001

 ほとんどの草木が死に絶え、砂と岩ばかりの渇いた茶色い荒野が広がっている。灼熱の陽射しに雲さえ逃げ出し、一面の澄み切った青空。混ざり合わない2色のコントラスト。

 その荒野を、ひとりの男がひたすら歩いている。鎖帷子の上に革の鎧を着込んだ最低限の防具と、腰にはひと振りのマチェットソード。身軽さを重視した典型的な冒険者の装備と言える。

 ただし、男の足取りはひどく重い。なぜなら大きな棺桶を引きずっているからだ。ひょっとしたら旅の仲間の遺体を運んでいるのかもしれない。お荷物になるからといって現場で埋葬したり、ましてやそのまま放置したりすれば、死肉食らいの獣や鳥、魔物に遺体を食い荒らされてしまうかもしれない。あるいは盗賊に身ぐるみを剥がされかねない。そんな仕打ちを受けて安らかに眠れるほど図太い神経を持つ者は、なかなかいないだろう。むしろ、それこそ死霊にでもなられたら困る。動かない死体相手のほうがいくぶんマシだ。

 砂に残った足跡を、棺桶が塗り潰していく。荒野に伸びるひと筋の線。男が歩いた長い道のり。生きたあかし。

 それを上から無遠慮に踏み荒らす、たくさんの馬蹄。はるか後方から騎馬の集団が追いかけて来て、あっというまに冒険者の男を取り囲んでしまった。

 皆一様に褐色の肌、とがった耳――ダークエルフだ。

 かつては深い森の奥、太陽の光さえ届かぬ闇の王国で暮らしていたエルフたちは、透けるような美しい白い肌をしていたという。だが〈東の森〉から焼け出されて、青空の下をさすらう彼らに、もはやその面影はない。

「よォ人間グリンゴ。ずいぶん重そうだな。俺たちが手伝ってやろうか」

 帰路の冒険者を狙う盗賊団は珍しくない。彼らは棺桶の中身が死体とは考えず、手に入れた財宝などを隠していると期待する。事実、そういう小細工をする冒険者は少なくなかったりする。たとえ本当に死体が入っていたとしても、そのときは死体から身ぐるみを剥げばいい。死人には持ち物なんて不要だ。

 冒険者はそっけなく、「親切心はありがたいが、手助けはいらん」

「まァそう遠慮しなさんな。ことわるのはむしろ失礼に当たるってもんだぜ。――それとも何か? てめえはこのサンチョ様を怒らせたいのか?」

「へえ、怒らせたらどうなるってんだ? おれはバカだからよう、もったいぶらねえでチャント教えてくれよ」

「だったらバカにもわかるように言ってやる。有り金全部置いてさっさと消えやがれ。そうすれば命だけは見逃してやってもいい」

「やさしいねェ。命だけは助けてくれるのか? ホントに?」

「ああ。女神に誓ってな」

「だがことわる」冒険者は不敵に笑って答えた。

 サンチョは額に青筋を立てて、「オイオイ、俺様の聞き間違いじゃアねえよな? てめえ今、なんつった?」

「さすが長寿なダークエルフ、どうやらずいぶん耳が遠いらしい。おれは年寄りにやさしくする主義だから、もう一度聞かせてやろう。ことわる、と言ったんだ。てめえらみたいな悪党どもにくれてやるカネなんて、銅貨1ダリオたりともねえ」

「おいコラ、てめえ――自分がどういう状況か、ちゃアんとわかってねえんじゃアねえのか? 現実逃避してる場合じゃアないぜ」

「そういうてめえらこそ、これがどういう状況か、まったく理解してねえだろ。おれは心やさしいから親切心で忠告してやろう。今すぐおれの前から消えろ。そしたら命だけは助けてやる。女神に誓って。死んでから後悔しても遅いぜ」

 サンチョは大声で笑い出す。手下どもも追従して爆笑する。

 ひとしきり笑うと、突然真顔になった。

「――ふざけやがって。俺様はなめられるのが一番嫌いなんだ。特にてめえみたいな人間グリンゴにはな」サンチョはマチェットソードを抜いて、「野郎、ぶっ殺してやらぁ!!」

「忠告はしたぜ?」

 冒険者はそう告げると、引きずっていた棺桶のフタを蹴り開けた。そしてなかに入っていたモノを取り出す。

 何とも奇妙な物体だった。見たカンジ丸太のような不格好さ――材質は鉄みたいだが。丸い断面にたくさんの穴が空いている。

 冒険者はそれを抱えて、サンチョたちへと向けた。

「マヌケな悪党どもめ!〈聖なる機関銃〉をくらえェーッ!」

 連続するけたたましい銃声とともに、銃口から弾丸が次から次へと射出される。目にも留まらぬ速さで飛来した鉛のカタマリが、盗賊たちのカラダをまたたく間に貫き、引き裂いた。これぞまさしく地上に顕現した地獄。

 盗賊たちは恐慌状態になって逃げまどうものの、しょせんムダな足掻きだ。あわれになるほどたやすく、サンチョ一味は壊滅状態になってしまった。

 ゆいいつサンチョはまだ生きていたが、もはや虫の息で、「バカな――〈聖なる機関銃〉だと――まさかてめえが、あの伝説の勇者ジャンゴか」

「そうだ。おれがジャンゴだ」

「魔王を倒したっていう」

「そうだ。オークもゴブリンも殺した。魔物もたくさん殺した。悪党も数えきれないくらい殺した。今日はてめえらを殺す」

 これ以上問答に付き合い気はないと、ジャンゴは〈聖なる機関銃〉の引き金を引き、女神の加護によって無限に湧き出る弾丸を、惜しみなくサンチョのカラダへとたたき込んだ。

 出来上がった死体の山を見渡して、満足げにひとりうなずくと、ジャンゴは彼らの所持品を物色し始めた。

 勇者という職業は慈善事業だ。理解のない寄付者――彼の力を利用したがる者――から援助を受ければ独立性を保てなくなる。ゆえに活動資金はこうして、倒した悪党から手に入れなければならない。

「クソッタレ、しけてやがる……」

 ジャンゴは忌々しげに毒づいて、サンチョの死体につばを吐いた。

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