第25話
私と類は、毛布の中にいる。私たちは小さく、とても小さく、毛布は大きく、私たちをすっぽりと包んでいる。自分の体温と類の体温が混じりあって、とてもあたたかくて、私は幸せだ。類の手は私の手を握り、私は類の額に自分の額をくっつけている。私は類の身体を、私の身体のように感じる。そして私の身体を、類の身体のようにも感じる。あの頃は、何もかもがごたまぜだった。私は類で、類は私だった。私たちは満ち足りていた。
お昼寝の時間だけれど、私たちは眠らない。私は類の瞳をじっと覗き込む。混じりけのない緑の瞳。傷つきやすいやわい葉っぱの色。類。私の類。類も私の瞳を覗き込む。お互いの瞳に、お互いの顔が映っている。
りか。
と、類が、年の割にもつたない口調で私を呼ぶ。
るい。
と私が答える。りかちゃん、るいくん、と言いなさい、と先生や母に言われても、私たちは聞かない。私は里香で、類は類だからだ。
何をしているわけでもない。でも一緒に居ることが、お互いがお互いを好きなことがわかるのが嬉しくて、私たちは笑う。
きょうもずっと、あそんでくれる?
類が尋ねる。
あそんであげる。
私は答える。緑の瞳に、喜びが、木漏れ日のように差して、きらきらと輝く。
あしたも?
あしたも。
あしたのあしたも?
あしたのあしたも。
類は言葉に詰まって、眉を寄せる。
あしたの、あしたの、あしたも……。
私は笑う。
あしたの、あしたの、あしたも、ずっといっしょにいてあげる。
ずっと?
うん。ずっと。
ずっと。
緑の瞳が、喜びに蕩ける。その中に、私が映っている。きらきらと輝いて、幸福そのもの、喜びそのものの姿として。
私たちは固く手を握る。決して離れないように。相手を、自分の存在にしっかりと結びつけるために。
ずっと一緒にいると、あの頃は思っていた。今日が昨日の続きで、明日は今日の続きで、類と出会ってからずっと変わらず類が好きだったように、未来もそんなふうに、今日の延長だと思っていた。私たちは永遠に結びつき、幸福は永遠に続くのだと。
あのとき、私の世界はそのまま毛布と同じ大きさだった。その中には私と類がいて、私たちは幸福で、たったそれだけだった。それだけでよかった。私は私のまま、まどろみとあたたかさの中で、ただ類を愛して、ただ類に愛されていた。それだけで、よかったのに。
昨日の続きの今日を、今日の続きの明日を、生きる中で、少しずつ変わっていった。私と類は大きくなり、私の世界は広がって、私の幸福は複雑に、困難になった。類の瞳も、いつしか色を移していった。いつそうなったともわからないまま、けれども確かに変わってしまって、私はかつて決してなくならないと信じていたものまで、どこかに取り落してしまった。
わかっている。あの場所には、戻れない。私の身体はもうあの毛布には大きすぎるし、類はもう、あの緑の瞳の、ちいさく傷つきやすい男の子ではなくなってしまった。過去は取り戻せない。そんなことはわかっている。今の私は、二十五歳の私なりの幸福を求めるほかない。
それでも。
それでも。
それでも私はあの幸福の記憶を、捨てきれないでいる。過去に押し込んで、そんな日もあったのだと笑うことが、どうしてもできないでいる。どれだけ傷ついて、傷つけても、その小さなあたたかいものから、手を離すことが、できないでいる。ずっと。
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