018
ふたたび〈聖なるデロリアン〉に乗り込んだふたりは、一番近い人里のある方角へと向かう。サクラがしつこく理由を尋ねたが、ジャンゴはとにかく「行けばわかる」としか答えない。
そのうち、ふたりはまたもや惨状に出くわした。
荒野の真ん中に、数十体の死体が転がっていたのだ。
すべてダークエルフの死体だ。彼らが乗っていた馬も、同様に死んでいる。さすがに血の臭いがすさまじい。こういった現場には慣れているジャンゴでさえ、思わずむせ返ったほどだ。
サクラは死体の顔をあらためるとおどろいた様子で、「こいつら――あたしを馬で追いかけまわした連中だ」
「なるほど。このおそろいの格好は、ボダロ将軍の配下だな。ボダロは革命派の有力者だ」
悠長に探しているヒマはないが、もしかしたらこのなかにボダロの死体も混ざっているのかもしれない。ジャンゴは知るよしもないが、彼らはジャンゴの命を狙っていた。知らず知らずのうちに、ひとつの危機を脱したのだった。
死体はどれも、コルブッチのものと非常に酷似していた。ただし、首が完全に切断されず、のどぶえが噛み破られているだけのものもある。だが、これで敵が噛みついて殺したコトはハッキリした。
それと、さすがにひとりだけだったコルブッチとは違い、ワケがわからぬまま殺された者はおそらく最初のごく一部で、多くは応戦しようとした形跡がある、その表情は驚きや怒り、恐怖といった感情に染まっていた。
しかし、一方で誰も彼も抵抗の甲斐なく、そろって同じ殺されかたとは、尋常ではない。ひとも馬もだ。
けれども、そんなコトはすべてジャンゴの予想どおりだ。早く手を打たなければ、これから同じ光景を何度も目にするハメになる。
「クソッタレ。これ以上死体を増やしてたまるかよ」
埋葬するコトも祈りをささげるコトもできず、ふたりは先を急ぐ。
たとえ馬を使っても数日かかる距離だったが、〈聖なるデロリアン〉のおかげで、日が暮れる前に
すでに手遅れだった。そこに住む生命は残らず殺戮されていた。ひとも家畜も、野良犬もわけへだてなく。コルブッチたちと同じように殺されていた。
ひょっとしたら生き残りがいるかもしれない。幼い子供が狭い戸棚の奥に身をひそめて、震えているかもしれない。運よく生き延びたはいいが、大人の助けがなければ早晩のたれ死ぬだろう。だが、しかし、それをいちいち確かめている時間はないのだ。急がなければもっと多くの犠牲が出る。
ジャンゴは死体のうち1体に、素手で触れた――冷たい。それにすっかり蒼ざめた肌。殺されてからだいぶ時間が経っている。その事実だけ確認すると、ふたりはまた出発した。
次の町も似たようなものだった。ジャンゴは同じように死体に手で触れる。ほんのり温かい。
その次の町で触った死体は、生きているような人肌だった。
「少しずつ差が縮まってるな。死体の山を追っていけば、ヤツのもとへたどり着ける」
「ヤツって誰?」サクラは何度も問うが、ジャンゴは答えない。まるで、口にすれば現実になってしまうとでも言うように。
昼夜なく車を走らせ、次の町へやって来た。
死体は、傷口から血を流れ出させていた。まだ殺されたばかりの新鮮な死体だ。肌もいくらか赤みがかっている。
「ヤツだ。ヤツはまだこの近くにいる」
そのとき、誰かの悲鳴が聞こえた。しかしすぐに途絶える。
サクラはしびれを切らして、「ねえ、ヤツって誰なの? いいかげん教えてよ」
ジャンゴは逡巡しつつその名を口にした。「……ボーレガードだ」
「ボーレガード? それって、あんたが話してた魔王?」
「そうだ。こんなふざけた真似ができるクソッタレを、おれはヤツのほかに知らねえ」
「じゃあやっぱり、女神の予言どおり復活したってコト?」
「そいつをこれから確かめるのさ」
何かの間違いであることを願うがな――ジャンゴは声に出さず心のなかでつぶやいた。
誰かの悲鳴が断続的に聞こえてくる。おそらく隠れている者を暴き出して、丁寧に始末しているのだ。
まだ助けられるかもしれない――誘惑に負けて突っ込めば、次に死ぬのはおのれになる。ボーレガード相手には、先手を取らなければ危険だ。ジャンゴは物陰に身を隠しながら、慎重に近づいていく。
「……いたぞ。あそこだ」ジャンゴはささやき、指でさし示す。
それは荒野に似つかわしくなく、雪原のように白い毛皮をまとっていた。ところどころが血で赤く染まっている。
それはあかあかと燃えるような瞳で、周囲を眺める。その目は殺戮の光景しか求めていない。
それは角のような、天を突く長い耳を持つ。獲物のわずかな息づかいも聞き逃さんとしているのか。
それは、飛び跳ねながらそこらじゅうに小さな丸いクソを次々に垂れる。転がったクソから周囲に瘴気が満ちる。
サクラは困惑もあらわに、「いや、アレ……ウサギじゃん」
「ああ、そうとも。あのウサギが、魔王ボーレガードだ」
「いやいやいや! 冗談でしょ? あれが魔王? あたしを担いでるんじゃアないでしょうね?」サクラはおのれのカラダをかきいだいて身もだえした。「なにアレ? ムチャクチャかわいいじゃん。毛がフワッフワしてるよ。ヌイグルミみたい。――ああ、今すぐ抱きしめたい。抱きしめてもよかですか?」
