010

 エルフの姿がどこにもないコトを不審に思いながら、ゴブリンたちは地下宮殿の前で合流した。しばらく待ったが、残りの2名だけがなかなか現れない。

「……遅いな。どこで油を売っているんだ」

「捜しに行きますか?」

「いや、それより今は、状況を把握するコトのほうが先決だ。エルフどもはいったいどこへ行ったのか……」

「地上の城では? ヤツらは元来、森の民です。日がな1日穴倉のなかで過ごすのは、性に合わんのでしょう」

「決めつけるのはまだ早い。地上は最後だ。先に地下宮殿を調べてみるとしよう」

 なかに足を踏み入れた七人のゴブリンは、驚愕した。

 宮殿じゅう、おびたただしい財宝で埋め尽くされていたからだ。

「亡くなった長老が、宮殿ごと宝物庫になっていると言っていたが……どうやらホラを吹いていたワケではないらしいぞ」

 彼らは危うく、ここが敵地であるコトを忘れかけた。しかしそこまでマヌケではない。警戒をおこたらず、宮殿内部を探索する。

「――おお、コイツはまたずいぶんとデカい宝石だ」ゴブリンのひとりがなにげなく手を伸ばす。自分たちの頭より大きくて、銀細工にはめ込まれているようだ。ほかの財宝に埋もれていて、全容がハッキリわからない。とりあえず掘り出そうとする。

 ふと、その宝石が動いたように見えた。

 いや、気のせいではない。動いている。

「――違う。宝石じゃない。これは眼だ! 眼だ!」

 突如、財宝の山が盛り上がり、雪崩を起こし――

 なかから、銀色の鱗を持つ巨大なワームが姿を現した。

 竜は二股に分かれた長い舌を出して、「ひとつ教えておいてやる。おれは今、すこぶる機嫌が悪い」


 一心不乱に宮殿を飛び出すゴブリンたち。つまずいて転んでしまったひとりが、追って来た竜に丸呑みにされた。「ゴブリンはまずいな。やっぱり食うならエルフの女がイイ」

 竜は手も足もないのに、すさまじい速度で地を這う。平原で騎馬していたとしても、逃げ切れるかどうか怪しい。

 獲物が坑道に逃げ込むと、そこへ竜は口から火を吹いた。うしろのほうを走っていたふたりは避けきれなかったが、坑道は曲がりくねっているため、どうにかまだ無事だ。

 仕留め損ねた獲物を追って、竜も坑道へと消えていった。

 このスキに、ジャンゴたちは宮殿へと忍び込んだ。そして膨大な量の金銀財宝を前にして、途方に暮れるしかなかった。

「おいおい……このなかからどうやって〈聖なるダイナマイト〉を探せっていうんだ……」

「ダークエルフを仲間にしなかったのは失敗だったかもしれんのう」

「つべこべ言ってもしかたねえ。竜がゴブリンを皆殺しにして戻ってくる前に、さっさと探すぞ」

「おぬしが先に言い出したんじゃろうが……」

 ふたりは必死で金銀財宝の山をかき分ける。金貨や首飾り、指輪、酒杯などいかにもな財宝に混ざって、剣や槍など武器のたぐいもあった。むろん、どれもきらびやかな装飾が施されている。しかし、ゴブリンに聞いたかぎりだと〈聖なるダイナマイト〉は使い捨てのようだ。わざわざ華美な装飾をしているとは思えない。きっと見ればひと目でわかるハズ。

 とはいえ、悠長に探している時間がないのも事実だ。竜がいつ戻って来るかわかったものではない。ひとえに、ゴブリンの逃げ足にかかっている。

「そう悲観することもあるまい。もしかしたらゴブリンたちが自力で竜を倒してくれるかもしれぬぞ」

「くだらねえ冗談言ってるヒマがあったら、手を動かせ。手を」

 しかしながら、砂浜でひと粒の塩を見つけるよりはマシとしても、幸運に頼らないかぎり時間がいくらあっても足りない。むしろさっさと切り上げて、万全の態勢で竜を迎え撃ったほうがよいのではないだろうか。

「――コルブッチ、ここはまかせた」

「どこへ行くのじゃ?」

「やっぱりこういうチマチマした作業は性に合わねえ。勇者らしくもねえしな。正々堂々と戦うのが勇者だ」

「止めはせぬよ。もともとそうしてもらうつもりで、おぬしに声をかけたのじゃからな。――じゃが、ムチャはするなよ」

「おう。行ってくるぜ」

 宮殿の外へ出ると、その場でジャンゴは〈聖なる機関銃〉を構えて仁王立ち。坑道は狭いので、竜の攻撃をかわすスペースがない。その点、宮殿が建っている空間は広く、自由に動きまわれる。

