024

 ジャンゴたちを鯨の腹から救出したのは、3羽のハゲタカだった。

「いや、よく見つけてくれたな。おかげで助かったぜ」

「なァに、別にたいしたコトじゃアない。オレたちはただ、ある女から頼まれたとおりに、ここへやって来ただけだ。礼ならそいつに言え」

「ある女、ね……」それが誰かはあえて訊くまでもない。「ところでおまえら、おれの記憶が正しければ、ひょっとしてコルブッチの使い魔じゃねえか」

使い魔だ。あるじは死んだからな。自己紹介をしておこう。私が長男のモーティマー、右にいるのが次男のセテンサ。そして左にいるのが三男のエンジェルアイだ」

「勇者ジャンゴだ。あらためてよろしく」

「一応ことわっておくが、オレたちはおまえに仕える気はない。せっかく自由の身になったんだからな。あの女に頼まれたのは事実だが、嫌ならことわってもかまわなかった。助けたのはあくまで、オレたちの意志だ」

「同感だ。誰かの命令でこき使われるなんてまっぴらだぜ。おれがおれのあるじであるべきだ。おれだけがおれに命令できる権利を持つ。確かにおれは女神から勇者の使命を授けられたが、おれが勇者であり続けるのは、あくまでおれ自身の意志なんだから」

 サクラは彼らのやりとりを見て、「すごい。話には聞いてたけど、ホントに動物と会話できるんだ。まるでドリトル先生みたい」

「あァ? 誰だそりゃア?」

「あんたが竜の心臓から手に入れたような叡智を、才能と努力だけで身につけた人物よ」

「なるほど、そいつはハンパねえな」

「そろそろ本題に入ってもかまわんか?」

「ああ、悪りィ。女はおしゃべりでいけねえ」

「なによ。あたしのせい?」

「おまえはチョットだまってろ」

「へいへい。その代わり逐一通訳してよね。ノケ者はイヤよ」

「しょうがねえなァ。――それでモーティマー、用件は?」

「勇者ジャンゴよ、おまえが留守にしてからたった3ヶ月のあいだに、〈西つ国〉の情勢はずいぶんと様変わりしちまった」

 ジャンゴはおのれの耳を疑った。「3ヶ月ゥ? オイオイ、おれの聞き違いか? 気絶してた時間を考慮しても、まだ2日と経ってねえハズだが。いくらトリ頭だからってそりゃアねえぜ」

 ジャンゴは鼻で笑い飛ばしたが、3羽のハゲタカはこちらを射抜くように見つけるだけだ。

 通訳を聞くとサクラはワケ知り顔で、「やっぱり白鯨の体内と、外の世界は時間の流れが違ったみたいね……」

「やっぱり?」

「な、何となくそんな予感がしてたのよっ! ほら、雲のカンジからして、明らかに季節が替わってるみたいだったから!」

「すげえなおまえ。空を見ただけでそんなコトがわかるのか」

「まァね。あたし美少女だから――間違えた、天才だから。天才美少女だから」

 モーティマーはぶぜんとした態度で、「話を戻していいか? とにかく3ヶ月が過ぎた。そのあいだに魔王ボーレガードは、またたく間に勢力を拡大した。ゴブリンとオーク、それからある程度知恵のある魔物を味方につけて、大軍勢を作り上げちまった。その数、実に30万」

「……そいつは笑えねえなァ」

 確かにボーレガードはそんな構想を語っていたが、よもやこの短期間で実現してしまうとは。また、ゴブリンとオークがいまだそれほど生き残っていたコトも驚きだ。ジャンゴは数世代にわたって、連中を絶滅させるべく戦ってきたが、どうやら不十分だったらしい。

 とはいえ、それでもセルジオ王国の戦力がまだうわまわっている。それとタイミングがいいコトに、ダークエルフは〈東の森〉を取り戻した。いくらなんでも3ヶ月程度で負けたりしないだろう。

