002
その昔、魔王ボーレガードは〈西つ国〉で殺戮のかぎりを尽くした。これをあわれんだ女神は、ひとりの若者に〈聖なる機関銃〉を授け、世界の命運を託した。その若者こそ、初代勇者である。
勇者は見事ボーレガードを討ち果たした。しかし女神は、勇者の死に際に不吉な予言を残す――この地に瘴気が満ちるとき、魔王は復活する、と。
「いよいよ、その時が近づいておるのやもしれぬ」
魔法使い灰色のコルブッチは、重々しくその言葉を口にした。
対する白のレオーネは失笑する。「コルブッチ……そなた、よもや気が触れたではあるまいな」
「わしはいたって正気じゃ。真剣に言うておる。よいか? 茶のソリーマからの知らせによれば」
「茶のソリーマだと? あの阿呆の言うことなぞ、アテになるものか。魔法使いとしての使命を忘れ、森の獣どもと戯れておるだけではないか」
「だからこそじゃよ。ささいな変化に気づくことができた。明らかに不穏な兆候が見られる。もともと減少して残りわずかになっておった森じゃが、ここ数年でイッキに砂漠化が進行しておるし、勇者が絶滅させたと思われとった魔物の目撃例も、数多く出てきておるそうじゃ。そして何よりいくつかの地域で、瘴気を噴出させて燃えさかる沼が現れ、その悪臭で体調を崩す者も出て来ておるらしい」
レオーネは大仰なしぐさで、「なんと! たったそれだけのコトで、魔王の復活を連想するとは。さすがの私もあきれはてたぞコルブッチ。砂漠が広がっておるのは
「……わしにはむしろ、そなたが現実逃避しておるように見えるが」
「この私が、現実を見ておらんと?」レオーネは眉間を引くつかせて、「5人の魔法使いのうち、青のガローネとマルティーノはすでに去り、茶のソリーマは言わずもがな。そなたとて何をするでもなく、フラフラと旅ばかり。私を見よ。この私を。セルジオ王国に暮らす民のため、私がどれほど貢献してきたことか。このモリコーネ砦をヴァレリ陛下から任されておるのも、ひとえにわが献身ゆえ」
「その点についてわしに異論はない」コルブッチは慎重に言葉を選びながら、「じゃが、それとこれとはハナシが別じゃ。確かにわしとソリーマの見当違いなのやもしれぬ。それならそれでもよい。しかし、しかしじゃ、万が一この危惧が的外れでなかったならば、備えておかねば取り返しのつかないことに――」
「ええい! だまれだまれ!」レオーネは激高し声を荒げて、「貴様ごときが私に意見するなど、100万年早い!」
「ごとき、じゃと?」
「応とも。貴様の魂胆は見え透いておるわ、コルブッチよ。どうせ私を通して国王陛下に忠告させようと目論んでおったのだろう。貴様ごときの言葉を、陛下が聞き入れるはずもないからなァ。それどころか、お目通りさえ叶うかどうか。陛下に逆らったジャンゴのほうが、まだ望みはある」
確かにレオーネの指摘どおり、コルブッチはレオーネが取り次いでくれることを期待していた。だが、そこまで悪しざまに言われる筋合いはない。こういうときにコネを使わせてもらえなくては、いったい何ための仲間か。
さすがのコルブッチも違和感を覚えつつあった。白のレオーネという男は、ここまで頭の固い輩であっただろうか。長き歳月が、かの賢者をも変えてしまったのだろうか。
――いや、ホントにそれだけか?
レオーネはコルブッチたちを臆病と断じたが、コルブッチの目にはむしろ、レオーネこそ何かをおそれているように見える。とはいえそのことを口にすれば、レオーネがますます頑なになるのは火を見るより明らか。
「……考え直してくれるコトを願うぞ」
「貴様こそいいかげん現実を見ろ」
これ以上議論を続けても不毛なだけだ。コルブッチは足早に砦を出ていく。
そもそもの問題は、レオーネがコルブッチを自分より見くだしていることに原因がある。それを解消しないかぎり、レオーネはいっさい聞く耳を持ってはくれないだろう。灰色のコルブッチではなく、白のコルブッチにならないかぎり。
魔法使いとしての位階を高めるコトは、一朝一夕でどうにかなる問題ではない。高位になればなるほど、努力は涙にぬれたところで実を結ばず、才能だけがすべてを支配する。そしてコルブッチは、もはやおのれの可能性が枯渇しているコトを自覚していた。
もっとも、何ひとつ手がないワケではない。
「竜の心臓ならば、あるいは――」
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