禁書――リベル・プロヒビトゥス――
神山棘人
第一話
~~序章~~
私、カンブレのベルナルドゥスは、自らの取るに足らないが、それなりに数奇な人生の末路を迎えるに及び、これまで私が経てきた様々な事柄、特に、ここ数か月の内に私が経てきた事柄を、書き留める。私の生涯など、本当に取るに足らないものでしかないが、しかし今や
私は、フランドル地方のカンブレで、パン焼き職人の取るに足らない両親から、三番目の息子として生まれた。様々な偶然によって、幼い私は見出され、両親の元から離れて、修道院で特別な学問を受けることとなった。私の資質は開花して行き、遂には貧しい家の生まれながら、カンブレを離れて
巴里大学の教授陣は、恐らくは噂通り
そして私は、恐るべき真理を知ってしまったのだ――知らなくてもいい真理に。けれども、知ってしまったからには、もう戻れなかった。
そして、真理を口にし、真理を追い求める私達に対して、遂に敵がその戦いを開始した。敵は
一、
遠くから望んでいた時には、まだ辛うじて常緑樹が息をしているだけかのように見えた凍えた山肌も、近付けば既に馬酔木や山桃の花が綻んで、ちらほらと可憐な姿を見せ始めていた。ごととん、ごととんと音を立てながら、官鉄中央線の列車は奥多摩山系を快調に駆け上がっていったが、進めば進む程に、蕗屋清一郎は
上り坂を懸命に駆け上がるED一七形電気機関車はけたたましい駆動音を上げた。いよいよ山深く入るにつれ、車窓から見える光景には、遠く見渡せる景色がなくなり、間近に迫る山々の背と、それらの間を通る皺のような谷合ばかりになる。蕗屋は東京駅で手に入れた路線図で降りるべき停車場の名を改めて確認した。大丈夫、気付かずに通過してしまってはいないと、自分に
蕗屋の戸惑いなど御構いなしに電気機関車は力強く進んで行き、少し開けた野に出て
停車場の敷地を出て、猶きょろきょろしていると、紫紺の銘仙を着込んだ一人の婦人が蕗屋の顔――というよりも、着用している白線入り学生帽やマント、学生服――をまじまじと見つめながら、やがてぎこちなく近寄り、おずおずと声を掛けてきた。
「……もしかして、清一郎さん?」
それは紛れもなく、つい最近も受話器越しに聞いた、聞き覚えのあるものだったので、蕗屋は
「まぁ、写真では見ていたけれど、こんなに大きく、頼もしくなって……」
「どうも、本当に御無沙汰してしまって……御久しぶりです」
「いいえ、こちらこそ、学業に忙しいだろう処を、遠路はるばる呼び寄せてしまって、本当に御免なさいね……」
「いえ、それはいいのです。それよりも一体……何があったのですか?」
何故か哀しげな微笑みを浮かべつつ、桂子はその問いに答えようとはしなかった。
「そうね……取り敢えず、うちに行きましょう。まだ少しここから歩かないといけないのだから。御免なさいね、遠くて。疲れているだろうに……」
今回の件は、道端で話せるような内容ではないのだろうと、蕗屋は納得した。一刻も早く事情を知りたくはあったが、兎に角先方の家に着くまで、こちらからは切り出すまい――蕗屋の記憶の中では、洋髪で垢抜けていた「桂子伯母さん」は、今や引っ詰めた髪に白いものが多く混じるようになっていた。それが如何なるものなのかまだこの時の蕗屋には知る
蕗屋清一郎は、京都の第三高等学校(註1)――世に云う「三高」――の文科丙類に通う学生である。仕事の都合で台湾に暮らす父母と離れて、京都の小さな下宿屋で独り暮らししている彼が、遠く葛瀬村に住む伯母から突然の電報を受け取ったのは、三月十日のことであった。
「フシオニイチタイシアリシキウレンラクコウ」
フシオとは、宮瀬不二夫――間も無く中学四年(註2)になる従弟のことに違いない。三高に入学し、周囲から秀才と評される蕗屋でさえも舌を巻くような、早熟の若き天才。長らく会っていないにも拘らず、自分を兄のように慕い、知的刺激に満ちた手紙を送り続けてくれていた彼に「一大事あり」とは? 驚いた蕗屋は、下車屋のおかみに電話を借りて、直ぐに宮瀬家へ電話を掛けた。しかし、「兎に角、こちらに来て、力になって欲しい」「もう、私達では訳が分からない」「貴男しか頼りになる人がいない」などと強く頼まれこそすれ、その理由については曖昧に答えるばかりで要領を得ない。ただ、受話器の向こうから聞こえてくる宮瀬桂子の声は詰まりがちで、何か常ならぬことが起こっているのは確かであると思えた。幸い、学校は春期休暇中で時間はあった。こうして蕗屋は請われるままに、伯父一家の住む――
その里、比頭郡葛瀬村は、関東山地のただ中、
葛瀬村は全体として袋小路状の地形をしており、浅い
「懐かしい? 清一郎さん」
「ええ――この音は懐かしいです、とても。……でも、それ以外はまだ充分に思い出せていないんですが……」
「もう十年――正確には九年かしら――振りくらいですものね。ここによく来ていた頃は小さかったから、仕方ないわよ。又野君とか、熊城君とか……よく遊んでいたの、覚えてる? 後、誰がいたかしら? そう、確か、野末さんの処の御子さんとか、鍬辺君とか……。今はまだ、出稼ぎや商談で村を空けているけれど、野良仕事も始まったし、また、直にあの子達も帰ってくるわ」
「マタノ、クマシロ……。いえ、覚えてないなぁ」
「貴男達、
「――あの辺り、覚えていない? 貴男達、本当によく遊んでいたのよ」
そう云って指差した彼方にあったのは、「
「……覚えてます……というよりも、思い出してきましたよ。そうだ、そうだ……」
懐旧に耽る蕗屋を、桂子は微笑みながら眺めた。
「村に御帰りなさい、清一郎さん」
都会暮らしと、怒涛のような青春期の日々の中で、すっかり埋没していた蕗屋の無邪気だった頃の記憶が、実に九年ぶりに、活き活きとした像を取り戻していた――そうだ、自分は帰ってきたのだ。
(註1:現京都大学総合人間学部。当時の高等学校は戦後の四年制大学教養課程に相当した)
(註2:当時の中学は五年制)
「もう十年程も経つ筈なのに、変わらないなぁ……。あぁすみません、なんだか
「いえ、いいのよ。そりゃあ、懐かしいわよね……。変わらない、か……都会から来ると、そう見えるのかもしれないわね」
そう云う桂子の視線の先を追うと、村よりも更に山間高くの処に、鄙びた地には
それは、路肩に佇む四、五人の男たちが
「……おめえ、今度はそんな見慣れねえ
「……斎藤さん。御言葉ですが、これは余所の者ではありません。私共の甥が、私共を訪ねてくれただけです」
「どうだかよ……これ以上村のもん泣かすような真似しやがったら、この俺が黙っちゃあいねえぞ」
「失礼します」
断固とした調子で踵を返し、斎藤という男とのやり取りを拒絶すると、桂子は蕗屋の袖をぐいと引いて、黙然と歩き始めた。強気な振る舞いとは裏腹に、きっと
「伯母さん、一体彼らはどうして……さっきの男は何故あんなことを云ったのですか?」
「気にすることはないわ」
「けれども……」
「いいのよ、清一郎さんは何も気にしなくとも……」
桂子は、何も云い訳することなく、進んで行く。そしてこれ以後、道すがら、桂子が蕗屋に何か声を掛けることはなかった。蕗屋は、ただ想像を巡らすしかなかった。不二夫の件と何か関係があるのだろうか? しかし不二夫は、年齢不相応の天才とはいえ、まだ少年である。多くの大人たちを敵に回すようなことをするだろうか? それとも、他に何か?
