第7話「真夜中の職員室」

 この学校に赴任して二ヶ月になる。

 私は、はじめての宿直当番となり、少々緊張していた。

 上の階から、音楽室、理科室、視聴覚室、と回って、

 何事も無いまま最後の職員室にさしかかったときに、それは起きた。

 トゥルルル…トゥルルル…

 電話が鳴っている。

 それも、校内の内線だ…場所は…音楽室。

 そこには誰もいなかったはずだ。

 私は、緊張しながらも受話器を取った。

「もしもし…。」

 すると、電話の相手は答えた。

『あ、はい、何のようですか?』

 …あれ?これ、タケシの兄さんの声じゃないのか?

 私はさらに問いつめてみた。

「あれ?キミってタケシくんのお兄さんだよね?

 …音楽室でなにしてんの?」

 すると、タケシの兄さんは「あーあ」と言わんばかりに

 ため息をついた。

『あー、その声はこのあいだ赴任して来た、こばやし先生でしょう?

 んで宿直中?うわー、運が悪いですねー…。』

 すると、電話の向こうで母親らしき声が聞こえる。

 どうやら、タケシの兄さんが次の風呂の順番だと呼んでいるらしい。

『あー、なんかすんません。

 おふくろに風呂呼ばれちゃったんで入ってきます。

 お務め、ご苦労様です。』

 こうして、電話は切れてしまった。

 私は受話器をおくと首をひねった。

 うーん、おかしい。

 見れば、向かいの窓から見える三階の音楽室には明かり一つついていない。

 しかも、電話越しに聞こえた感じではあきらかに家の電話っぽかった。

 …混線しているのかな?

 そんなことを考えていると、再び電話が鳴った。

 今度も内線、しかも理科室からだ。

 私は急いで電話をとった。

『あー、もしもし?すんません、いま服脱いでるとこなんで、

 ホントかんべんしてくださいよ。』

 電話からは風呂場だからか、反響するような声とシャワーの流れる音がする。

 私はそれを聞いて膝から崩れ落ちそうになった。

 まただ…また、タケシの兄さんにかかってしまっている…。

「ああ…なんか、ごめんね。夜中にね、うん。」

 そうして窓を見ると、

 やっぱり二階の理科室には明かりも何もついていなかった。

 私はそれを確認すると、静か受話器を戻そうとした。

 しかしそのとき、

 私は受話器の隣に小さなメモが貼ってあることに気がついた。

 そこには、丁寧な字でこう書かれていた。

『深夜過ぎの内線は、すべてタケシくんのお兄さんにかかってしまいます。

 彼が可哀相なので、とらないであげてください。 井上』

 それは、前回の宿直当番の井上教頭の文字であった。

 …誰もが、通る道なのか…。

 私はそのメモを見つめると静かに受話器を置いた。

 その途端、

 職員室中にある電話機という電話機から内線のコールが鳴り出した。

 それは図書室、家庭科室、そして職員室すべてからかかっているようだ。

 でも、私はすぐに気がついた。

 …たぶんこれも、

 みんなタケシの兄さんにかかってしまうんだろうな…。

 そして私は、その様子を眺めつつもコールが無数に鳴る職員室をあとにした。

 そう、タケシの兄さんに今後幸あらんことを祈りながら…。

 

 

 

 


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