 坑道の奥から、ゴブリンたちの耳障りな悲鳴が響いてくる。

 五重奏、四重奏、三重奏、二重奏、独奏――そしてとうとう何も聞こえなくなった。

 害虫駆除を終えた竜は坑道から這い出してくると、巣の前にいるジャンゴの姿を見咎めた。「なんだ。まだほかにネズミがいやがったのか」

「口の利きかたに気をつけろよヘビ野郎。てめえはこの勇者ジャンゴ様に退治されて、魔王ボーレガードと並び称されることになるんだ。いくら感謝されてもされたりないくらいだぜ」

「勇者ってのは無謀なバカのコトを言うのか? 臆病なぶんゴブリンのほうが、まだ見どころはあった」

「無謀かどうかは、こいつを味わってからにしやがれ」

 ジャンゴは〈聖なる機関銃〉を撃った!

 しかし弾丸は竜の鱗に弾かれた!

「今、何かしたか?」

「……蚊にでも刺されたんじゃねえの?」

「そうか。おれはてっきり、それが攻撃のつもりかと思ったぜ」

「まさか、そんなコトねえって」ジャンゴは力なく笑う。

「ところでおまえさん、顔色が悪いな。なるべく早く医者に診てもらったほうがいい」

「心配してくれてありがとう。風邪でもひいたかな? アンタに移しちまったら悪いし、そろそろ帰るとするよ」

「そうかい。出口は向こうだぜ。案内しようか?」竜が長い舌でジャンゴの背後を示す。

「おかまいなく。見送りはここまでいい」

 ジャンゴがきびすを返して背中を向けると、竜は即座にジャンゴを丸呑みにせんとアゴを大きく開き、襲いかかってきた。牙の毒で動けなくしてから丸呑みにするつもりだ。それを予期していたジャンゴは、瞬時に振り返って〈聖なる機関銃〉を乱射する。鱗が邪魔なら、口のなかを狙うしかない。

 けれども、噛みつこうとしてきたのはフェイントで、竜は灼熱の炎を吐き出した。弾丸は炎に呑み込まれ融けてしまう。炎の範囲は広く、左右とうしろへ避けてもかわしきれない。そこでジャンゴは思い切って、竜のあごの下へ飛び込んだ。

 さらにジャンゴは竜の胴体へとよじ登る。鱗はかなり滑るが、鱗の隙間にマチェットソードを挿し込んだら、ちょうどイイ具合に引っかかった。できればそのまま、てこの要領で鱗を剥がせないかと思ったが、手に伝わる感触からすると、先にマチェットソードが折れてしまいそうだ。

「タダ乗りとはふてぇ野郎だ」

 竜はジャンゴを振り落とそうとのたうちまわった。あと少し頭部から離れた場所にしがみついていたら、長い胴体で締めつけられていただろうが、この位置ならそれはできない。もちろん炎での攻撃も当たらない。こうして振りまわされるのもたまったものではないが、「こんなもん、暴れ牛に比べりゃア揺り篭みてえなモンだ。あくびが出るぜ」

 さて、とりあえず即死の危険は免れたが、この状態もいつまでもつか。早急に打開策を練らなければ。もっとも、とにかく鱗の生えていない口のなかを攻撃する以外、手はないが。ネックになるのは、やはり炎を吐かれるコトだ。口が開いた瞬間を狙ったり、力ずくでこじ開けたりしても、さっきみたいになるのがオチだろう。

 こうなったら、イチかバチかわざと丸呑みにされて、カラダの内側から攻撃するのはどうか。毒の牙に身をさらすと見せかけて上手くかいくぐり、口のなかへ飛び込むのだ。さすがにそのタイミングでなら、炎による迎撃は間に合うまい。――そこまで考えたところで、ジャンゴの脳裏に5代目のときの忌々しい記憶が蘇ってきた。忘却によって封じ込めていた恐怖とともに。彼女は巨大なカエルに丸呑みにされたのだが、食道はものすごい締めつけで、身動きどころか呼吸すらままならなかった。あんな思いは2度とごめんだ。