思い当たることがない訳ではなかった。宮瀬家から嫁いできた蕗屋の母が嘗て語った処によれば、その実家は、元々そう豊かでも貧しくもない、中間的な自営農の家系であった。しかし二代前の重右衛門に進取の気風があり、彼が部分的ながらも西洋式の技術を取り入れて以来、代々の村の
久しぶりの宮瀬家は大きく増改築されていて、蕗屋に懐かしさを感じさせるものは少なくなっていた。例えば土蔵の一つは取り壊されて、洋風の離れに造り変えられていた。家族の者は、桂子以外は皆出払っているのか、女中の外に迎える者もおらず、蕗屋は直ぐにその離れの洋間へと案内された。そこは新しく、居心地良いものではあったが、久しぶりの訪問に馴染みのものを期待していた蕗屋は聊か落胆した。真っ白な漆喰の壁に格子状の天井、窓は縦長の上げ下げ式で、寄木によるモザイク模様の床と、よくできてはいる。しかし懐かしい、古き良きものを損なってまで取り入れるようなものだろうか? 兎も角、蕗屋は旅支度のあれこれが詰まった背嚢を解き、寝台に横たわって一息
その夕餉は、母屋の十二畳の広間に用意された。そこは、祖父母が生きていた頃から、皆で賑やかに食事をする場所であった。蕗屋が子供の頃に使っていた箱膳もそのまま出されていた。少し欠けた縁や、
夕餉に姿をあらわしたのは、伯父の紘造と桂子夫婦の二人だけで、その子である弓子と不二夫姉弟の姿はなかった。記憶の中の夕餉には、祖父母、伯父夫婦、いとこ二人、蕗屋の父母、蕗屋と、少なくとも九人いたので、それに比べると余りにも寂しい。「弓子は東京の女学校の寮にいるの」とは、桂子の弁。そういえば、従妹が高等女学校に入学したことを、以前、母から聞かされていたなと蕗屋は納得するが、不二夫がいないことの云い訳はなかった。
一通り膳を食べ終えた頃には、蕗屋の中では同情や懐かしさよりも、只管に不信感が募っていた。だから、仏頂面をした紘造から、「もう成人したのだから飲めんことはないのだろう」と申し訳程度に酒を勧められても、「旅の疲れがあるので先に休ませてもらう」と断って、蕗屋は早々に離れに籠もった。しかしだからといって、そのまま本当に休むつもりの蕗屋ではなかった。それでは、はるばるここまで来た意味がない。隠されれば、
やがて、柱時計が午後十時を告げ、母屋の広間から音や光が消えたのが、窓から覗く蕗屋にも確認できた。蕗屋は離れを抜け出て、家の者に気付かれぬよう母屋へと向かう。幸い、増改築されたとはいえ、宮瀬邸の勝手はまだある程度分かった。
低い生け垣でぐるりと取り巻かれた敷地には、大きな桐の木が二本立っていた。庭に大きく取られた空地は干場で、その周りには、納屋と肥屋、そして厠が配置されている。少し奥にはまだ取り壊されていない土蔵が二つあって、こうした処は昔と変わらなかった。その更に奥には、独立した大きな蚕室に機織場、畑、それに未耕の更地が広がっていたが、これらは以前には無かったもので、恐らくその辺りは元々隣家の敷地だったに違いない。母屋は二階建て、桁行十三間半、梁間六間と立派だったが、見る者に聊か珍妙な印象を与えもした。というのも、母屋の一階はいかにも古くからある切妻造の茅葺型瓦屋根であったが、その上に新築の二階部分がどっかりと乗っていたのだ。恐らく、隣家の敷地を買い取って天井裏の蚕室をそちらに移した際に、突き上げ屋根を無くし、元あった茅葺きの上に二階の構造を載せて増設したのだろう。
家の者に気付かれぬよう、蕗屋は母屋へ入り込む。女中は御勝手で明朝の支度をしているようで、宮瀬夫妻がどこにいるかは分からなかったが、いずれにせよ廊下に人の気配は感じなかった。この大きな屋敷に女中を含めても三人しかいないとあれば、それも当然かもしれない。夕餉を取った後に、この時に備えてあらかじめ観察しておいたところでは、子供部屋の類が一階にあるようには見えなかった。そこで蕗屋は、一階の長廊下をするすると進む。それが尽きた処に、嘗て突き上げ屋根へと上がる梯子が掛けられていたが、案の定、今そこには二階へ上がる階段が設けられていた。間取りが分からぬ二階へと、蕗屋は恐る恐る上がる。真っ暗な二階の空気は冷たく、重い。
少年の部屋は
賞状 尋常科第一学年 宮瀬不二夫
右者学業優秀操行善良二付
大正一五年三月
皆勤賞 尋常科第二学年 宮瀬不二夫
筆入 壱個
右者本学年間皆勤二付
昭和二年三月廿日
賞状 尋常科第四学年 宮瀬不二夫
硯箱 壱個
右者品行方正学術優等二付頭書ノ通リ賞品ヲ授与シ茲二之ヲ表彰ス
昭和四年三月廿五日
――と書かれた賞状三枚が額縁に入れて掛けられており、部屋の主が誰であるかを雄弁に示していた。しかし、少年らしいのはそこまでだった。書棚に整然と並べられた書籍の数々は、少年というよりは寧ろ高等学生や大学生のそれであった。父親である紘造が、才能溢れる我が子の望むままに本を買い与えている様がありありと思い浮かんだ。蕗屋は本来の目的を一時忘れて、己の知的な好奇心のままに、暫くしげしげとその蔵書を眺めた。『物質と悲劇、
不自然さの原因を探して、蕗屋は自分の机を思い浮かべてみる。比較してみれば、何か分かるかもしれないという訳だ。違う――勿論、違って当然ではある。整理整頓が苦手で、御世辞にも綺麗とは云えない蕗屋の机と、見た処、大変几帳面らしい宮瀬不二夫の机の様子が同じ訳はない。それでも、余りにも違っているあることに蕗屋は気付いた――そんなことがあり得るのか? 蕗屋は戸惑いを払拭しようと、引き出しを次々と開けていく。一五〇番トンボ国民学校用鉛筆、クミアイクレヨン、ヘンミ計算尺、サカタ謄写版……。規則正しく詰め込まれた文具が蕗屋の目に飛び込んでくる。おかしい、おかしい、おかしい――ある筈のものがない。この若き天才の部屋には書物や文具は一杯に満ち溢れていたけれども、ノオトや書き付けの類が一切ないのだ。これは一体どういうことなのだろう? 些細なことではあったが、それにしても理解できないことであった。蕗屋が、持てる限りの精一杯の知識と誠意を込めて、若い従弟に返していた沢山の返事も、そこには一切無かった。というよりも、一切の肉筆が、その部屋には無かったのである。蕗屋は、狐につままれたような不可解な浮遊感の中で混乱に陥っていった。
――この混乱のために蕗屋は気付くことができなかったのだが、この時、一台の三三年式シボレーのタクシィが宮瀬邸の前に停まっていた。乗客は、十円を運転手に掴ますと、一目散に宮瀬家の敷地へと駆け入ってくる。紐を解くのももどかしいとばかりに、
「御兄さん! 清一郎御兄さん――なの?」と、若い女の声になって、呆けている蕗屋の耳に届いた。