「バカヤロー! ヤツの愛くるしい姿に惑わされるんじゃアねえ。目の前に姿を見せたとたん、おッそろしいすばしッこさで迫ってきて、あの鋭い牙に首を噛みちぎられるぞ。あのカラダじゅうにこびりついた返り血が見えねえのか?」
「あ、アレって血なのね。てっきりああいう毛色かと」
「命が惜しかったら、ここでおとなしく隠れてろ。いいな?」
ジャンゴは棺桶から〈聖なる機関銃〉を取り出した。ボーレガードの常軌を逸したすばやさには、並みの方法では対応できない。ゆえに女神から授けられたこの神器で、逃れようがないほどの弾丸をばらまくのだ。
ボーレガードの視線があさってのほうへ向いた瞬間を狙い、ジャンゴは建物のかげからおどり出て、引き金を引いた。すぐさま銃口から無数の弾丸が続けざまに発射される。
「くらいやがれこのクソッタレめ!」
完璧に思われた奇襲だが、ボーレガードはその長い耳でジャンゴの動きを察知したらしく、すさまじい動きで弾丸をかわした。常では軌跡を捉えられない弾丸を、目にも留まらぬ速さでかわし続ける。
「逃げてもムダだぜェ! てめえのハラワタ引き裂いて、くッせえクソをまき散らしてやらァ!」
この状況に持ち込んだ時点で、すでに勝負は決まっている。ジャンゴはただ引き金を引いていればいい。そうすれば女神の力で、無限に弾丸が湧き出てくる。遮蔽物へ逃れても、弾丸は壁を貫き、柱を削り、何もかも粉砕して標的を狙う。ボーレガードがどれほどすばやかろうと、いつまでも避け続けられはしない。実際、初代勇者はそうやってヤツを倒した。
現在の光景が、過去の記憶と重なって見える。完全にあのときの焼き直しだ。――ジャンゴがそう感じたのもつかの間、過去から現在が乖離した。ボーレガードが、こちらに憶えのない行動をし始めたからだ。その大きなうしろ足で地面の砂を蹴り上げ、またたく間に広範囲を覆い尽くした。その姿が完全に見えなくなってしまう。
とはいえ、敵の姿が見えようが見えまいが、ジャンゴには関係ない。ただ引き金を引き続けて、銃弾をばらまけばいい。砂が晴れたときには、ズタズタに引き裂かれボロ雑巾のようになったボーレガードの死体が、横たわっていることだろう。
けれども視界が晴れたとき、そこにボーレガードの姿はなかった。
ありえない。〈聖なる機関銃〉の弾幕から逃れられるハズがない。
「ヤローめ、いったいどこへ――」
ふいに数歩先の地面から、ボーレガードが飛び出して来た。穴を掘って地中からこちらへ距離を詰めたのだ。
「クソッタレ!」ジャンゴは悪態をつきつつ間一髪、目前まで迫っていたボーレガードに弾丸の雨あられを浴びせかけた。ふたたび両者の距離が開く。
それにしても運がよかった。おそらく目測を誤ったのだろうが、そうでなければ今ごろジャンゴの首は、胴体と永遠にオサラバしていたに違いない。
安堵する一方で、ジャンゴのなかの違和感が、不安に変わりかけていた。持ち前のすばやさで、ひたすら獲物の首を狙うのが魔王のやり方だ。今のようなからめ手は、実にボーレガードらしくない。かつてあんなコトをした試しはなかった。
あのころとは何かが違う。
その何かが何なのか、ジャンゴは気がついてしまった。
笑っている。あのボーレガードが、ジャンゴをあざ笑っている。ただ生命を殺すだけの人形に過ぎないような、何の意思も感じさせなかったあの魔王が、愉悦に顔を歪めていたのだ。そのあまりの不気味さに、ジャンゴは思わず身震いした。
さらなる敵意をもってボーレガードを滅ぼそうとした――そのとき、〈聖なる機関銃〉が動きを止めた。
「あっ? ――オイ、クソッタレ!」突然の事態にジャンゴはあわてて何度も引き金を引くが、いくらやっても弾丸がまったく発砲されない。
女神は言った――勇者としての使命をおこたったとき、〈聖なる機関銃〉はその力を失う、と。しかし、よりによってこのタイミングとは。今のジャンゴが加護を失う条件に当てはまるとは思えない。何という理不尽。いったい何がどうなっているのか。
「クソ、クソォ! 動け! 動けってんだポンコツ!」
理由はどうあれ、ゆいいつ敵に通用する武器を失ったのは事実だ。絶体絶命、ジャンゴは死を覚悟した――が、いつまで経っても死神はやって来なかった。どうやらボーレガードもまた、〈聖なる機関銃〉の不具合を奇妙に思っているらしかった。
「――いや、そんなバカな」
ボーレガードはいわば、勝手に動く殺戮人形だ。獲物を前にして立ち止まるコトはけっしてない。だが、実際ボーレガードは攻撃の手を止めている。まるで予想外の事態に、様子見しているように見える。どう反応すべきか考えあぐねているような。
今のボーレガードからは、かつて感じなかった意思らしきものを確かに感じる。
ジャンゴは、とうとうその理由に気がついた。
「そうか。てめえ、〈知恵の鮭〉を食いやがったな」
ボーレガードは深くうなずいて、「ああ、実に美味かったよ」
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