 しかし、続くセテンサの言葉が、ジャンゴの度肝を抜いた。

「それから、白のレオーネが敵に寝返った」

「ハァ!? なんだそりゃア! ふざけてんのかッ」

「残念ながら事実だ。ヤツはモリコーネ砦の兵とともに、ボーレガードの軍門へ降った。数自体は少ないが、国内でも練度の高い兵と、魔法使いの力が加わった点は大きい」

「コルブッチが生きてたら、どんな顔するか見物だったな……。そいつらはおおかた、命乞いをして助かったつもりだろうが、何もわかっちゃいねえ。ボーレガードの目的はすべての命を刈り取るコトだ。多少知恵をつけたくらいで、ヤツの本質は変わらねえ。結局は皆殺し。ヤツに協力するのは、むしろ自分の寿命を縮めるコトになる。ヤツに協力すればするほど、仕事が早く終わるんだから」

「そして、こいつが一番重要な問題だが……連中はどいつもそろって奇妙な武器を持ってやがる。何でもうわさじゃゴブリンが地下深くから掘り起こしたらしいんだが、正確なところはわからん」

「奇妙? おれの〈聖なる機関銃〉よりも?」

「というか、その〈聖なる機関銃〉によく似ている。連中はその武器を〈冒涜的なカラシニコフ〉と呼んでいるそうだ」

「カ、カラシニコフぅ!?」サクラはスットンキョウな声を上げた。

「それから〈忌まわしきロケットランチャー〉なんてのもある。こいつの威力はすさまじい。堅固なはずの城壁をいともたやすく崩し、ひとが食らえば肉片が粉々に弾け飛ぶ。あんな死にかたを――あんな死体を見たのは生まれてはじめてだ」

「ロケットランチャーって、えぇ!?」

「さらにきわめつけは、連中の乗る馬車だ。馬車と言ったが、引く馬はどこにもいない。車だけで走るうえ、速さは尋常じゃアないぞ。その名を〈名状しがたいT型フォード〉という。車の正面には、首を刎ねた敵の死体がT字型に架けられている。とてもじゃアないが正気とは思えん」

「“オージーポージー、フォードは愉快”――」サクラは貧血を起こしたように崩れ落ちた。即座にジャンゴがカラダを支える。

「大丈夫か?」

「……うん、ヘーキ。チョットめまいがしただけ」

「ハゲタカたちがいう武器ってのは、まさか例の」

「うん。十中八九ディドロ効果の影響と見て間違いないわ。そうでもなきゃ説明がつかない。この剣と魔法のファンタジー世界に、いきなりそんなふざけたシロモノが広まるなんて。やっぱりディドロ効果がどう働くかは、あたしたちが予想できるものじゃない」

 エンジェルアイはくやしげに、「未知の武器を得た魔王軍は、破竹のいきおいで王都を攻め滅ぼしちまった。ヴァレリ王の生死は不明だ。〈東の森〉はいくらかもちこたえたが、城壁が意味を成さないとあっては打つ手がない。何とか女王を逃がすために、しんがりを務めた兵たちが、ムシケラのように死んでいった――」

「それでロレダーナは? 無事なのか」

「今のところはな。安全な場所に身を隠しているが、いつまでもつか……」

 状況はあまりに深刻だ。まさかこんなコトになっていようとは、ジャンゴは夢にも思わなかった。

 だが、それでも最悪と言うには早い。こちらにはまだ切り札がある。タイムマシンで過去へ戻って、すべてなかったコトにすればいい。魔王ボーレガードが〈知恵の鮭〉を食べる前に葬り去るのだ。

「オイ、ハゲタカども。おれたちを今から教えるところへ連れてけ」

「〈聖なるデロリアン〉の隠し場所だろう。もとからそのつもりだった。位置はあの女から聞いている」

「そいつは話が早い。よし、行くぜサクラ」

「…………」

「サクラ?」

「……あ、うん。なに?」

「なに、じゃねえよ。ボサっとしてんな。とんでもないコトになっちまったが、おれたちのやるコトは変わらねえ。サクラ、おまえの力が必要だ。おれを過去まで運んでくれ」

「そう、だったね。うん、わかってる。――過去へ帰るんだ」

 ジャンゴはモーティマー、サクラはセテンサの背に乗った。エンジェルアイは鯨油を運ぶ。ちょうどペンギン号で採取した分の樽が流れ着いていたので、白鯨の死骸を冒涜するまでもなかった。