その声が契機となって、蕗屋は当ての無い思惟から解放された。一人の若い女性が、じっと自分を見つめていることに気付いたのだ。髪型は、短く切った今風のモダンな洋髪で、その下から、陶器のような白い肌が覗け、細い顎へ首へとつるりとつながっていく。形のいい鼻がその白い肌の中にすっと高く立ち上がり、一方薄桃色の唇は豊かで小さい。そして何よりも、部屋の電灯を照り返して、
「……弓子ちゃん?」
「やっぱり……清一郎御兄さんなのね」
戸惑いを捨て、素直で偽りのない親愛の念を溢れさせた弓子の口調は、疑心に凝り固まっていた蕗屋の心を一息に解いた。二人の口から次々と再会を喜ぶ言葉が溢れる。子供の頃のように、自然に至近まで近付いてくる弓子の態度は甘酸っぱい感覚と共に蕗屋を戸惑わせ、それを感じ取った弓子の動きも、何かを思い出したかのようにぎこちなくなっていくのが蕗屋にも見て取れたが、勿論それで悪い気が起こる訳でもなかった。寧ろ、なんと美しく成長したことだろうと、彼は改めて感嘆する。弓子は白ポプリンのブラウスに、紺のジャンパースカートから成る女学校の制服を着ていた。その清楚で抑制的な出で立ちが、
「もう、何歳になるんだっけ?」
「先月の二十日で十七歳になったばかりよ。大きくなったでしょう」
「本当に……。え、でもじゃあ、もう直ぐ女学校は卒業? 職業婦人でもするの?」
「いえ、卒業は来年。四月からは高等女学校の五年生(註3)よ――私、病気で尋常小学校入学が一年遅れたから、クラスメイトより一つ年長なの」
「あ……そうだったかな、御免……」
「いいのよ。今は全くの健康体なんだから。それよりも――」
ある意味で、宮瀬家の誰よりも最も自然な反応ではあったが、再会の喜びを湛えていた弓子の表情は、急速に、何かの困難を抱えた、憂いを帯びたものへと変わっていった。ここで蕗屋は、初めて弓子自身の口から聞くことになるのだが、桂子に電報を打たせて、蕗屋を葛瀬村に呼び寄せたのは、実は他ならぬ弓子であった。それが、自分たちの助けになると彼女は思ったからだ。しかし優柔不断な桂子は、後から夫がそれに乗り気でないことに気付いて、娘の言葉に従ったことを後悔した。といっても、既に蕗屋に連絡をして、電話で「村に来てくれ」と頼んでしまっていたから、今さら来るなとも云えない。そこで、やって来た蕗屋については取り敢えず歓待した上で何も知らせず追い返し、一方、弓子には蕗屋の来訪について詳細を何も教えず、東京に留まらせておくことにした――らしい。こうして弓子は蕗屋がいつ村に来るのかさえ知らされず、東京の女学校に残り続けていたのだった。しかし、この日の夕刻、たまたま所用で掛けた電話により、女中から親戚の若い男(則ち蕗屋)が実家に来ていることを弓子は知る。そうして、自分に何も告げ知らせなかった母親への怒りで頭に血を上らせ、一方で蕗屋に会わねばとの一心で、彼女は矢も盾もたまらず、タクシィを飛ばして、東京から一目散に帰ってきたのだった。蕗屋は、弓子――こんなにも美しくなった――が、自分をそんなにも頼ってくれたのだと思って、内心嬉しくも照れ臭くもなる。しかし、そんな軽薄な悦びに浸っている暇はなかった。
「弓子ちゃん、この部屋は一体――無いんだ、書かれたものが何も」先程、自分が感じた困惑を口にしようとして、蕗屋はもどかしさを感じる。何と説明すればいいのか? ノオトや書き付けなど、人の手によって書かれたものがない、その不可解さを弓子は分かってくれるだろうか? 「一体、不二夫君は?」続けて発したこの一言で弓子には充分だった。それこそ勿論、弓子が蕗屋を村に呼び寄せようとした原因であったのだから。
「……やっぱり、父や母は何も話さなかったのね」弓子は目をすっと細め、白い眉間がぎゅっと歪んだ。
「清一郎御兄さん、聞いて。不二夫はね、何も残さないように、自分のノオトも何もかも焼いてしまったの。だから、そういったものは殆ど何もないのよ……。御免なさい、もう少し私の話しを聞いて。まだ続きがあるの、それで終わりじゃないの。それからあの子はね、その時自分のいた小屋に火を放って――」
今こそ蕗屋は、この村で起こった「イチタイシ」の悍ましさを知る――
「――四人の友達と一緒に、皆で自殺したの」
(註3:当時の高等女学校は、女子の中等教育機関で、旧制中学と同じく五年制)
ことのあらましは、時系列を追うとこのようになる。
二月一八日午後四時過ぎ、葛瀬村在住の農夫小野宇一郎とその息子昭治が、暗くなる前に前日仕掛けた猪用の罠を確認しようと、同村の北西の外れに向かって歩いていると、冬には使われていない、村民共有の農具小屋の一つから火が出ているのを目撃した。同午後四時三二分、二人は駐在犬塚八郎に報告し、村の若い者らで消火活動が開始され、二十分後に鎮火するも、木造十畳の農具小屋が半焼した。
小屋の中からは、若い男女五人が倒れているのが発見された。その内四人は救出後、直ぐに駐在巡査犬塚八郎により死亡が確認された。火災による損傷が比較的軽かった三遺体は間も無く身元が判明し、同村在住の少年達と分かった。損傷の程度が激しかった一遺体は、身元確認が難航したが、所持品などから同じく村の少女と判明した。四人の身元はそれぞれ以下の通りであった。
甲田定次郎(十五歳)余勢中学校三年。発見時、遺体の三割損傷
栗原一造(十四歳)余勢中学校二年。発見時、遺体の五割損傷
北川すみ子(十四歳)家業手伝い。発見時、遺体の二割損傷
笹田折葉(十三歳)余勢高等女学校一年。発見時、遺体の七割損傷
救出された残る一人は身元確認の結果、やはり同村在住の少年と判明したが、意識不明の重体であり、直ぐに麓の病院へと運ばれた。適切な応急処置の甲斐あって、少年の意識はやがて回復した。身元は以下の通りであった。
宮瀬不二夫(十五歳)余勢中学校三年
村人達によれば、少年達は数年前から、冬の農閑期に使われなくなる農具小屋を遊び場として使用していた。出火のあった一八日は朝から冷え込みが厳しかった為、暖を取ろうとした少年達が、誤って失火したのだろうと考えられた。現場には暴力的な痕跡などはなく、一方で沢山の紙類を燃やした痕跡が発見された。これで暖を取ろうとしたのではないかと当初考えられた。
二月一九日、警察本部から葛瀬村駐在所に、丸部朝雄医学博士による鑑定、解剖の結果が伝えられ、四人の死因は全て幅十
四人の遺体は、発見時、小屋の中で整然と並べられていたことから、生き残った宮瀬不二夫が四人を縄から下ろした後、小屋に火を放って最後に自殺を図ったが死に切れなかったとの見方が強くなった。
