008

 チュンチョ一味を撃退して以降は、特にアクシデントが起こるコトもなく、順調な旅路だった。

 荒野は静かだ。世界の終わりを思わせる静寂。聞こえるのはひづめと車輪の音だけ。風もなく、雲ひとつない青空、無慈悲な太陽が照りつける。

「やっぱり幌馬車で正解だったな……」

 直前の町で水と食料を買い込んだ。これから先の土地はダークエルフの領域だ。人間グリンゴ相手にはどれだけカネを積んだところで、売ってもらえるのはケンカだけ。そもそもダークエルフにこちらの目的を悟られたくはないので、集落に寄るつもりはないのだが。

 今は竜が不当に占拠しているとはいえ、〈東の森〉の財宝は本来エルフの所有物だ。特に王国の復興を願う派閥にとっては、将来のために必要不可欠な財産である。それを横取りしようとする人間グリンゴを、まさか見過ごすワケがない。

「その認識はおおよそ間違っちゃいない」ジェンマは言う。「ただ連中は、同胞だろうと人間グリンゴだろうと、竜退治に挑むヤツをあえて止めるようなまねはしないさ。ジャマな竜を始末してくれるなら、むしろよろこんで協力してくれるだろうぜ」

「ただし、財宝は渡さねえってか」

「まァそういうこった。だから財宝を独り占めしたいなら、〈東の森〉周辺のダークエルフに勘づかれないようにするのは正しい。その代わり竜退治のハードルは上がるが」

「ダークエルフの協力を得られたところで、しょせん数合わせにしかならんじゃろう。それとも何か? 連中が竜に対する何らかの切り札でも持っておると?」

「アンタらも知ってのとおり、竜の鱗はこの世の何より硬い。けど、エルフ族の秘宝――〈聖なるダイナマイト〉があれば話は別だ」

「なんと!〈聖なるダイナマイト〉じゃとっ」コルブッチは興奮ぎみに声を荒げる。「しかし、その製法はとうの昔に失われたと聞いておったが」

「ああ。確かに今のダークエルフには、〈聖なるダイナマイト〉を製造する技術なんか残ってない。ただし、かつて作られたものがまだいくつか現存してる。ほかの財宝にまぎれて、竜が棲むあの城に」

 それはやすやすと聞き流せない情報だ。ジャンゴはこれまで何度も転生をくり返してきたが、1度も竜と戦ったコトはない。未知の敵というだけでも大変な脅威だ。手札は多ければ多いほどいい。

 何を隠そう〈聖なるダイナマイト〉は〈聖なる機関銃〉とともに聖遺物、ないし三種の神器と呼ばれる。古文書には邪悪なるゴブリンたちを滅ぼすため、エルフ族に女神が授けたという記述が残っており、そこにはこうある――“ひとはパンのみにて生きるにあらず。その銀貨30枚でパンを買うべからず。ダイナマイトを買え。”

 具体的に〈聖なるダイナマイト〉がどういうシロモノなのかは、とにかく強力な武器だとしか伝わっていない。ただ一説によれば、かつてこの〈西つ国〉に広がっていた森が消失してしまった原因として、人間グリンゴによる伐採、竜の吐いた炎に並んで、エルフ自身が〈聖なるダイナマイト〉の扱いを誤ったせいだとも言われている。そのせいで〈聖なるダイナマイト〉は封印され、竜の襲撃を受けた際には宝の持ち腐れとなったらしい。

「〈聖なるダイナマイト〉が保管されている在処と、正確な使用方法を知っているのは、ダークエルフでもかぎられた者だけだ。だから連中の協力を得れば、強力な切り札が手に入るかもしれないぜ」

 ジェンマはそう告げたが、彼自身本気でその可能性を信じているわけでないことは、わざわざ確認するまでもなかった。そうカンタンに上手くいくのなら、ダークエルフたちはとっくに王国を取り戻せているハズだ。少し考えれば子供でもわかる。〈聖なるダイナマイト〉は財宝にまぎれている。そして財宝は竜が守っている。

「となると〈聖なるダイナマイト〉を手に入れるには、まず真っ先にジャマくさい竜を殺したほうがよさそうじゃのう」

「そりゃ違いねえ」

 ジャンゴたちは愉快に笑った。彼らは竜の恐ろしさを理解しているつもりだし、これから死地におもむくのだと覚悟を決めているつもりでもあった。

 けれども同時に、竜を退治した暁に得られる金銀財宝の山を思うと、笑いが込み上げてしかたないのも事実だった。

「――見えて来たぞ」


 ダークエルフの集落は〈東の森〉の城から一定の範囲内にいくつか点在している。一見すると人間グリンゴの侵入を拒んでいるようではあるが、その分布は実際のところ、亡き王国への未練と、竜への恐怖がせめぎ合った結果にすぎない。集落と集落のあいだをすり抜け、一行はエルフのかつての王城へとたどり着いた。

 城はところどころ崩れかけているが、数百年経った今でもなお、その威容を保ち続けている。エルフが如何に高度な技術を持っていたかがわかるというものだ。同時に現在のダークエルフの凋落ぶりが物悲しい。セルジオ王国の栄華もいつまで続くことか。

 地上に見える建造物は全体の1割にも満たない。残り9割は地下に広がっている。というより、エルフたちは鉱山施設の上に城を建てたのだ。もっとも、もともとこの鉱山を採掘していたのはエルフではなく、ゴブリンだった。それをエルフが追い払って奪い、守りを固めるため要塞を築いたしだいだ。そのエルフもまた竜に奪われてしまったのは、歴史の皮肉と言える。

「そして今度は、おれたちが奪う番だ」

 ジェンマには城の外で待機してもらう。あくまで御者としての契約だ。「いくらカネを積まれたって、竜と戦うのなんざゴメンだぜ」

 別に念押しされなくとも、そんなつもりはない。2人が3人になったところで、竜が相手では戦力にたいした違いはない。それに竜を始末できたとしても、御者に死なれたら財宝を運び出せなくなってしまって困る。ジェンマのような人材がまた都合よく見つかる保証はない。

「それじゃア行ってくるぜ」

「ひと晩待ってもおまえら戻らなかったら、死んだとみなすからな」

「せいぜい金の夢でも見て待つんじゃな」

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