作家たち

藤崎

第1話


「この中に一人殺人鬼がいる。そいつを探し出せ」

こういう類の映画は何本か見た記憶があるが、今この場ではどうだろうか。

出口のない白い部屋に七人の男女。

中央テーブルには一丁の拳銃。

この中にいるのは六人の殺人鬼と、一人の善人。

誰をも殺めたことのない人間はただ一人だけ。

その一人を探し出せば、この茶番も終わるらしい。


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「こ…こんな感じでどうでしょうか」


自信なさげに声を上げたのは佐藤だった。


「おお!いいじゃん!面白そうじゃん!」

「佐藤っち、やるぅ~」

「あ…ありがとうございます…」


部屋には五人の男女がいた。

みな木製の椅子に腰掛け、輪になって中心の“それ”を囲んでいる。


「なぁ、これで良くないか?」

「僕はこれでいいと思う~」

「アンタはどうよ」

「私は別に何でも。内容詰めていけばいいだけだし」


口々に話す彼らは、年齢も格好もバラバラだった。


入口に一番近い場所に座っているのは佐藤という男だ。

小太りで背は低く、先程から喋る度にどもっている。

常にキョロキョロしており挙動不審だが、それを指摘するものは誰もいなかった。


佐藤の右に座っているのは曽根山。

細身のジーンズにアロハシャツを着ており、逆立った金髪が目に痛い。


曽根山の右は須和という少年。

「小学生か?」という曽根山の問いに「違うし~」と答えていたが、短パンの制服姿はどう見ても小学生だった。

「じゃあ中坊か」と問うと、「だから違うってばぁ~」と頬を膨れさせた。


「で、詰めるってどうすんの」

「は?」

「だから、内容詰めるってどうやってやるんだよ」

「どうって、普通に詰めればいいじゃない」

「普通ったって出来るわけねぇだろ!俺たち素人なんだからよぉ」


ブーブー言っている曽根山を横目で鬱陶しそうに睨んでいるのは、東海林という女だ。

長い黒髪をキツく縛り上げ、縁の細い眼鏡をかけている。


「素人だろうが何だろうがやるしかないのよ」

「でもよぉ」

「でもでもうっさいわね、口へし折るわよ」

「口ってどうやって折るのぉ~?」

「黙って。あんたの天パも引きちぎるわよガキ」

「あ~ん、怖いよぉ~!あと、僕天パじゃないよ~!」

「あ、あの…」

「何よデブ」

「す、すみません…あ、でも、そ、そろそろ時間が…」


騒いでいる四人をニコニコと眺めていた男、潮田がここで初めて口を開いた。


「時間がないから、さっさと考えちゃいましょう」


潮田の一言で全員が静かになり、議論は再開された。


「でもさぁ、本当にどうやって詰めるわけ~?」

「方法は色々ありますけどね」

「方法?」

「トリックから先に考えるとか、人間関係から考えるとか」

「トリックとか分かんねぇよ」

「なら、終わりから考えましょうか」

「あ?おわり?」

「オチを先に決めちゃうんですよ。で、後からそこに辿り着くまでの過程を考える」

「お!何かそれ良さそうじゃねぇか!」


それなら俺にも出来そうだなと呑気に笑う曽根山を、再び睨みつける東海林。


「あんたみたいなDQNには無理よ」

「あぁ!?詰めろって言ったの、あんただろ!」

「も~喧嘩はだめだよぅ~」

「天パ童貞は黙ってて」

「だから天パじゃないってば~。あと、童貞でもないよぅ~」

「え、ど、ど童貞じゃないの…」


あっという間に騒々しくなった場を、パンパンと手を鳴らす音で塩田が鎮めた。


「三人寄れば文殊の知恵。五人寄れば何とやら。みんなで考えましょう」


曽根山はチッと舌打ちをし、椅子にふんぞり返る。

東海林も深いため息をつくと、長い足を組み直した。


「あ、あのぅ…オ、オチから考えるってことでいいですか…」


少し張り詰めた空気の中で一番に喋りだしたのは、意外にも佐藤だった。


「それでいいんじゃないでしょうか。みなさんに異論がなければ、ですが」

「俺はいいぜ」

「ぼくも~!なんか楽しそうだし~!やってみようよ~」

「東海林さんも、いいですか」

「だから私は何だっていいわよ」

「ではオチからということで」


方向性が決まったところで、床に転がっていた誰かの腕時計アラームが鳴った。

うるさいなぁ~と顔をしかめた須和は、その小さな足で腕時計を踏み壊した。


「あっ」


動揺したのは佐藤だけで、他の四人は平然としている。


「改めて言ってもらってもいいですか、佐藤さん」

「え、え…?」

「さっき考えていただいたあらすじ」

「あ、あぁ……は、はい…」


俯く佐藤に、東海林が呆れた声を出す。


「腕時計くらいで情けない…」

「す、すみません…」

「大丈夫ですか」

「あ、はい…」

「あらすじをもう一度お願いできますか」

「はい…。えっと…な、七人の男女がいて、みんな殺人鬼で、そ、それで一人だけ、善人が…います。一人の善人を見つければ…お、終わります」

「うん、やっぱ面白ぇじゃねぇか。よく考えたな」

「佐藤っちオタクっぽいもんねぇ~。ねちっこい本とか読んでそうだし、こういうの考えるの得意なんだね~」

「そ、それほどでも…あ、ありませんけど…」

「褒めてないわよ」

「こ、こんな感じで、大丈夫でしょうか…」

「はい、ありがとうございます」


五人は“それ”を見つめた。

各々の調和はまるで取れてはいなかったが、みな同様に思っていた。

今日中になんとかしなくては、と。

強迫観念にも似た思いが五人をこの場に留めていた。


「では、作りましょうか。傑作を」


目の前の原稿はまだ、真っ白のまま。

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作家たち 藤崎 @jamzzmy

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