二月二〇日午前十時、北川すみ子の机から、「不二夫お兄ちゃん、定次郎お兄ちゃん、一造君、折葉ちゃんと、皆で死にます。お父さん、お母さん、悲しまないで、云々」と記した自筆の簡潔な遺書が発見され、少年達が集団自殺を行ったことがほぼ確定した。但し、相変わらず動機が不明であることから、宮瀬不二夫への事情聴取が必須と判断された。
二月二二日午後一時、家族は拒否したが、駐在が職権により、宮瀬不二夫への聴取を強行した。しかし、不二夫の言動は、意味不明にして支離滅裂であった。止む無く聴取は延期された。
二月二三日午後一時、警察本部より派遣された医師小山田六郎同席の下、再び宮瀬不二夫への聴取が試みられた。しかし、宮瀬不二夫の精神状態に回復の兆しなく、結局動機は不明のまま、医師小山田六郎の助言によって警察による宮瀬不二夫の聴取は正式に断念された。そして二月二六日に、不二夫は長期療養できる山上のサナトリュウム――例の近代的な洋館――へと移されたのだった。
集団自殺――蕗屋は、全く想像もしていなかった異様な事態を耳にして、
しかし本当に、そんなことがこんな片田舎の長閑な村で行ったのか。こんな辺鄙で素朴な村で――いや、無論、小さな村にあっても陰惨な事件は起こり得る。人間がいる処、どこでも、何だって起こり得るのだ。
「……動機が分からないって……書いたものを、本当に全部焼いてしまったの?」
「ええ。あの子は確かに焼いてしまった……。だから、ここにはもう何もないの。御兄さんこそ何か心当たりはない? 確か、あの子は御兄さんに何度も手紙を送っていたでしょう?」
「確かにそうだけど……」
蕗屋は改めてもらった手紙の内容を思い返してみる。思い出されるのは、数学や物理学といった理系分野から、歴史学や考古学、経済学など文系分野に至るまで、まちまちな質問の数々だった。一度は
――清一郎兄さんに質問です。羅典語は、現代の欧州諸語と違い、単語の語順が文法上意味を持たないと聞いたのですが、それは本当ですか? それでは如何にして主語や目的語などを定めるのですか?
――不二夫君、その年で羅典語に興味を持つとは、君は本当に凄いね。君のことだから御存じと思うが、羅典語は今から二千年程も前の、古代の
不二夫の知的好奇心の高さをよく示すものだったが、どう考えてもそれ以上ではなかった。もし、彼が死を選ぶ程に悩み苦しんでいたのなら、何故彼はあれ程に送ってくれた手紙の中で、一度たりとも自分にそれを告げてくれなかったのだろう。幾つも交わした手紙の中で、彼はそんなことを全く仄めかしもしていなかった……。それが悔しく、情けなくもあった。結局、彼は自分にそこまで心を開いてくれてはいなかったのか。ただ学問的な話しが幾らか分かる相手という程度だったのか……いや、それは仕方ないかもしれない。そもそも、九年来、直接会ったこともないのだから。心を開いて何もかも記せという方が難しいかもしれない。
それでも、別の忸怩たる思いが首をもたげてくる。もしかすると、自分が彼の心を理解し切れなかっただけなのではないだろうか……。学問的には誠実に答えようとはしても、手紙の向こう側にいる不二夫自身のことまでは考えていなかったのではないだろうか……
「僕には何も分からなかった……」
押し寄せる自己嫌悪と無力感に、蕗屋は打ちひしがれていた。
しかし、弓子は違った目で蕗屋を見ていた。
「私……ね、実は御兄さんに、不二夫がこんなことをした動機を解明してほしいと思っているの」そう弓子は、思い詰めたように眦を決して云った。蕗屋は、驚いて弓子を――言葉が咄嗟に出なかったので――手で制した。そんなことができよう筈がない。あれだけの手紙を送られながら、彼からは心を開いて貰えず、自らは何も見抜けなかったというのに。
しかし、弓子は蕗屋の手を取って猶懇願した。
「御願い、御兄さん。本当に悔しいのだけれども、私では分からなかったの……。不二夫が何を考えていたのか、何故友達まで誘って自殺しようとしたのか……御願いだから、調べて、突き止めて! 御兄さんしか、頼りになる人はいないの!」
一夜熟慮して、蕗屋も腹を括ることとした。自分に、弓子が期待する程の能力があるかどうかは分からなかったが、しかし、これ程の事態が起こったと知って、何もせずに帰るというのは余りにも不甲斐無く思えた。それに少なくとも、生き残った不二夫と会って、直接会話をしてみたい。朝餉の前に、母屋の廊下で擦れ違った弓子の袖を引き、ただ一言「分かったよ」とのみ告げて、前夜の依頼を取り敢えず受ける意志があることを伝えた。
朝餉の席で、蕗屋は慎重に言葉を選んで語った。夕べ、弓子から事情を全て聞いたことを。結果を大変残念に思うことを。しかし、不二夫が生きていることは不幸中のせめてもの幸いと思うことを。あれ程手紙のやり取りをしていた自分の無力さを。その上で、警察が断念したなら、自分が動機を調べてみたい、と告げた。自分にどれ程の力があるか分からないが、自分なら、他の人とは違う視点から、不二夫の言動が見られるかもしれないと。だから、兎に角先ず、サナトリュウムにいる不二夫に是非会いたいと――
紘造は、昨日弓子が突然帰ってきた時点でこの事態を想定していたらしく、突然のこの蕗屋の申し出に驚きはしなかった。しかし勿論、いい顔はせず、自分の膳をさっさと平らげると、「所用があるから」と告げてその場を桂子に任せて憤然と退席した。一方の桂子も結局、最後まで蕗屋の提案に賛意を示さなかったが、蕗屋の固い決意――というよりは、弓子の罵声のような働き掛けに折れたか、或いはうんざりして、遂にサナトリュウムへ電話をかけて送迎用の乗用車を呼ぶことを承諾した。若い二人の勝利であった。午前十時、騒々しい警笛と共にA型フォードがやって来て、こうして蕗屋は弓子とともに、雉取山高処にあるサナトリュウムへと向かうこととなった。
