009

 ひとまず地上の城を隅から隅まで探索してみたが、めぼしいものは見当たらなかった。

「やっぱり財宝があるのは地下だろうな」

「再確認しておくが、目的はあくまで竜の心臓じゃということを忘れるな。財宝を探すのはあとにせい」

「わかってるって。念のためだよ念のため。もしかしたら〈聖なるダイナマイト〉が見つかるかもしれねえし」

「……まァ、どちらを優先しようと結局は同じになるじゃろう。財宝あるところに竜あり、じゃからな」

 鉱山といっても、ゴブリンが支配していた時点であらかた掘り尽くされている。坑道は蜘蛛の巣のように入り組んでいるが、とっくに役目を果たして塞がれている道も多い。

 目指すは中心部に位置する地下宮殿だ。そこの宝物庫に財宝が収められており、かならず竜もいるはずだ。もちろん伝説が正しければの話だが。

 地下は暗闇ではなく、薄明かりによって照らされている。岩肌の壁面が淡く光を発しているためだ。太陽とも月とも違う。火とも何か異なる。夜の墓場をさまよう死霊を思わせるような光。

 コルブッチは眉間にしわを寄せる。「この光には、邪悪な魔力を感じるのう……。ゴブリンがあのような醜い姿になってしまったのは、長い年月この光を浴び続けておったせいじゃとも言われておるが、あながちデタラメでもなさそうじゃ」

「だったら、長居は禁物ってコトか」

「いや、そこまで神経質にならずともよい。たった1日程度ではどうともならんよ」

「そうか。まァよくよく考えてみれば、エルフもここに暮らしてたワケだからな。ダークエルフとゴブリンじゃア似ても似つかねえ」

 コルブッチは勝ち誇った笑みを浮かべ、「知らんのか? 地下鉱山の恐ろしさを知ってから、エルフは無闇に立ち入らなくなったが、当初はもちろん知るよしもなかった。では、鉱山に通っていたエルフたちがどうなったか――実は彼らこそが、あのオークの始祖じゃという説もある」

 ジャンゴは失笑した。「おいおい、バカ言うなよ。オークがもとはエルフだった? 冗談キツイぜ」

 オークとは過去に何度も戦ってきた。醜くて、臭くて、アタマが悪い。品性のカケラもない。エルフとはまったく正反対の生き物だ。ニワトリとハゲタカが兄弟と言われたほうが、まだ信憑性がある。

「信じるも信じないも勝手じゃが、あとで後悔しても遅いぞ」

「……1日程度なら大丈夫なんだろ?」

「わしは魔法使いじゃからな。まァおぬしも女神の加護があるコトじゃし、たぶん平気じゃろう」

「たぶんって何だ? たぶんって」

「そうカッカするな。もし万が一、運悪くバケモノになってしまったとしても、おぬしなら転生すればよいことじゃろう。ほれ、何の問題もない」

「言ってくれるじゃアねえか。死んだコトもねえヤツが好き勝手抜かしやがって。あァン? 何なら死ぬときにどんなカンジがするか、教えてやってもイイんだぜ」

「…………」

「おい、無視してんじゃねえ」「静かにせい」

 コルブッチはささやき声ながら強い調子で、「何か聞こえぬか?」

 言われてジャンゴも耳を澄ませてみると、確かに何かの音が聞こえる。規則正しい間隔で、金属音が響いてくる。これはおそらくツルハシの音だ。誰かが採掘をしているようだ。しかし、掘り尽くされた鉱山を、わざわざどこの誰が?

 ジャンゴたちは息を殺して、音のするほうへそっと近づく。

 その坑道の先には、誰もいなかった。ただの行き止まりだ。

 けれども、ツルハシの音は確かにここから――いや、この壁の奥から聞こえている。

 次の瞬間、壁が崩れて、穴の向こうから複数の小柄な人影が現れた。ジャンゴたちはあわてて物陰に隠れる。

 そいつらは耳障りな笑い声を上げて、「ついにわれわれは帰って来たぞ。懐かしきふるさとへ。おお、先祖の血が騒ぐ」

「隊長。あまり大声を出しては、エルフどもに気づかれます」

「おおっと、そうであったな。いかんいかん」

 なんと、現れたのはゴブリンだった。小柄だが筋肉質な身体つき。吐き気がする醜い顔立ち。そして特徴的なのが、指のない足だ。まさしくゴブリンにほかならない。

「とうとうやりましたね。苦節幾星霜、ようやくわれら一族の悲願を達成するときが」

「ここからが本番だ。気を引きしめろ。憎きエルフどもから、われらの国を取り戻すぞ」

 ひかえめに鬨の声を上げると、ゴブリンたちはその場で作戦会議を始めた。もともとある程度の内容は事前に決まっていたようで、長々と話し込むコトはなかった。

「――よし。では諸君、武運を祈る」

 総勢10名のうち、1名がトンネルを戻り、2名がトンネル防衛、残りは3名と2名と2名に分かれて、地下鉱山の探索へ移った。

 どうも妙だ。エルフがどうのと言っていたが、いったい彼らは何が目的なのだろうか。こちらの邪魔されても困るし、さっさと排除しておきたい。その気になれば、集まっているときに〈聖なる機関銃〉で一網打尽できたのだが、銃声で竜を刺激してもまずい。ここはスマートにいこう。

 ジャンゴたちは3手に分かれたうち、ひと組のあとをつけ、背後から忍び寄った。鞘からマチェットソードを抜き、叫び声を上げないようゴブリンの口を手で押さえ、心臓をひと突き。もうひとりは相棒の死を知るコトなく、そのまま歩いて行く。