 あのときのことを思い出したら、吐き気が込み上げてきた。いや、ただ竜に振りまわされたせいで酔っただけかもしれないが。どうせ酔うなら酒がいい。

 丸呑みのトラウマが呼び水になって、前世のおぞましい記憶が次々に蘇ってきた。魔猪に生きたまま貪り食われたこと、人魚に溺れさせられたこと、大蜘蛛の巣に絡め取られたこと、オークに強姦されたこと、ゴブリンに頭の皮を剥がれたこと――限界に達した精神が悲鳴を上げて、ジャンゴの意識が遠のく。

 と、そこへ、「待たせたなジャンゴ。ようやく見つけたぞ」

 その声に、ジャンゴの心は現実へと引き戻される。

 地下宮殿から出てきたコルブッチの手には、短い筒のような物体が束になって握られている。ゴブリンから聞いていた〈聖なるダイナマイト〉の特徴とほとんど同じだが、加えて片方の端から長いヒモが伸びている。

「くらえ邪悪な竜め。女神の怒りを受けるがいい」コルブッチは束になった〈聖なるダイナマイト〉を1本取ると、ヒモの部分を持って振りまわし、竜の目の前へ放り投げた。

 地面に転がった〈聖なるダイナマイト〉は――ただ転がったまま何も起きない。

 コルブッチは首をかしげて、2本め3本めを同じように投擲するが、やはり何も起きなかった。

「お、おかしいのう。こいつはおかしい。まさかゴブリンにたばかられたかっ」

「もういいか?」竜はコルブッチをあざ笑い、「つぎはおれの番だ」

 これまでで最大級の火炎が吐き出される。それは火山の噴火にも似ていた。鉱山全体を埋め尽くさんいきおいで、コルブッチのもとへと迫る。

 しかしその火炎の津波は、すさまじい轟音とともに巻き起こった突風で、一瞬にしてかき消えた。

 それだけに飽き足らず、突風によって竜の巨体が面から持ち上げられかけた。同時に発生した煙は周囲を覆い尽くして、いっさいの視界をさえぎる。

「――なかなか愉快な手品を使うじゃアないか。魔法使い」

 コルブッチは魔法で煙幕を張れるが、今は呪文を唱えていない。

 何が起きたのか理解できていないのは、おそらく竜だけだっただろう。だがジャンゴとコルブッチは即座に気がついた。これこそまさしく、音に聞こえし〈聖なるダイナマイト〉の力に相違ない。地面に転がっていた3本が爆ぜたのだ。

 火だ。火がカギだった。火によって〈聖なるダイナマイト〉はその効力を発揮するのだ。とするとれば片側についた長いヒモは、点火してから敵に向かって投げるまでの余裕を、確保するための工夫なのだろう。

 それにしても想像以上の威力。これなら何とかなるかもしれない。

「そいつをこっちへよこせコルブッチ」

「よし、しかと受け取れ」

 煙が晴れるやいなや、おれは竜の背から飛び降りて、コルブッチがふたたび投げた〈聖なるダイナマイト〉へ手を伸ばす。すると竜は邪魔しようとして、また火を吹いた。当然の結果として爆発が起きる。竜の炎はすさまじい爆炎に呑み込まれ消えた。“火を消すには火をもって為せ”――名無しの女の意味深な言葉が脳裏をよぎる。もしやこの展開を予想していたとでも?

 竜はようやく〈聖なるダイナマイト〉がどういうシロモノか気付いたようだが、今さら手遅れだ。至近距離で爆破の衝撃を受けた竜は、マヌケにもあごが外れてしまった。

「コルブッチ、火を点けてくれるか?」

「おやすいご用じゃ」コルブッチは杖を掲げ、「スマシイガネオ クシロヨイサダ クテセサウヨシ ユジモトヒ ゼソコイカンコ」

 ジャンゴはヒモの先に点火された〈聖なるダイナマイト〉を、竜の口の奥へ無造作に放り入れた。竜は言葉にならないうめき声を上げながら、何とか吐き出そうとするが、焦っているせいもあり上手くいかない。そうこうしているうちに火がヒモを伝い、どんどん本体の筒へと近づいていく。

「てめえの敗因を教えてやる。てめえはこれまで単に運がよかっただけなんだ。本来ならあの日とっくに、こうやってエルフが殺してるはずだったのさ……」

 ついにヒモが燃え尽きると、〈聖なるダイナマイト〉が爆発して、竜の脳天を粉々に吹き飛ばした。

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