この村の変貌の象徴でさえあるかのサナトリュウム「雲上院」は、大正一四年に建設された西洋式の近代的な療養施設である。その創設を主導したのは帝国大学医学博士若月鏡太郎であった。当時、本邦における脳医学や精神医学の泰斗であった彼は、自身で「東洋一の精神療養所」の創設を志すようになっていた。大正年間頃から、若月博士は土地高燥、空気清澄なる理想の環境を求めて、建設候補地選びと資金繰りに奔走した。脳医学や精神医学への無理解から、当初これは難航したが、やがて一代で財を成した実業家進藤健三の協力を得られることになる。彼は、その妻礼子が精神を病んでいた為に、妻の生地近くに療養施設が創られることを望んでいたのだった。若月博士は実業家を共同経営者として持つことで、理想的な地である雉取山の高処に用地を取得し、中腹の葛瀬村とも友好的に交渉を進め、遂に自身の夢を実現させたのであった。「東洋一」を目指し、資金面でも恵まれたこの施設は、国内の同様のものと比べても大変立派で豪華なものとなった。設計は、葦原ホテルの設計者として高名なピエール・マンドネに依頼し、本館を、欧州の大邸宅を彷彿とさせる新ルネッサンス式建築とした。この本館を含めて、敷地内に病舎は三棟あり、病室数は九八室に上った。こうして、戦国期の後北条氏の城跡があると伝えられる雉取山の高処に、西洋風の療養施設「雲上院」が建てられたのである。現在では、若月博士も、その共同経営者の進藤も共に他界しているので、書類上の持ち主は、後者の妻で、自身もこの施設の別館で療養中の進藤礼子になり、一方医療面では、若月博士の弟子筋に当たる久留須次郎医学博士を院長に招聘し、現在もその指導の下で運営されていると云う――
そうした裏話を甲武日日新聞が伝えていたのだと弓子は語り、ふうんと蕗屋は答えながら、二人はA型フォードの後部座席に乗り込んだ。制服制帽の運転手が振り向いて会釈をし、小さな爆発音がして原動機が動き始める。天気が良いので、運転手側の窓は開いていたけれども、車内は聊か暑かった。蕗屋は急いで、把っ手を回して窓を押し下げた。
この時、蕗屋は気付いたのだが、何人かの村人達が、遠巻きに蕗屋達を見ていた。また昨日のようなことになるのだろうかと、蕗屋は不安になったが、それ程に危険な様子はない。大概は純然たる好奇心のようで、蕗屋達を見ているというよりは、寧ろ単純にフォードを見ているようだった。先程、到着を知らせる為に警笛を鳴らしたから、それを聞き付けて見に来たのだろう。昨日の夜も弓子がタクシィを乗りつけてきたから、連続で何事かと思ったのかもしれない。中に、大柄な青年と、背こそ高いがまだ幼さの強く残る少女の二人連れがいた。少女はフォードに近付いて、開いた窓越しに手を振ってきた。それは蕗屋にではなく、弓子に送られたものであり、その表情から、少女が弓子を大変慕っている――或いは年長の美しい女学生に憧れているらしいのが見て取れた。
「まぁ藤枝ちゃん、久しぶり! それに卓次さん、もう村に帰ってきてたんですか?」
「久しぶりだで、弓子御姉ちゃん!
「ごめんなさい、急いでたから……」
「冗談だで! 実はよ、あたしも東京の高女に行かせてもらえるかもしんねえの……まぁ四月からのさ、六年生の成績が良ければの話しだけど」
「そうなの? おめでとう!」。少し歳の離れた少女に向けられる弓子の表情からは憂いが消えて、柔和な笑顔がぱっと弾けた。もしかすると弓子は、自分が幼い頃に病弱だった分、年下の子に優しいのかもしれないと蕗屋は思った。
「これで、
「有難う……でもわざわざ挨拶する為に来てくれたの?」
「勿論! ……つうのは半分正解、半分嘘で……。兄ちゃんがさ、弓子御姉ちゃんちの御客さんに用事があるっつうから……。こちらだんべか?」と、急に少女から手で示されて、蕗屋は驚きを隠せない。すると少女と連れ立っていた、大柄な男が近付いて来た。どうやらそれが「兄ちゃん」らしかったが、蕗屋には誰か分からなかった。
「おめえ、あんでそんな怪訝そうな顔してんだ? 俺を覚えてねえのか? 熊城卓次――タクちゃんだ」
タクちゃん――成長した幼馴染の顔を見分けられなかった蕗屋だが、その諢名には確かに聞き覚えがあった。
熊城卓次は、昨日、村に宮瀬夫婦の甥だという男がやって来たと聞いて、直ぐにそれが、子供の頃に一緒に遊んでいた仲間だと気付き、弓子と仲の良い妹と共に、宮瀬邸に様子を見に来たのだった。割合に無口らしい卓次と蕗屋の再開は、藤枝と弓子のそれ程賑やかにはならなかったが、それでも熱いものを互いの胸にもたらした。そして蕗屋は、また必ずや会ってゆっくり語ろうと、先程口に出した言葉を、小さくなっていく旧友の影に向かってもう一度念じた。
「御友達に再会できて嬉しい?」と聞く弓子に、「勿論。……今度のことが落ち着いたら、一度酒でも酌み交わすさ」と答えた。自分のことを覚えてくれていたのだな、と感慨深くなる。
フォードは、
「覚悟しておいてね」と云った。
運転手は蕗屋らを門から少し入り込んだ縁石の上に降ろした。そこからは歩行者用の
気を取り直して顔を上げると、庭の向こうに、葛瀬村からもその威容が窺えた、巨大な西洋風建築の本館が建っていた。それは、中央に大きな採光用の天蓋を配した、鉄骨煉瓦造四階建である。蕗屋はフォード車内で右に左に振られていたから、方向感覚を失っていたが、建物が陽光を浴びていることから、どうやら南ないし南東向きらしい。煉瓦壁には白い柱型が何本も設けられていて、それが輝くように照り返し、壁面全体の赤褐色と美しい調和を見せていた。主屋からは左右に大きく両翼が張っており、その広大な正面部分に、縦長の大きな窓が整然と並んでいた。但し、それらの窓の多くは堅牢そうな鎧戸と金属製の珊によって守られていて、それらが重々しい洋城のような印象を見せた。北条の城跡に、西洋の城か――
玄関広間脇の詰所で、制服を着た門番に取り次ぎを頼むと、直ぐに職員と覚しきひょろりとした背広の男がやって来て、
「……ところでこちらは基督教の施設なのですか?」
「いえ、違いますよ。ああ、もしかすると、庭の礼拝所を御覧になりましたかな? 院全体として、何かの宗教を掲げているということはないのですが、今の持ち主は基督教徒ですし、職員にも割と多くいましてね。基督教の信者の方には、こうした看護などに熱心な方がよくおられますので、その
白衣を着た二人の先導で、蕗屋と弓子は三階へと向かった。天井にぶら下がる乳色の
三一七号室の前で医師が立ち止まり、ぎいとそのドアを開いた。
「どうぞ、お入りください」
そこは、最小限の衣服を収めた小さな棚と、簡素な寝台があるだけの、殆ど何もない、殺風景な部屋だった。それでいて、鼻に付く匂いだけが騒々しかった。何か人工的な甘い香気の中に、嫌な臭気が混じり合っているような独特なものであった。
寝台の上には、寝巻を着た、ほっそりとした青年の姿があった。そのすっかり成長した身体は、蕗屋が知っている宮瀬不二夫とはまるで別人であった。しかし、幼さがまだ残るその顔立ちには、確かに懐かしさを湧き上がらせるものが潜んでいた。なんだ、案外健康そうじゃないか――思ったよりも血色がよく、肌にも張りがあったので、少し安心する。蕗屋は、不二夫が寝ているのかと思った。寝台に寝そべったまま、ぴくりとも動かなかったからだ。しかしやがて、その目が大きく見開かれていることに蕗屋は気付いた。その視線の先にあるのは、ただ、天井の板であった。
