そうして、俺はたまらずシャワーを全開にすると、一気に

 シャンプーを流して後ろをふりかえった。

 …しかし、時すでに遅し、後ろにはもはや誰もいなかった。

 俺はあきらめて身体を流すと、もう一度湯船に浸かった。

 そうして風呂から出て頭を拭いていると、先生が点呼がわりに

 部屋に来て、こう言った。

「お前、タケシの兄さんを見なかったか?なんか、みんなと大浴場に

 入っていったら、急に行方不明になったらしいが…。」

 しかし先生はすぐにため息をつくと、首をふった。

「ま、あいつのことだそのうち戻って来るだろう。」

 そして、先生はドアをしめると次の部屋へと見回りに行った。

 だが、俺は確信していた。

 どうやら、俺が風呂に入っているときにタケシの兄は俺の後ろに

 いたらしい…そうして風呂場のお化けに連れて行かれたのだ。

 …でも、なんでわざわざ俺の部屋まで来たのだろうか…?

 疑問はいくつもわいてくる。

 …でも、明日は修学旅行の二日めだ。

 先生に言われた通り、早めに眠るにこしたことはない。

 そして、俺はそれ以上考える事をやめると、独り部屋のベッドに

 入った。そうしてあの風呂場で聞いた「わっしょい、わっしょい」

 というかけ声を思い出しながら、深い眠りに落ちて行ったのである…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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