 空を飛んでいる途中、地上から異様な臭気が漂ってきた。見ると沼のようなものがあり、なかには真っ赤に燃えて、黒煙を噴き上げているところもある。

「ありゃア瘴気の沼か。ずいぶん数が多い」

「あれらも、この3ヶ月間に起きた変化のひとつだ。国じゅうのあちこちが瘴気であふれつつある」

「この地に瘴気が満ちるとき、魔王は復活する――女神の予言したとおりになっちまったな」

「そういえば、魔王軍はときどき瘴気の沼から液体をくみ取って、あの〈名状しがたいT型フォード〉のなかへ注いでいる。どうやら瘴気で動いているらしい」

 サクラはハッとした様子で、「ああ、そうだわ。このニオイ――石油じゃない!」

「石油?」

「地下に埋蔵している油の一種よ。あたしの時代――じゃなくて世界だと、鯨油にとって代わって普及してるわ。でも、石油の精製にはそれなりに高度な技術がいるハズ……いくらディドロ効果があるからって、技術そのものまで使いこなせるとは思えないけど……」

 サクラの疑問をジャンゴが訳し、ハゲタカたちに伝えると、「オレたちが見たところ、連中はカンタンにゴミ取りする程度で、ほとんどそのまま使っているみたいだったが」

「ここから見たカンジじゃよくわからないけど、その瘴気の沼ってドス黒くてドロドロしてる?」

「いや、透明度はかなり高い。一見では水のようですらある。だからこそよけいそのヒドイ臭さがきわ立つとも言えるが」

「精製しなくても使える高純度の石油が、シズオカで採れるって聞いたコトあるけど……アメリカにもそんな話あったっけ……」

「しかしアレだな。ようするにありゃア油ってコトだろ」ジャンゴは不機嫌さを隠しもせず、「だったらおまえのタイムマシンにも使えるんだよな」

「まァね。むしろ本来は石油の使用を想定してるんだけど」

「それじゃアわざわざ捕鯨船に乗り込んだのは、何のためだったんだ? 白鯨に食われ損じゃねえかよクソッタレ」

 隠し場所の洞窟へ到着すると、〈聖なるデロリアン〉はむしろ最後に見たときよりもキレイになっていた。車体が鏡のごとくピカピカに磨き上げられている。

「へえ――あの女、なかなか気が利くじゃアねえか」

 運んできた鯨油を燃料タンクへ注入し、サクラがカギを挿し込んでまわすと、エンジンが始動して力強く車体を振るわせた。「うん。これなら問題なさそう」

 そして彼女は何やら装置をいじり、計器に表示されていた「9999999999」を「0020151021」に変えた。

「今のはどういう意味が?」

「過去へ戻る時間の設定をしたの」

「なァるほど」

 洞窟の外へタイムマシンを移動する。いよいよ出発のときが来た。

「あのときみたいに、またすげえ速度になるんだよな」

「そう。このタイムマシンは速度が300キロ以上になると時間を超えるコトができるの。ただしデロリアンの性能だと力不足だから、ナイトラスオキサイドシステムが必要不可欠ってわけ。――さて、心の準備はOK?」

「いつでもいいぜ」

 アクセルを踏み込んで、〈聖なるデロリアン〉が走り出す。速度が140キロを超え、加速が伸び悩んで来たあたりで、サクラはハンドルのスイッチを押した。「ナイトラスオキサイドシステム――ドライブイグニッション!」

 とたん爆発的な急加速により、デロリアンの速度はイッキに時速300キロを超えた。すると車体がまばゆい閃光に包まれ――燃えるわだちを荒野に残して、タイムマシンはこの時代から消失した。

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