「不二夫君、親戚の方が御見舞いに来ましたよ」
看護婦が、優しく声を掛ける。それに合わせて、蕗屋も、「やぁ、久しぶりだね」と、寝そべっている従弟に声を掛けた。弓子は何も云わない。そして不二夫も、何も云わず、表情一つ変えず、天井を見続けていた。
その無言に蕗屋は戸惑いを感じたが、看護婦が何事もないかのように声を掛け続けるので、蕗屋もまた、それに合わせて、再会を喜ぶ言葉を並べた。何度も何度も語り掛けていると、遂に不二夫の口が開き始めた。しかし、長く口を閉じていた為に上手く動かないのか、何を云っているのか分からない。暫く口をもぐもぐとさせた後に、不二夫は急にぱくりと大きく口を開いた。そして、「ソコニカイテアルンデス」と、調子っぱずれの大声で喚いた。それは幼児のように甲高い声で、平板な抑揚が異様であった。そして表情にも変化があって、微かではあったが眉間に皺が寄ったのだ。
間も無く、強烈な臭気が漂ってきた。それは不二夫の体から発されていた。蕗屋はその時初めて、彼がおむつを履いていることを知った。蕗屋が先程から気付いていた匂いの正体は、甘い薬品香の溶け出た、屎尿のものだった。
「まぁまぁ、御客さんの前で、いけない子ね」
看護婦は、やはり何事もないかのように、しかし子どもをあやすような口調で語り掛けていた。やがて看護婦が不二夫の体を拭き、おむつを取り替えていったが、その間も不二夫は身動き一つせず、表情一つ変えなかった。赤子のように従順で、股間や性器に触れられても、嫌がる様子も恥ずかしがる様子もなかった。
その糞尿
その後、また目を見開き、ぴくりとも動かなくなった不二夫は、まるで
「ソコニカイテアルンデス」
今やそれは、姫蜂に中身を食い荒らされた蛹のようであった。
「……恐らく、空気――酸素の欠乏により、脳の細胞が壊れてしまったのです」
従弟の状態を問う蕗屋の質問に、医師は答えた。
「御存知かと思いますが、人間は酸素がなければ生きていけません。成人一人が必要な酸素の量は一分当たり二から三
不二夫は、二月一八日、燃え上がる小屋の中から、唯一生還した。彼もまた、友人らと同様、縊死しようとしたのだが、幸いにも縄の結び目が緩くて直ぐに解け、床に落下して頸椎の骨折やその他重要な神経の断裂等には至らなかったのだ。しかし、縄は首に掛かった時点で気道を塞ぎ、墜落後もそのまま喉に食い込んでいたこと、更に燃え盛る小屋の中で、そもそも酸素が燃焼により費やされてしまったことから、彼の脳への酸素供給は激減した。
発見後、戸板に乗せられ、麓の病院まで運ばれた不二夫は、応急処置の迅速さ適切さもあって、一端は順調な回復を見せた。自殺未遂前後の記憶に混濁があるものの、間も無く自宅にも戻れるのではないかという話しさえ出る程であった。しかし、やがて一転して症状は悪化していった。先ず記憶の混濁が進行し、自分の氏名や年齢、今いる場所や日付のいずれにも返答に詰まるようになっていった。やがて突然歩き始めるなどの行動異常や尿失禁を繰り返すようになり、体をゆっくり捩じったり、口をすぼめるような不随意運動も始まった。入院五日目には四肢の舞踏様運動も増加した。徐々に眠っている時間が長くなり、半昏睡にも陥るようになった。そして遂に意思疎通困難に陥り、こちらへと移されたのだった。
「……回復の見込みは?」
「……脳というのは、人間の身体の中で、目下、最も分かっとらん箇所なのですよ。はっきり申し上げて、脳に損傷があった時の、効果的な治療法などは確立しておりません……。しかし、欧米の症例では、療養生活を続ける中で、回復していった例も報告されております。多くは、成長盛りの子どもの症例ではありますが……。しかし、不二夫君もまだまだ若い! 若ければ若い程、回復する可能性も高まると考えています。当院でも、最適な看護と環境とを提供して、彼の回復を待ちたく思っております!」
「ソコニカイテアルカラ、ヨンデクダサイ」また不二夫が云った。
「……これは、何を云ってるんですか?」
「……分かりません。取り敢えず大便をする時にはよく口にしてますが、果たして意味があるのかどうなのか……。もしかすると、何か夢のようなものでも見ているのかもしれませんが……」
太陽が最も高い位置へと徐々に登ろうとする頃、狭い道に窮屈そうに身を震わせ、砂塵と排
「御免なさいね、帰ってきて早々、疲れている処を。御昼の前に、済ましておきたいと思って……」そう云うと、二人を寝台脇の応接椅子に腰掛けさせ、自分は立ったまま話し始めた。その声はやはり周りを
「あの後、ずっと考えていたの……。確かに弓子、貴女の云う通りだわ……。本当に悔しいけれども、私達では、あの子の考えていたこと、あの子が自殺しようとした理由、友達と一緒にそうするに至った理由……そういったことは、きっとこの先、永遠に分からないわ……。あの子は、頭が良過ぎたから……」
この言葉を吐き出すまでに、我が子のことが理解できないと認めるまでに、どれ程の葛藤があったのだろう? 子を持たぬ蕗屋には、その残酷さが充分には分からなかったが、それが云わば親として最も屈辱に溢れた告白なのだろうということは想像できた。実際に、桂子の顔は苦渋に満ち溢れていたが、しかしそれでも、最早彼女の中で生まれた決意は固く揺るがないようで、口調に迷いは感じられなかった。
「うちの人は今、蚕室の方に行っております。だから、あの人は反対するだろうから、あの人が昼餉を食べに戻ってくる前に、弓子の云う通り、清一郎さんにきちんとお願いしなくちゃと思って……。私からも、是非御願いします。あの子が何故、御友達と一緒に死のうと思ったのか、その理由を、清一郎さん、是非調べて下さい。無理な御願いなのは分かっているわ。でもね、本当に、本当に私達には分からないの……。本当に、本当に情けないことだけれども……。貴男なら、私達よりは、あの子のことが分かる筈だわ。私達みたいな凡人には分からなくとも、あの子とずっと難しい文通をしていた貴男なら、何か気付くことがあると思うの。昨日の夜や今朝は本当に御免なさいね……はぐらかすようなことばかりしてしまって。弓子も御免ね。
「……止してよ! 私はお母さんに似たいわ」
そう云われて、桂子は微笑んだ。それは母娘和解の合図のように思えて、蕗屋の心は少しばかり和んだ。しかし同時に、一つの疑問が湧く。どうしてそれ程までに紘造は反対するのだろうか? 勿論、家の中のことを、親戚とはいえもう長らく会っていない甥に知られたくないというのは分かるが、それだけだろうか?