 しかしすぐ異変に気づいたらしく、ゴブリンはうしろを振り向いた。そこに相棒の姿がないので、不審に思って引き返してくる。曲がり角で待ち伏せしていたジャンゴは、ゴブリンの足を思い切り踏みつけた。するとゴブリンは、痛みで声を上げるまもなく気絶してしまった。

 ゴブリンには弱点が3つある。ひとつはまぶしい光、太陽光などまず苦手で、夜でなければ地上へ出て来れない。ひとつは歌、ゴブリンには歌を理解する感性がないらしく、歌を聞くと不快なあまり地べたをのたうちまわる。そして最後のひとつが、指のない足だ。この足はとても柔らかく敏感で弱い。何も知らないと、気絶させようとして頭を殴ってしまいがちだが、ゴブリンの頭が鋼鉄の兜並みに硬いので、要注意である。

 さて、意識を失ったゴブリンを手早く縛り上げると、ふたたび足を踏みつけ、痛みで無理やり覚醒させた。

 マチェットソードをのどもとに突きつけて、「大声を出すなよ。出そうとした瞬間ブスリだからな」

 ゴブリンは悪態をつきつつ、ジャンゴたちの姿を見やる。「何者だ貴様ら。エルフにしては多少まともなツラだが」

「ゴブリンの美的感覚でほめられたって、ちっともうれしくねえんだよ。それよりてめえらの目的を言え」

「われらの目的だと?」ゴブリンは鼻で笑う。「知れたコト。この地をエルフの手から取り戻すことよ。そんなカンタンなコトもわからぬとは、どうやら顔と違ってアタマは悪いらしい」

「……どう思う?」

 コルブッチは肩をすくめて、「わしにもチンプンカンプンじゃ。何というか、はるか大昔の者と話している気分じゃな」

「こうなったら、とにかく最初から聞かせてもらおう」

「最初?」

「てめえらゴブリンが、エルフに追い出されたトコからだ」

 事情を詳しく聞いてみると、あきれた事実が判明した。かつてゴブリンたちはこの地下帝国を追われたのち、何度も奪還しようとした。だが新たに築かれた要塞によって、エルフの防備は万全、まるで歯が立たなかった。そこで彼らの先祖に当たる一派が画策したのが、地下トンネルを掘って内部から直接奇襲をかけるコトだった。

 その発想自体は悪くない。ただし、トンネル開通までの時間を考慮しなければだが。エルフのナワバリは周囲一帯の森に広がっており、かなり外れた地点から掘り進めなければならなかった。結果、何世代にも渡る大事業になってしまったというワケだ。まさかとっくにエルフの王国が滅びているコトもつゆ知らず。まさしく滑稽としか言いようがない。

 それゆえ、このゴブリンたちは人間グリンゴのコトも、竜のコトも知らなかった。それどころか、勇者と魔王のコトまで知らないときたものだ。ある意味で時間を超えてきたのに等しい。

「ところで、おまえらは10名で全員か。ほかに仲間は? トンネルの向こうにひとり戻ってたよな? 本隊がいるのか?」

「戦闘員はわれわれ10名だけだ。トンネルの向こうに女子供と老人が合わせて23名。戻った1名は女たちに状況を知らせたあと、ふたたび合流することになっている」

「そいつが戻ってくるには、だいたいどのくらいかかる?」

「往復だと最低でも半日だ。戻ったときには戦いが終わっているのを危惧して、かなり嫌がっていたよ」

「その言葉に嘘はないな?」

「ホントだ。信じてくれ」

 ゴブリンは基本的にアタマの悪い連中だ。この状況で本隊の存在を隠すという策は考えつかない。油断は禁物だが、おおむね信じてしまって問題ないだろう。

「もうひとつ質問だ。〈聖なるダイナマイト〉について知っているコトを教えろ」

 ダークエルフたちのあいだでも、〈聖なるダイナマイト〉に関する伝承は散逸してしまっている。しかし、いまだ過去に生きるこのゴブリンなら、何か知っているかもしれない。

 ゴブリンは首をかしげて、「〈聖なるダイナマイト〉?」

「おまえらゴブリンがこの地を追われたとき、エルフが使った強力な武器のことだよ」

「……武器と呼ぶには違和感があるが、エルフがわれわれを虐殺したとき使っていた魔法の道具については、先祖代々伝え聞いている」

「ああ、それのコトだ。詳しく話せ」

「エルフは円筒形の物体を、いくつも手で放り投げてきたそうだ。直接ぶつけてきたワケじゃない。そばに転がせただけだ。だが次の瞬間に、その筒がすさまじい轟音を立てて破裂したらしい。すると、すぐ近くにいた者はカラダがバラバラになったり、ひどいヤケドを負ったりした。少し距離があった者も、発生した突風を受けて吹き飛ばされたとか」

「そいつは――」期待以上の情報だ。〈聖なるダイナマイト〉は筒型で手で投げられる程度の大きさ。それがわかっただけでも、ずいぶん探しやすくなる。そして話が事実なら、その威力は竜相手でも引けを取らないだろう。

「言われたとおり全部しゃべったんだ。頼むから命だけは――」

「悪いが、それは出来ねえ相談だ」

 用済みになったゴブリンを始末して、死体を坑道の奥に隠す。これで仲間が見つけるコトはあるまい。

「さて、どうしたもんかねコルブッチ」

「連中を上手くオトリに使えないかのう。エルフの姿が見当たらないコトに気づくのは、時間の問題じゃ。オカシイと思いつつ、よりひとけの多そうな場所へ――地下宮殿へと向かうハズ。無遠慮に寝所を荒らされれば、竜は怒るじゃろうなァ」

「ヤツらが逃げまわれば、竜はかならず追いかける。そのあいだ巣穴はもぬけのカラだ。おれたちは何にも邪魔されずに〈聖なるダイナマイト〉を探せる」

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