「どうして、伯父さんは……」そんなに我が息子の自殺未遂の謎に対して無関心でいられるのか?――と、蕗屋は問いたかったが、婉曲的な表現が咄嗟に思いつかず、言葉が途切れた。しかし桂子は、蕗屋が云わんとしたことに気付いたようで、そっと目を伏せ、優しく、それでいて悲しい笑みを微かに浮かべた。
「そうね……親としては薄情に見えるかもしれないわね……。でも、違うのよ……仕方ないの。いえ、仕方なくはないのだけど、それでも、あの人にもどうしようもないのよ……」
聞けば、この山村にもやはり様々な軋轢があったのである。昭和四年の世界恐慌に端を発する生糸の大暴落で零落した家もかなりあったらしく、紘造に家屋や敷地を買い取られたという隣家にしても、そうした家の一つであったらしい。但しそれは、宮瀬家だけではなく、幾つかの村の有力な家系が
「今回のことで息子さんを亡くした甲田さんの処も、出稼ぎに出ておられた御長男をその時に亡くされているし……、野口さん、それに矢島さんの処も……。貴男と仲の良かった又野さんの処だって、御兄さんが東京で亡くなっているのよ……」
蕗屋の目には何も変わらぬように見えても、やはり、この村も時代の変化や激動の余波を受けていたのだ。だからこそ、紘造は猶のこと不二夫の一件に神経質になっているらしい。これまで皆が、様々な不満に重い重い蓋をして辛うじて保たれてきた村の微妙な均衡が、不二夫の自殺未遂――というよりは、不二夫一人が生き残ったことによって、いよいよ取り返しのつかない感情のぶつかり合いになることを、紘造は恐れているらしかった……。
「でも、自分の子供だものね……」
「村の人がどう云おうと、どう思おうと、親が、私達が、本当のあの子を知ってあげようと思わなければ、本当にあの子は、永遠にどこかへ行ってしまうかもしれない……」
蕗屋と弓子の視線を逸らすように、桂子は顔を少し背けた。そうして、先程から手にしていた包を開いた。
「これ……。丁度今朝、貴男達が出て行った後に、駐在さんが返しに来てくれたの。現場で唯一焼け残った――というよりも、息子の肉筆の中で、唯一残ったものなの。私達には、これが何なのか、さっぱり分からなかった……。でもね、これはきっと、不二夫が残した伝言なの。だから、警察も預かって暫く調べていたのだけれども、警察にもこれが何なのか、さっぱり分からなかった……。私が、貴男にお願いしようと、貴男に理由の解明を託そうと改めて決心したのは、これが今朝返ってきたこともあったの。清一郎さん、貴男がいる今この時に、これが戻ってきたというのは、きっとただの偶然ではないわ。きっと、何か意味があって、昨日でも明日でもなく、今朝に、これは戻ってきたのよ。だからこれ、清一郎さんに読んでみて欲しいの。そしてもし、不二夫が何を考えていたのか分かるなら――」
そう云って桂子が取り出したのはノオト――しかしそれは、蕗屋にはただの焼け焦げた平たい炭の塊にしか見えなかった。
「戻ってきたのね――」と弓子が震えるような声で云った。「それは、殆ど燃えちゃっているけど、不二夫が何かの本を書き写したものらしいの……」
「……何かの本?」
「……ええ、何かの本――洋書なの。本当に残念だけれども、私にはそれが何なのか分からない……本当に本当に残念だけれども……。だから、御兄さんに来てもらったの。悔しいけれど、御兄さんなら、きっと……」
蕗屋は、促されるままに、それを受け取って中を開いた。火に曝された時もこのノオトは開いていたらしく、表紙よりも寧ろ中の方が損傷は酷かった。この為、中盤の頁の多くは焼け落ち、既に失われていたが、それでも表紙と裏表紙に近い、最初と終わりの頁が幾らか残っていた。そこには、欧文と日本語が小さな字で整然と記されていて、成程、不二夫が自由に何かを書き込んだというものではなく、どうやら何かの洋書と、その邦訳を書き写したものらしい。欧文には処々、アルファベットで記された単語の横に日本語の意味が書き込んであるから、もしかすると、訳出は不二夫自身が行ったのかもしれない。洋書を訳すに当たって、一端欧文を書き写し、そこに直接単語の意味や文法を書き込みながら訳文を作るというのは、当今の学生がよくやる流儀であるからだ。蕗屋はざっとそれを読み進めていった。読み進める程に、蕗屋は困惑を隠せなくなっていった。一体、何なのか、これは?――全く訳が分からなかった。こんなものが、不二夫が倒れ、その友人らが死んだ処に落ちていたのか? これに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(不二夫のノオト、欧語部分)
Ego, Bernardus
――
XVI PROPOSITA ET CONCLUSIO DE……(一部焼失)
I. DE LIBERE ARBITRIE ET RATIONE
II. DE BONO SAECLARI
III. DE MALO SAECLARI
IV. DE INNOCENTIA DIABOLI
V. DE NON-SENSU BONI MALIQUE
VI. DE ORGANIS HUMANIS
VII. DE SUBSISTENTIA VITAE
VIII. DE ORIGINE VITAE
IX. DE CONSTRUCTIONE UNIVERSAE
X. DE NUMERO
XI. DE VERIFICATIONE MATHEMATICA DE NON-EXSISTENTIA PARADISI INFERNIQUE
XII. DE VERIFICATIONE MATHEMATICA DE NON-EXSISTENTIA MORTUORUM
XIII. DE NON-EXSISTENTIA SPIRITUS
XIV. DE DEI……(以下、焼失)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
書かれている欧文は羅典語だった。もしかするとこれまで自分に送られてきた手紙の質問も、これを訳す為だったのだろうかと、蕗屋は思い至って驚く。自分は知らない間に、これを訳す手伝いをしていたのだろうか? 焼け残っていたのは、先ず冒頭の部分で、「序文」と記されていた。「序文」には、この不二夫が書き写した「本」の原本が、一三世紀にカンブレのベルナルドゥスなる人の手で隠されたことが記されていた。何故隠したかについて、このカンブレのベルナルドゥスは、この書物を持つことが禁止されたこと、しかしこの書物が世界の真理を知る上で有益であることを語っている。そして、その所持者が異端の嫌疑で拷問に掛けられ、火刑に処される可能性があることも……。添えられている奇怪な一文が不気味だった。一体これはどういう意味なのだろう……?
その次に書かれているのは、はっきりとそう題されている訳ではないが、明らかに「目次」だった。「一、自由意思と理性について」「二、この世の善について」と始まり、以下番号順に続く。章題を見る分には、哲学書のようでもあり、科学書のようでもあり、どちらとも付かない。「一四、神の……」の途中から焼失していて、巻頭で焼け残っている文章はここまでだった。
そこから暫く――恐らく数十頁かそれ以上――は全く焼けてしまっていて、何も残っていない。巻末は幾らか長い、難解かつ奇怪な文章が残っていた。恐らくこれが、目次に書かれている「九、宇宙の構造について」に照応する部分なのだろう。成程それは、古の欧羅巴人或いは基督教徒からすれば、異端中の異端の説であったに違いない。そこに書かれているのは、明らかに地動説であった。聖書には、「大地もまた据えられ、揺るがされない」「主は築いた、地をその支えの上に、常しえにまた永久に揺るがされぬよう」と、大地の不動性についての言明が度々出てくる。これを否定するのであるから、地動説とはまさに聖書の記述を否定するものに他ならない。ガリレオ・ガリレイが「E pur si muove(それでも地球は動く)」と云うに至ったとされる一連の経緯は、余りに有名だろう。古の敬虔な欧羅巴人がこれを読めば、大いに恐れ、混乱したにちがいない。間違いなく、嘗てこれは恐ろしい本だっただろう。しかし、現代の東亜に生きる不二夫が、何故これをわざわざ読み、大事そうに書き写して訳出までしようとしたのであろうか?
しかし、それ以上に蕗屋に理解できなかったのは、桂子と弓子がこれをわざわざ自分に読ませる理由であった。異様な本には違いないし、これが現場に残されていたのは奇怪極まりないが、しかしこれを読むことで、自分に一体何ができるというのだろう……?
「御兄さん、ここを見て。警察がわざわざこのノオトを持って行ったのは、ここの書き込みの意味に気付いた
そう、弓子に促されて、蕗屋は指差された箇所を見た。それは、焼け残った最後の頁の脇に羅典語で書かれていた。字形はかなり乱雑で、不二夫自身の平素の字――蕗屋の処に届いた手紙の字――に近いように思われる。これはどうやら「本」を書き写したものではなく、何か不二夫自身の言葉を、羅典語で書き留めたものらしい。そしてそれを頭の中で訳してみて、蕗屋は戦慄した。確かにそれは、紛れもなく不二夫の伝言であった。このノオトは、いや、ここに書き写された「本」は、やはり何か今回の事態に関わっているのだ――一体、不二夫は何を読み、何を書き写し、何を伝えようとしたのか?
そこには、羅典語で次のように書かれていた。
Vitis malumus decedere
Si cognoscitis, librum exquirite, legite!
――我々は死を選ぶ。
――知りたくば、本を探せ、読め!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(不二夫のノオト、邦語部分)
序文
私、カンブレのベルナルドゥスは、所謂主の受肉の年の一二七八年に、この本――この本には、
そして今、逆様に捻じ曲がった両足と両手で地を
――隠された神は、獣の自殺を語る蒼褪めた男達を無惨に滅ぼす――
(一部焼失)……の一六の命題と一つの結論
一章、自由意思と理性について
二章、この世の善について
三章、この世の悪について
四章、悪魔の無罪性について
五章、善悪の無意味さについて
六章、人体について
七章、生命の維持について
八章、生命の起源について
九章、宇宙の構造について
十章、数について
十一章、死後の世界の不存在の数学的証明について
十二章、死者の不存在の数学的証明について
十三章、霊魂の不存在について
十四章、神の……(以下、ノオト巻末近くに至るまで焼失)
(ノオト巻末部分。これ以前焼失)……こうして、地球が球形であることは既に証明された。ではその宇宙に於ける位置はどこなのであろうか? 多くの古今の賢人の間で地球は宇宙の中心に静止していると考えられており、太陽や月、星々を含む天はその周りを回転しているとされている。しかしこの問題をもっと注意して考えてみれば、実は容易に疑い得るものなのである。事物の移動が如何ように見えるかは、それを観測する者の置かれた状態で変わるからだ。即ち、ある
ところで天体の運動を見ているのは我々であるから、その観察の視点は、我々を乗せている地球からである。しからば、もし地球が運動していると仮定するなら、その運動は、地球上にいる者からは、外界が動いていると感じられるだろう。丁度、駱駝の背に乗った蠅のように。もし地球が回転運動したならば、外界のものはその反対の方向に動くように見えるだろう。すなわち、大地から見て、天に輝く星々の全て、つまり全宇宙が地球を中心に回っているように見え、そうであればこそ多くの天文学者や預言者が、地球を中心であると告げたのであるが、同じ現象は地球が回転している場合にもそう見えるのだ。夕方から明け方にかけて見られる恒星の軌跡は、天の不動と地球の回転運動の結果としても容易に説明できるのである。即ち、天は確かに地球を覆ってはいるのだが、動いているのが覆っている方なのか覆われている方なのかということは、直ちに明らかなことではないのである。即ち、地球が動いていないという証拠は、自分達からはそう見えないというだけの至って感覚的なものであり、駱駝の背に乗る蠅が、自分を乗せている駱駝が動いていないと信じているのと何ら変わりはない。
一方、太陽を不動にして、運いているものを太陽ではなく地球とした方が、
水星と金星の正確な天球回帰周期はいまだ定かでないため、我々は、今はこれを論じない。火星・木星・土星については、次のことを示せば充分であろう。地球と惑星が共に太陽の周りを回っていると考えるなら、惑星の逆行の真相は極めて単純であり、既に知られている惑星の天球回帰周期と逆行の周期から、ごく単純に説明できる。即ち、逆行の周期は丁度、地球が惑星を一度追い越した後、次に追い越すまでの期間と等しいのだ。
火星の逆行は七七九日に一度起こる。ところで、一年は
木星の逆行は三九九日に一度起こる。この間、地球は太陽の周りを一周した後、更に凡そ三三度一五分五二秒進む。一方木星は、その天球回帰周期が四三三二日一二時間であるから、三九九日の間に凡そ三三度七分進む。即ち、三九九日の間に、三三度進んだ木星が、先に太陽を一周した地球に再び追い越された時、木星の逆行が起こるのだ。
土星の逆行は三七八日に一度起こる。この間、地球は太陽の周りを一周した後、更に凡そ一二度三四分五八秒進む。一方土星は、その天球回帰周期が一〇七五九日であるから、三七八日の間に一二度三九分進む。即ち、三七八日の間に、一二度進んだ土星が、先に太陽を一周した地球に再び追い越された時、土星の逆行が起こるのだ。
こうして我々は、太陽を中心とした単純で美しい円運動から成る宇宙を見出すことができる。最も外側にあって不動なのは恒星である。これらは地球の運動に合わせて
これが宇宙の真の姿であり、万物は太陽を中心に流転する。預言者ダヴィデは「地は、世々限りなく、揺らぐことがない」と歌ったが、動くのは地であり、万物の玉座に座るのは太陽に他ならない。太陽を崇めた古の
万物は無貌の太陽を王と戴く。
万物は無貌の太陽を王と戴く。
万物は無貌の太陽を王と戴く。
希臘大王
この本を読む者よ。私の語った真実のために、私は手足を切断され、残る頭と胴を火に焼べられて殺されたが、言葉を撤回はしなかった。殺されることで、私はより偉大になる……
Vitis malumus decedere
Si cognoscitis, librum exquirite, legite!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(続く)
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